2009年5月29日金曜日
今週の倫理 (614号)より 経営者は孤独なり 耐えうる心身を築く
組織の方向性を決定する者は「孤独」です。ある企業のケースを見てみましょう。
靴販売で26店舗のチェーン展開をしているN社。現在三代目のⅠ氏が事業を継承した時のことです。
父親が倫理法人会活動に熱心だったことがきっかけで、自身もその活動を始めたⅠ氏。父より事業を譲り受けることを約束されていた氏に、あるとき転機が訪れました。突然に父との葛藤が始まったのです。
役員会議中、各部門が業務報告をし、I氏が報告を終えた時のこと。社長である父が机をバァンと叩き、「ばかやろう! お前はいったい何をやっているんだ」と外まで鳴り響くような罵声を浴びせたのです。
I氏は〈会議室を一歩出れば自分の部下もいる。恥ずかしくて立つ瀬がない〉と納得のいかない思いにかられました。しかも罵声だけでは終わらず、父の指摘は日常の些細なことにまで及びました。更には「お前なんて生きている価値はない」とまで言われ、氏の存在を全否定されたのです。「こんな会社ならば自分はいないほうがいい」と、よからぬ方向に気持ちは向かいました。
気持ちの沈んだⅠ氏の目に留まったのが『万人幸福の栞』の一節でした。
今日までは、相手の人を直そうとした。鏡に向って、顔の墨をけすに、ガラスをふこうとしていたので、一こうにおちぬ。自分の顔をぬぐえばよい。人を改めさせよう、変えようとする前に、まず自ら改め、自分が変ればよい。(『万人幸福の栞』41頁)
ほんとうに、父を敬し、母を愛する、純情の子でなければ、世に残るような大業をなし遂げる事は出来ない。いや世の常のことでも、親を大切にせぬような子は、何一つ満足には出来ない。(『万人幸福の栞』92頁)
それからI氏は二つのことを始めます。
▼週一枚、両親にハガキを書く。
▼親も実践してきた「倫理」を本気でやる。
しかしハガキを書けども書けども、会社で顔を合わせる父親からの反応は皆無。ある日、母から「いつもハガキをありがとう」と言われ、読んでくれていることを初めて知ります。気を取り直して、なおいっそう取り組み続けました。
自分で決めたことに対して熱心に取り組むⅠ氏に、倫理法人会の仲間が「社長が褒めているよ」と話してくれたのです。しかし、社内での父は相変わらず厳しく、I氏は素直に受け入れられずにいました。
そのような状況下で迎えた年度初めの方針発表会。社長は前触れもなく「Ⅰを社長にする。皆で盛り立ててほしい」と宣言し、一年後、I氏は社長に就任したのです。
月日が経過し、当時の心境を父親に尋ねると、「経営者は孤独なものであり、俺も必死だった。次代を託すお前に、社長となる厳しさを教えておきたかった」という言葉が返ってきたのです。父の胸中を思いやった瞬間、I氏は涙が溢れ出ました。
事業を継承するということは、一大事です。その大きな責任に耐えうる心身は、日常から自分自身で鍛え、また周囲から鍛えてもらう以外にありません。孤独に耐えうる信念、ゆるぎない決断力、それらは日々コツコツと繰り返す努力の連続から絞り出されるものなのです。
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