2008年5月9日金曜日

今週の倫理 (558号)より プロフェッショナルは笑顔を作り上げる

 経営コンサルタントの中村氏が駆け出しの頃、当時、売れっ子コンサルタントとして数多くの自己啓発・セールス本を著していたN氏と共に、印刷業会の例会で講演を行なったときのことです。

 中村氏とN氏は初対面だったため、控え室では主催者を間にはさみ、とりとめのない会話をしていました。主催者が席をはずし二人だけになると、それまでのぎこちなさに加えて何も語るものがなくなり、互いに向き合って目の先のお茶を飲むだけでした。二人とも鞄から講演の資料を取り出し、最終チェックに没頭するしかありません。

そうするうちに、突然N氏が自分の顔を叩いたり揉んだりし始めたのです。中村氏は〈いったい何が始まったのか〉とN氏の顔を凝視していると、さらに両手の人差し指を口の中に入れて「ウンウン」と言いながら引っ張ったり、中村氏に向かってニィーとしてみたり、低い声で笑ったりと、奇妙な行動はエスカレートするばかり。中村氏は正直、その意味するところがまったく理解できず、〈この人は頭がおかしいのでは…〉と思ったほどです。

 講演が始まり、まずN氏が一時間にわたって話をしました。滑らかな口調で、誰もが知っている話題から切り出した氏は、グイグイと聴衆を引きつけていきます。横で聴いていた中村氏も、その語り口の柔らかさと表情の豊かさに、思わず引き込まれてしまいました。徐々に難しいテーマに移っているにもかかわらず、N氏は終始さわやかな笑顔だったからです。

 続いて中村氏の講演も無事終了。にぎやかなパーティー会場に移り、再度、中村氏とN氏は同席することとなりました。先ほどから心の中に引っかかっていた控え室でのN氏の不思議な行為に関して、中村氏は率直に尋ねてみました。
 するとN氏は満面の笑顔で、「先ほどは大変失礼しました」と言いつつ、その行為について次のように解説を始めました。

「じつは私は以前から人前に立つと、どうしても顔がこわばってしまうため、少しでも柔らかくしようという思いで、先ほどのようなことを始めたのです。ふだんは人目につかないところでやってはいるのですが、今日は時間もなかったためとはいえ、失礼を省みずに申し訳ありませんでした」

 この言葉を聞いた瞬間、中村氏は「プロの厳しさ」を垣間見た気がしました。
 ひとくちに笑顔といっても、たゆまぬ努力を重ねて作り上げられるものなのです。そこには、少しでも相手の心が和むようにという、思いやりの心が存在します。

私たちは一人で生きているのではありません。多くの人々に支えられて「生かされている」のです。人によって生かされているのであれば、もっともっと心のこもった言葉や表情で人に接するべきでしょう。
ひとつの世界でプロフェッショナルとして生きていくことは、容易ではありません。実務に精魂を傾けるのは当然ですが、言葉や挨拶、そして表情などのさりげない部分が付加価値を生みます。ゆめゆめ怠りなく、私たちも力を入れていきたいものです。

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