2010年11月27日土曜日

11月16日MS 夢をかたちに~わたみん家3店の起業~@横浜市中央


 今回の講師は、(株)横浜サザンハピネス代表取締役の高氏 主税(たかうじ ちから)氏。 わたみん家横浜西口南幸町店・わたみん家横浜東口店・わたみん家日ノ出町店のFCオーナー。東京都出身、横須賀市育ち、41歳。

 最初にワタミに入社するまでの経緯をお話になりました。信州大学工学部情報工学科大学院でコンピュータを専攻し卒業後NECに就職、システムエンジニアとして約10年間勤めた。しかし企業家の本など色んな本を読み、自分はいま本当に全力で人生を生きているのか、盛り足りなさを感じていた。そのようなときに高杉 良のノンフィクション小説「青年社長」を読み、主人公のワタミ創業者 渡邉美樹の生き方に深い感銘を受けた。
 なかでも、夢を実現する年月日を手帳に書き込むこと「夢に日付を」であった。そこで夢を憧れで終わらせないよう、自分の人生での夢をいつまでに達成していくかの日付を設定し転職を決めた。34歳のときだった。NEC退職時には、上司・同僚を前に「私は5年後の2009年3月1日までに起業します」と宣言した。実際には、ワタミに入社してやらねばならぬことを追い続けたところ、その約束を2年前倒しで達成することができた。

 ワタミという会社は「夢の実現」と「理念浸透」だけをやっているといって過言ではない。それぞれのツールとして、「ワタミ手帳」と「ワタミ理念集」が従業員に配られる。手帳に入社4カ月後の8月1日に店長になると書いたところ、チャンスが突然訪れ人材不足で8月1日付けで自分が店長に抜擢された。しかし実力は伴っておらず、他店の店長より早く来て遅くまで(昼頃から夜中の3時頃まで2カ月間休みなく)働いてスキル不足をカバーし、アルバイトさんが主役で皆が輝いて働ける環境づくりに心掛けた。その結果、店長が誰よりも一生懸命やっている姿を見て、また店づくりにアルバイトさんの意見を多く採り入れたことで、アルバイトさんが協力してくれチームワークのよい店ができ売上げが上がった。
 入社2年後にワタミに独立支援制度ができ、それまで直営店だけだったのが、一定の基準を満たせばノレン分けをしてもらえるようになった。1年間の研修の後、入社3年で目標を約2年前倒しの2007年5月23日に(株)横浜サザンハピネスを設立して独立した。

 2009年には独立第1号店舗が第1回WBC大会でワタミNo.1店舗に選出された。これはアルバイトが輝いて働ける仕組みを作ろうと昨年から始まった大会で、審査の基準は2段階だ。先ず予選で覆面調査員による来店審査で約600店舗の中から採点上位5店舗を選び、決勝大会で5店舗がそれぞれの取組みや思いをプレゼし、会場にいる人たちの投票で順位を決める仕組みだ。優勝したときのわたみん家横浜西口南幸町店のブレゼ内容のDVDが放映された。
 1年目の挑戦はバトルトークで、8人のアルバイトさん全員にカウンセリングをし店長自身の思いを伝えるとともに、問題が起こるたびに徹底した話合いをした。4時間以上に及んだことも。天国と地獄とを繰り返すなかで、改善が図られ、売上げが伸びていった。
 2年目の挑戦はCS改善で、満席で入れないお客様を減らす努力をアグレッシブな姿勢で行い、24カ月連続で前年同月比売上げアップの記録をつくった。ライバルは前年の自分であるとして、前年の記録が限界でないことを自分たちで証明した。

 自分の夢は独立して40年後の2047年に、自分の店を10000店舗(自店舗から独立した人の出店数を含む)を持つこと。本当にやりたいことは1万人の店長を育てたい、特に就職できない20歳代のフリーターを本当の社会へ送り出したいと熱く語ってくれました。
 最後に外食産業をやっていて良かったことは、働いて自分自身が感動でき、なおかつメンバーと感動を分かち合えることだと結ばれました。
 今年の当会の忘年会はわたみん家横浜東口店で開催されるとのこと、楽しみにしています。

 広報委員長 萩野宏樹

2010年11月19日金曜日

11月9日 400回記念MS 「資本の論理」を卒業して地球環境問題へ~協働をキーワードとする社会を目指して~@横浜市中央


 横浜市中央倫理法人会のモーニングセミナーは、おかげさまでこのたび400回の節目を迎えることができました。この記念モーニングセミナーにNPO法人アサザ基金顧問・元(株)損害保険ジャパン副社長の牧 文一郎氏を講師としてお迎えしました。1943年福岡県出身、千葉県柏市在住。

 アサザプロジェクトの舞台、霞ヶ浦・北浦は茨城県面積の約3分の1を占める、日本第2位の面積の淡水湖。かつては外海と繋がる汽水湖だったが、現在は水瓶化のためにコンクリート護岸で周りを固めて30cm水位を上げ、水門を設けて外海と繋がりを断って淡水化している。このため湖の富栄養化が進み、アオコが繁殖し生態系も自然環境も破壊された。
 しかし湖水の中のアサザ群落域だけは波が静かで、水鳥も子育てしているし魚類も多い。アサザを増やせば水質が改善され、豊かな自然環境が戻ってくる。水の中に入ってアサザの種を集め、発芽させて苗を育て植え戻す。子どもたちに夢ある未来を願って、アサザプロジェクトは小学生を主役に、市民や企業がボランティア活動などで応援する、自然再生事業である。ボランティアで流域にある110校の小学校のなかにビオトープを造って、子どもたちがアサザなどの水生植物を植栽しメダカなどの観察を続ける。湖の自然を取り戻す実践型の環境学習を地域ぐるみで行っている。
 
 独立した組織が環境というテーマで橋渡しをしていく。このようなコラボレーションの精神でのビジネスモデルをつくる。たとえば森から湖までの流域の自然をよみがえらせるために、荒廃した谷津田を復田し酒米を無農薬で栽培して水源地を保全するとともに、できた米を酒にして販売する過程で、農業者、酒造会社、流通会社を繋ぐビジネスモデルだ。

 水瓶化したために霞ヶ浦・北浦はチッソ・リンが溜まる構造になった。ヨシの再生や外来魚を獲る(魚粉にして肥料にする)ことで、これらが循環する構造にしたい。また、冬期に水門を開けて人為的に上げている水位を下げ、外海と繋げて湖水の循環を促すとともに、シラスが遡上する環境を取り戻し、霞ヶ浦を天然ウナギの世界的な産地にしたい。
 議会や国土交通省に10数年来お願いしてきた水門の柔軟運用についても、ようやく理解が得られつつある。
 アサザプロジェクトに皆さんの理解と支援をお願いすると結ばれた。

 大規模な自然再生事業を基金を活用するなどあまり金をかけずに、流域全体の関係者を巻き込んだ活動で行っている。また未来を担う子どもたちに実践型環境教育を施し、環境をキーワードに協働したビジネスモデルを起こすなど、これからの日本の進むべき道の一つの先鞭となるのではと、希望の持てる素晴らしいお話しを伺いました。

 広報委員長 萩野宏樹

2010年11月12日金曜日

11月2日MS 介護の要らない人生@横浜市中央


 今回の講師は横浜EAGLE研究所所長、健康管理士の門松 聡氏、1959年横浜市生まれ。2002年に横浜MORIMORI研究所を設立。カウンセラーとして生活習慣病の予防実践の普及のために活躍している。著書に「介護の要らない人生」(文芸社)がある。

 日本人の三大死因は①悪性新生物(ガン)②心疾患(心筋梗塞・狭心病など)③脳血管疾患(脳梗塞・脳出血など)である。肺炎が65歳以上の死亡原因で10.5%と第4位を占める。予防注射は1度しか打てず、効用期間もせいぜい10年なので、70歳位を目安に打つのも良い。
 要介護原因では①脳血管疾患②高齢による衰弱③転倒・骨折(骨粗鬆症)④認知症などと続き、全体の約70%が生活習慣病と言える。世話する人がいないために寝かせきりにさせられる場合も多く、栄養不足から寝たきりになることもある。寝たきりになると認知症にもなりやすい。

 生活習慣病はメタボリックシンドロームなどと呼ばれ、高血圧、脂質異常症(高脂血症)、高血糖及び肥満などの、重複した危険因子から導かれる動脈硬化性疾患や認知症で、最近は若年者でも増えてきている。偏った食生活、喫煙、運動不足、ストレス過剰などの不適当なライフスタイルから発症するものをいう。

 糖尿病は急激に増えており、予備群を含め2010年で2350万人、全人口の18%を占める。10年後には3290万人まで増えると予測されており、このままでは医療費で国費が破綻する恐れがあり、正に亡国病である。

 認知症高齢者は2002年現在約150万人が、2025年には約550万人に急増すると推計される。この間、60歳以上の人口が930万人から1240万人に増えるのに対し、15歳以上60歳未満の労働力人口は5760万人から5080万人に急減する。従ってたとえ介護システムが継続したとしても、サービスを提供する労働力が不足し、介護難民が激増する恐れが強く、老老介護は避けられない。

 結論としてこの状況を回避する唯一の方法は、介護を必要としない人生を全うすることであり、特に生活習慣病の予防は約7割という高率で要介護を回避する最大の方法である。

 動脈硬化にしろ認知症にしろ、いったん悪化したものは進行を遅らせることはできても、元の良かった状態へ戻すことは難しいとの恐ろしい託宣を受けました。ピンピンコロリの人生を全うしたければ、自らの生活態度を律する覚悟があるか否かを問われた気がしました。

 広報委員長 萩野宏樹