2009年5月29日金曜日
今週の倫理 (614号)より 経営者は孤独なり 耐えうる心身を築く
組織の方向性を決定する者は「孤独」です。ある企業のケースを見てみましょう。
靴販売で26店舗のチェーン展開をしているN社。現在三代目のⅠ氏が事業を継承した時のことです。
父親が倫理法人会活動に熱心だったことがきっかけで、自身もその活動を始めたⅠ氏。父より事業を譲り受けることを約束されていた氏に、あるとき転機が訪れました。突然に父との葛藤が始まったのです。
役員会議中、各部門が業務報告をし、I氏が報告を終えた時のこと。社長である父が机をバァンと叩き、「ばかやろう! お前はいったい何をやっているんだ」と外まで鳴り響くような罵声を浴びせたのです。
I氏は〈会議室を一歩出れば自分の部下もいる。恥ずかしくて立つ瀬がない〉と納得のいかない思いにかられました。しかも罵声だけでは終わらず、父の指摘は日常の些細なことにまで及びました。更には「お前なんて生きている価値はない」とまで言われ、氏の存在を全否定されたのです。「こんな会社ならば自分はいないほうがいい」と、よからぬ方向に気持ちは向かいました。
気持ちの沈んだⅠ氏の目に留まったのが『万人幸福の栞』の一節でした。
今日までは、相手の人を直そうとした。鏡に向って、顔の墨をけすに、ガラスをふこうとしていたので、一こうにおちぬ。自分の顔をぬぐえばよい。人を改めさせよう、変えようとする前に、まず自ら改め、自分が変ればよい。(『万人幸福の栞』41頁)
ほんとうに、父を敬し、母を愛する、純情の子でなければ、世に残るような大業をなし遂げる事は出来ない。いや世の常のことでも、親を大切にせぬような子は、何一つ満足には出来ない。(『万人幸福の栞』92頁)
それからI氏は二つのことを始めます。
▼週一枚、両親にハガキを書く。
▼親も実践してきた「倫理」を本気でやる。
しかしハガキを書けども書けども、会社で顔を合わせる父親からの反応は皆無。ある日、母から「いつもハガキをありがとう」と言われ、読んでくれていることを初めて知ります。気を取り直して、なおいっそう取り組み続けました。
自分で決めたことに対して熱心に取り組むⅠ氏に、倫理法人会の仲間が「社長が褒めているよ」と話してくれたのです。しかし、社内での父は相変わらず厳しく、I氏は素直に受け入れられずにいました。
そのような状況下で迎えた年度初めの方針発表会。社長は前触れもなく「Ⅰを社長にする。皆で盛り立ててほしい」と宣言し、一年後、I氏は社長に就任したのです。
月日が経過し、当時の心境を父親に尋ねると、「経営者は孤独なものであり、俺も必死だった。次代を託すお前に、社長となる厳しさを教えておきたかった」という言葉が返ってきたのです。父の胸中を思いやった瞬間、I氏は涙が溢れ出ました。
事業を継承するということは、一大事です。その大きな責任に耐えうる心身は、日常から自分自身で鍛え、また周囲から鍛えてもらう以外にありません。孤独に耐えうる信念、ゆるぎない決断力、それらは日々コツコツと繰り返す努力の連続から絞り出されるものなのです。
2009年5月26日火曜日
5月26日 モーニングセミナー 会員スピーチ
本日のモーニングセミナーは会員スピーチです。
さつき美装(株)山根純子さんです。
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まずはさつき美装のきっかけからお話しします。
子供3人いて、主婦業だけをしていたころ、主人が建築業をやっていました。
その頃は会社を経営するとは思ってもいませんでした。
主人から「こんな仕事もあるよ。」とお掃除でお金がもらえるということを知り、
簡単なお掃除を奥さん3人くらいで一緒にはじめて、会社を経営するというより、
ハイキングに行くかのように遊び感覚で仕事を始めました。
そのうちに、自分の給料分は働くから、ぜひ会社に参加させてほしいという人
と知り合い、ちゃんとした従業員を持つということは定期的に給与を出せるように
ならなきゃいけないと思い、定期的な仕事をもらってくることを念頭に動くようになりました。
何もわからないところから始めた私たちは、どうやったらよいかと思うあまり、
何度も現場を見に行くといった初心者のころの心がけがお客さんに喜ばれ仕事は飛躍的に増えました。
ただ何年も仕事をしている中では、楽なことばかりではありませんでした。
お金の問題でだまされたりもしました。離婚もして子供は3人とも私が引き取りました。
先頃、次男が会社を継ぐことになり、会社設立当初のメンバーである部長が退職したいと申し出ました。
次男が人の前に立って仕事をするのはずいぶんと大変だったようですが、少しずつ仲間ができてきた
らしく、経営者として前向きになってきたように思えます。
やる気があれば何とかできるものだろうということも思います。
社員6人、パート100人が在籍するなか、社員も定着してきました。
倫理の勉強は、会社経営にとって基本となることをたくさんあるので、社員に聞かせてあげたいと思っています。
このご時世、特別利益率がよいわけではありませんが、景気に左右されない、毎月決まった仕事をもらえる業種なので、
今いる社員にこの先、夢のある、なにか希望がもてるような職場にできたらと思っています。
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アリコジャパン 川崎雅史さんです。
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野球をやり続けてきた私。
生まれは東京。杉並近辺。物心がついた頃には横須賀にいました。
神奈川で一番子供の多い学校、クラスは16ほどありました。
教室も間に合わず、プレハブの教室だったけれど楽しかったことを記憶しています。
今では各学年、1クラスしかないという話も聞きます。
本当に少子化が顕著に表れていることを実感します。
高校では野球部に入りました。この時高価なグローブを購入。
あまりに高価だったのでそのせいで、厳しくとも辞められなくなってしまいました。(苦笑
大学でも友人の勧めもあって野球を続けました。
今でも草野球など、仲間と過ごす時間がとても楽しい毎日です。
倫理の集まりも多くを学べ、仲間が増えてとても楽しいです。
仕事はアリコジャパンで営業です。
アリコジャパンでは4つの販売チャンネルを持っています。
・通信販売
・代理店による販売
・銀行窓口販売
・コンサルタントによる対面販売
私はこの4番目に入るわけですが、保険料などはどこで買っても一緒です。
ただ、通信販売では不要な保険まで買ってしまうことがあるように思います。
ですから、わからない点などありましたら、私にご相談ください。(笑
2009年5月22日金曜日
今週の倫理 (613号)より 美しく勝つために人的な質の向上を
第八十一回選抜高校野球において、岩手県代表の花巻東高等学校が準優勝の栄冠に輝きました。緊張や劣勢の状況にもかかわらず、のびのびとプレーするその姿は、多くの人々に感動を与えました。
就任後八年目の佐々木洋監督は、野球人生後の生き方を見据え、「野球選手」ではなく、「野球もできる立派な社会人」を育てることをモットーとして、生活態度重視の人間教育に力点を置いてきました。
その理念は、監督が野球人生の中でつかんだ信念でもありました。野球で生きていけるのは一握りの人間であり、学生時代に花形だった球児が人生を踏み外す場面を見て、〈勝つための野球だけではいけない。野球を通して、社会に出てからも仕事に通じる人間を育てよう〉と決心し、私生活にまで踏み込んだ指導を行ないました。
ミーティングでは、野球の技術よりも先に「食事は静かに」「ごみの片付け方が汚い」など、生活態度全般の指導に重点を置いた結果、次第に自発的に野球を考える集団に変化していったと語っています。目指すべき「日本一」は、全国制覇の意味だけではなく練習態度にもあるとし、「美しく勝つ」ことをチームの合言葉にもしています。
川村主将の「勝つ自信があるのではなく、自分たちがやってきたことに自信がある」との言葉には、人間教育によって築かれた自律力の高さを垣間見ることができます。
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時代がどのように移り変わっても、企業における人材育成は、大きな課題の一つと言っていいでしょう。技術面における向上は、様々な研修や教育によって比較的効果を上げますが、人間性に関わる心の教育は難しいとされます。
では、どうするか。倫理では「心は形に表われる」として、日常生活の基本動作(挨拶・姿勢・返事)や後始末などの実践を継続してすることが、人間力を磨くことにつながると学びます。また日本文化に見る「道」において、型を学び、礼節を尽くすことが精神的修養に大いにつながることを諭していることからも、形が心に及ぼす影響がうかがえます。
歴史を見ても、藩の建て直し等に活躍した上杉鷹山や二宮尊徳は、単なる経営指導だけではなく、藩士らの日常生活にまで踏み込んだ人間教育を行なっているのです。しかし現実として、社員の日常生活にまで踏み込んで教育をすることは、個々人のプライベートな問題が横たわっているため、広く浸透するまで行なうのはなかなか難しいといえましょう。
そこで「朝礼」の登場です。倫理法人会では教育の場として、基本動作の習得や目的意識の確認をし、人的な質の向上を目指すべく「活力朝礼」を推進しています。朝礼は毎日行なうもののため、その効果は絶大であり、人間教育の面において、しかるべき成果を収めることができます。
企業の活性化には、専門知識や技術の向上もさることながら、その根底となる「人」の部分を欠かすことはできません。技術革新と人間改革の両輪により、心技ともに真の強者として「美しく勝つ」ために、社員一丸となって経営を進めていきましょう。
2009年5月20日水曜日
5月19日 モーニングセミナー 「活力朝礼で会社は変わる」
今朝のあいさつは、酒井麻雄名誉会長です。
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平素、私はあいさつをする際、今日は何の日?と言うことをお話ししています。
今日は1560年、今から約450年前、桶狭間において織田信長が今川義元を打ち破った日です。
歴史上、日露戦争でも少数の日本軍が勝っていることを見れば、いつでも数の多い方が勝つと思っては間違いであり、こうしたことを企業経営の中でも忘れないことが肝要であると言えるでしょう。
不況やインフルエンザなど多くの困難があっても、経営者の心持ちひとつです。
頑張っていきましょう。
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本日の講話者は大谷公夫法人スーパーバイザーです。
曽野綾子さんの記事、「7つの社会的罪-ガンジーが残したチェック方法」をはじめとして、自らの糧にしたたくさんの記事を引用しながら、活力朝礼で会社が変わっていった様をお話しされました。
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私たちは政治や経営、宗教、家庭や学校などもすべて倫理の上に成り立っていないといけないとおもいます。
私も、倫理法人会に参加することによって、こうした多くのことを繰り返し気づかせてもらっています。
私の会社では身内社員の不祥事や信頼していた従業員の独立などで会社は倒産しかけたことがあります。
私自身は充分やっているつもりでしたが、父の死により、急に自信がなくなりました。
2代目の甘えもあったのでしょう。どんなに小さな会社でも創業者というのはカリスマ性があり、それと比べられると、どうしても2代目としての弱さを露呈してしまうのです。
しかし、「世間からいただいている信頼には応えなければいけないよ。」と母親に諭されました。
そこで創業者のカリスマ性もない私が実行したのは経営の勉強です。
ある協会の勉強会にも高額ながら参加しました。
一回が数十万円もする高いセミナーなのにこんなに時間とお金をかけて勉強している社長がたくさんいた驚きました。
多くの勉強会に参加し、経営計画を作り、数年経つと経営計画は魔法の本にかわる。とまでいわれましたがなかなか変わっていかない。
数年経つと新たな悩みが始まりました。この高額な勉強をやめて事業が良くなる方法が見つからない。
その頃であったのが倫理法人会です。
倫理法人会では良い習慣を作ることが重要であることを学びました。
よい習慣を作り出すには相当なエネルギーが必要です。もちろん社員にやらせるのもかなりのエネルギーが必要です。
ですから活力朝礼が一番やりやすくて繰り返しやすいのです。
教育、人を育てることは一夜漬けではできない。毎日毎日、回数を重ねただけ染み付いてきます。
朝礼をやり抜くことで意識は変わるが、同じことをし続けているとマンネリになりやすいことも事実です。
マンネリにならないよう、趣向を凝らし、社員を巻き込んで日々変えていくことでマンネリを打破できるようになるのです。
活力朝礼をはじめとして、良い仕組みが組織には必要だと思います。倫理法人会は経営者の教育のための仕組みですね。
良いところ伸ばせというが、私も重箱の隅をつつきやすい性格ですからなかなか難しいものです。(苦笑
そこで、従業員の良いところを探して、感謝する仕組みを作ってみました。
社内で「ありがとう」が行き交う会社にするための努力として、弊社では感謝を表すカード、「だんだんカード」というものも作って、日々よい習慣とよい仕組み作りに取り組んでいます。
2009年5月19日火曜日
5月18日 倫理経営講演会 日本創生の心 ここに倫理がある!
大阪府伊丹市よりお越しいただきましたカコイ建設代表、栫浩志さんの体験報告です。
倫理は普及と言いますが、本当に実践できる仲間を増やすことが大切です。
今私は大阪府の事務長を拝命していて、多くの倫友と話す機会があります。
その中で仕事がうまくいかないという相談があります。
私はそうしたとき、「本当に倫理を実践していますか?」と訊くようにしています。
純粋倫理は疑ったりしてはいけないのです。すなおにそのまま実践すれば、何かが変わってくるはずです。そうお話ししています。
私も栞に書いていることに対して、こんなことで会社がうまくいくなら。。と疑っていた頃もありました。ところが、真剣に実践してみると自分の考えなんて、とてもちっぽけなことであることに気がつきます。
今は倫理の実践により自らの徳を積み、周りが変わっていくさまを楽しんでいます。
とお話しされました。
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85名様ものご来場、誠にありがとうございました。
2009年5月15日金曜日
今週の倫理 (612号)より 決然と腹をくくり徹底した手を打つ
沖縄県宮古島には、次のような方言があります。ブリユシナンマイ(よせてくる波さえも)、アマイズミィライ(笑っているようにさえ見える)。
宮古島には日々、様々な波が寄せてきます。晴れた日の穏やかな波ばかりでなく、台風のような嵐の日の荒波もあるでしょう。しかし、どのような波であっても、さも笑っているかのように見えるということです。
つまり、物の捉え方は自分次第という意味。どのような波であっても、笑っているのか、怒っているのか、それをどのように捉えるかは、自分次第だという方言です。
昨年の米国発の金融危機の影響を受け、百年に一度の大不況と言われる状況が続く今日、不況という波はどのように見えるでしょうか。怒っているのか、笑っているのか。苦しい波だと嫌っていると、その波はそのように見えるでしょう。このような波は最高だと喜んで受け止めれば、そのように見えるでしょう。
倫理法人会で毎週開催されている「経営者モーニングセミナー」の基本テキスト『万人幸福の栞』第二条「苦難は幸福の門 苦難福門」に次のような一説があります。
「百尺竿頭、更に一歩を進めて、苦難は、生活の不自然さ、心のゆがみの映った危険信号であり、ここに幸福に入る門があることがわかってきた。」(『万人幸福の栞』二九頁)
百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)とは、百尺もある竿の先端を意味します。百尺の範囲を常識とするならば、その百尺の更に先に常識を超えた世界があるということです。常識の範囲内で考えれば、「苦しいことは苦しい」「嫌なことは嫌」です。しかし、その常識を超えた時、苦しみは苦しみではなく、寄せてくる波ように笑って見えることとなるのです。自分の捉え方次第で、いかようにも現象は変わってくるのです。
それにはまず、現状をしっかりと受け止めるべく「腹をくくる」こと。苦しい時こそ現状をしっかりと受け止めることが大切です。経営は山あり谷あり、平坦な道ばかりではありません。ならば「苦しいことは当たり前」と割り切ってしまうことです。
腹が決まったら、次は状況確認。時には新たな手を打つことも必要です。商品戦略や販売方法など、時代が進むにつれて、変えていかなければならないこともあるでしょう。世の中の変化に合わせて、変えられるものは変えていく。旧態依然では時代に取り残されてしまいます。これまでの手法に捉われず「新たな手を打つ」ことも大切なのです。
更には、「徹底してやる」こと。徹底とは、底まで貫き通ること、残すところなく行き届くことをいいます。自分がどこまで徹底しているのか、逆に、やっているつもりになってはいないかを、冷静に振り返ってみましょう。
さあ、この百年に一度の大波を、皆さんはどう捉えますか。
2009年5月12日火曜日
5月12日 モーニングセミナー 「ハッピーな人生のフィナーレのむかえ方」
今朝のMSは(有)夢工房のり子 代表取締役須藤紀子様の講話、「ハッピーな人生のフィナーレのむかえ方」でした。22名の参加でした。
ハッピーなフィナーレを迎えられる人生の過ごし方
人には大きなハッピーが3回おとずれます。
一つ目は自ら生まれること。生まれたての頃は、このハッピーバースデイを両親がプロデュースしてくれます。
二つ目は結婚して共に生きること。これは自分たちがハッピーウェディングをプロデュースしますね。
三つ目は死ぬこと。これをハッピーにするには、自分が予めそのときが訪れたときに頼みたいことをエンディングノートなどに書き込むなどの用意しなければなりません。
また40歳を超えてからはものに依存しない、持たない自由を楽しむ、空間の豊かさを知るなど、心の豊かさに目を向けるなど、これからの生き方をお話しされました。
1 人生を楽しむこと
2 執着を捨てること
3 許すこと
4 後始末をすること
5 感謝の言葉を残すこと
マザーテレサやオードリーヘプバーンの言葉なども引用していただきました。
せっかくなので、ここに書き写します。
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あなたの中の最良のものを マザーテレサ
人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく人を愛しなさい
あなたが善を行なうと利己的な目的でそれをしたと言われるでしよう
気にすることなく善を行ないなさい
目的を達しようとする時邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなくやり遂げなさい
善い行いをしてもおそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなくし続けなさい
あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で誠実であり続けなさい
あなたが作り上げたものが壊されるでしょう
気にすることなく作り続けなさい
助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく助け続けなさい
あなたの最良のものを世に与えなさい
蹴り返されるかもしれません
でも気にすることなく最良のものを与え綾けなさい
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「美を保つための秘訣」 オードリーヘプバーン
「親切で思いやりのある言葉」 - 魅力的な唇を作ります。
「他人の良いところを探す」 - 美しい目が保てます。
「あなたの食事を飢えた人と分かち合いましょう」 - スリムな姿を保てます。
「一日に一度は指で髪を梳くように子供を習慣づけましょう」 - 美しい髪にするために。
「決して一人では生きられない」という気持を持つこと - エレガントな物腰が生まれます
「人を、決して見放さない」 - 復帰させ、元通りに付き合い、生き返らせ、改善させ、間違いを償わせ名誉を回復させましょう。
「助けて」と手を挙げましょう - あなたが助けを欲しい時は、必ず誰かが助けに来てくれるでしょう。
年齢を重ねると共に、あなたは二つの手を持っていることに気づくはずです。
片方はあなた自身を助けるために、そして、もう片方は他人を助けるために。
(この詩はオードリ轡が、「美しさを保つ秘訣は?」と闘かれた時に答えたものです。彼女
のお葬式の際に朗読されたとのことです)
翻訳:太田颯衣(株式会社ヴィヴィッド・ライフ研究所
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美人の講師に見惚れてしまいました。これからの残りの人生をいかに楽しく、感
謝して生きるかという事が印象的でした。
講師の主宰する40歳以上の会「五結会」に参加してみませんか?
(前嶋地区長談)
2009年5月8日金曜日
今週の倫理 (611号)より 五月病の克服には「今・ここ」の精神で
例年より長い大型連休が終わり、気持ちの切り替えが難しいのがこの時期です。そして耳にするのが、「五月病」といわれるものです。
五月病は、大学に入学したばかりの学生がゴールデンウィーク明け後に無気力な状態になることからくる症状として、一般的に知られるようになりました。新しい環境や変化の激しい環境になじめず、現実の厳しさについていけないストレスからくる症状と言われています。
そう考えると、五月病とは学生に限ったことではなく、また五月ころに罹る新人だけの症状ではないようです。まさに、超スピード社会の中でストレスを多く抱えた現代人に当てはまる、誰にでも起こりうる症状とも言えるでしょう。
「より早く、より多く、より正確に」は、仕事を進めていく上で大切なことです。しかし、これらばかりを求めていった場合、「早いことはいいことだ」「時は金なり」等が現代人に沁み込んでしまい、いかに短時間で生産性を上げられるかだけに意識が向いてしまいます。
急ぎすぎるあまり、先のことばかりに意識が向いているならば、「今」を生きられず時間に振り回され、「いつの間にか今日一日が終わっていた」という、あわただしい生活を送るはめになります。
その結果、毎日が惰性的となり、生きている実感を得られず、無気力、無感動になってしまう「五月病」のパターンに陥ってしまうのです。
先のことばかりに心を向けていると、今まさに憂慮すべき深い部分を考えなくなってしまうことにもつながります。深い部分とは「自分の人生とはなにか」「自分は何のために生まれてきたのか」など、人生に対する意義や周囲をどれだけ思いやれるかといった思いやりの心です。また、経営の上では「何のためにわが社は存在しているのか」「わが社の使命はなにか」など、経営理念に通ずる問いかけとなるでしょう。
確かに現代社会は情報・物に溢れています。知識や情報、物は豊富に持っているけれど、深いことは何も知らないという不安が、自分自身の虚栄心や功名心をさらに満たそうと人の心を安易な方向へ向けてしまいます。
どのような難問にぶつかろうとも、答えの核心は自分自身の中にあります。問題となっている対象としっかりと向き合っていくとき、何を感じ、何を考え、どうすればよいのか見えてきます。「今・ここ」に心を向けたとき、答えが用意されていることに私たちは気づくのです。
激変の時代だからこそ、周りに流されず、しっかりと自分自身と向き合いながら「今・ここ」に心をおくことが大切です。目の前に起こる一つひとつの物事に対し、「すべて必要がある」と受け止め、「これがよい」と生活していきたいものです。
2009年5月1日金曜日
今週の倫理 (610号)より 「愛する妻へ」感謝を形にして贈る
経営者モーニングセミナー後の朝食会で、男性数人が倫理実践の話題で盛り上がっていました。生花販売業を営むS氏が、「来月、妻の誕生日なんです。何かいいプレゼントはないですかね」と言いました。
「指輪がいい」「旅行でもしたら」などの案が出ましたが、Sさんは「何か倫理の実践に則したお祝いの仕方がないだろうか」と考えました。そんな氏に対して先輩会友が「奥さんへの感謝の想いを書き出して贈ったら」と促したのです。
「そんなこと考えもしなかったですよ、できるかな?」と尻込みする氏を、周囲は「大丈夫、できる」と励まします。最後には切りのよい数で百個、「妻へのありがとう」を記して贈ることになりました。
妻の誕生日まで四十日余り、「一日に二、三個見つければいいのだから」と軽い気持ちで決意したものの、三十個を越えると次がなかなか出てきません。瞬く間に二十日が経過すると、氏は「この程度しか妻に感謝していなかったのか」と、自分の実践の至らなさに愕然としたそうです。
「これでは誕生日まで間に合わない」と思ったSさんは、妻との出会いから現在まで、「自分が変わったこと」「嬉しいと思ったこと」を一つひとつ振り返り始めました。
結婚してからは、掃除・洗濯・食事の支度から解放されて、仕事に力を入れられるようになりました。中でも、食生活は独身時代と現在では一変しています。栄養が偏っていた食事内容が、結婚後は自家製の漬物など妻の手作りメニューが食卓に並んで、栄養バランスがよくなりました。
続けて「働きを支えてくれる」をはじめ、「いろいろな楽しみを教えてくれた」「一緒に趣味を楽しんでくれる」「自分の親や弟妹に良くしてくれる」「いつも綺麗でそばにいてくれる」等々、ささやかでも氏にとって嬉しかったことを書き出していきました。
また、Sさんは「妻が変わったことは何だろう」と考えました。結婚に伴って、住まいが変わり、仕事が変わり、更には苗字まで…。今回の実践の過程で初めて、大きな変化を受け入れてくれていた妻への感謝を、氏は発見することができたのでした。
結婚当初には有り難く思っていたものの、いつの間にか薄れていた感謝の念、見過ごしていた妻の心遣い―それらを細かくメモしていくと九十個を超えていました。
そして迎えた妻の誕生日、氏は「愛する妻へ、一〇〇のありがとう」と題して便箋に書き始め、感謝の想いを一〇〇項目書き上げました。九十九番目は「僕と結婚してくれてありがとう」、一〇〇番目は「(氏の苗字)(奥様の名前)として、共に生きてくれてありがとう」でした。
振り返って氏は、次のように語ります。
「形にあらわすという行為が、想いを深めることにつながるのだと学びました。今回の実践で妻に対する気持ちが深まりましたが、仕事にも好影響がありました。
花を贈ることも、感謝やお祝いの気持ちのあらわれです。その心を表現するお手伝いをさせていただくのが、生花販売を営む私の使命だとやり甲斐を再確認しました」
その後、S氏は「実践したつもり」に陥りがちな自分に注意しつつ、「心を形にあらわしてこそ本物」と心得て、日々の実践に励んでいます。
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