梅雨の季節を迎え、鬱陶しく感じている方も多いのではないでしょうか。
新聞の記事によれば、沖縄や奄美地方では例年五月前半に入梅し、九州南部も五月末には入梅することが多いようです。本州でも五月には「梅雨の走り」といわれ、三日に一度は一ミリ以上の雨が降り、一ミリ未満の弱い雨が降る日を含めると、東京辺りでは二日に一度は雨が降っています。
さて、私たちが学ぶ純粋倫理という、よりよく生きるための心の生活法則では、自然の恵みである天候気候に対し、不足不満を思わず、恵みであると感謝して、日々、天候気候に順応した生活をしていると、不思議と天候気候に恵まれた生活を送れるようになると説いています。
これは「人天に順(した)がえば、天また人に和す」などと表現されますが、この言葉は、自分の力ではどうすることも出来ない自然の営みに対し、不足不満に思って不機嫌に心を曇らせて生活することの愚かさを戒め、どうにもならないことは、そのまま、ありのままを素直に受け止め、明るく朗らかに屈託なく生活することの大切さを教えてくれます。
明るく朗らかな心の持ち主には、明るく朗らかな環境が開け、そうでない人には違う環境が用意されていることを、先人たちは経験的に知っていたのでしょう。
天候や気候に対し、「鬱陶しい」「寒くていやだ」「暑くていやだ」などと不満に思っている人は、こうした経験則に基づいて、心の在り方や据えどころを変えてみてはいかがでしょうか。きっと今までと違った、明るい環境が開けてきます。
毎日のように変化する天候や気候に不満を持つ人は、日々そうした心のあり方を積み重ねていくだけに、心のあり方が悪い方に積み重なり、もう癖になってしまっている場合も少なくないようです。その日の天候に感謝するか、不満に思うか。一見、小さなことに思えることに意識を向け、変えていくことが自己改革の近道です。
漢方薬のように、効き目はゆっくりですが、確実に効果が上がります。
小さなこととは、日常足下の当たり前に思えるようなことです。こうした小さなことに意識を向けて磨きをかける訓練をするには、むしろ梅雨の季節は絶好といえます。
「今日は天気がいい」「また雨か…」など、私たちは毎日の天気に一喜一憂して心をマイナスに動かしたりプラスに転じたりしています。中には雨が好きという方もあるでしょうが、梅雨時は毎日のように雨が降り、気温も湿度も高く不快指数が増す季節。これを逆手にとって、自分を変える楽しい季節としてみたいとは思いませんか。
自己改革というと、山に籠もるとか滝に打たれるなど、非日常的かつ特別なことをしないと叶わないように思いがちですが、「小さなことに意識を向けて変える」という、ほんの日常の些細なことからも可能なのです。
自己改革に取り組み、明朗で闊達な心境に達したとき、「天また人に和す」不思議な世界も開けてきます。
この季節、「雨もまたよし」と朗らかに受け切り、実際に声に出すと、その気になってきます。試してみてはいかがでしょう。
2008年6月27日金曜日
2008年6月24日火曜日
6月24日 モーニングセミナー 「後始末の効用」
本朝は倫理研究所法人局、松本光司研究員の講話です。
後始末とは物事の終わりではなく、次のスタートの準備です。
たとえば1992年当時のニューヨークでは殺人事件の数が2154件、重罪事件の数が626812件ありました。
この状況を憂い、当時の市長は110億円以上を投入して地下鉄の落書きを消すなどの清掃活動を行いました。
その結果、5年後には1997年には殺人事件が70件と約60パーセントの減少、重罪事件においては355893件と約半分になりました。
これが世に言う「割れ窓理論」ですが、これを企業経営にも反映させて考えてみると、まず汚い場所にいるとやる気が出てこないものです。その結果として営業力の低下、健康被害、注意力の低下や散漫、ひいては労働意欲の低下につながるのです。
いらないものを捨てて、よどんだところを作らないように気を配り、社内をいつもすっきりさせておくと大切なひらめきも生まれてきます。
では、どんなものを捨ててすっきりさせたらよいでしょうか?
研究員は、4点挙げています。
1 過去の栄光や思い出
2 レベル(品位)を下げるもの
3 いつか使えると思うもの
4 もったいないと思うもの
一見、エコに反していそうですが、会社にも自宅にも入れ物としての限界があります。
もったいないだけで、何年も使わないものなら、取捨選択をされるとよいでしょう。という講話でした。
後始末とは物事の終わりではなく、次のスタートの準備です。
たとえば1992年当時のニューヨークでは殺人事件の数が2154件、重罪事件の数が626812件ありました。
この状況を憂い、当時の市長は110億円以上を投入して地下鉄の落書きを消すなどの清掃活動を行いました。
その結果、5年後には1997年には殺人事件が70件と約60パーセントの減少、重罪事件においては355893件と約半分になりました。
これが世に言う「割れ窓理論」ですが、これを企業経営にも反映させて考えてみると、まず汚い場所にいるとやる気が出てこないものです。その結果として営業力の低下、健康被害、注意力の低下や散漫、ひいては労働意欲の低下につながるのです。
いらないものを捨てて、よどんだところを作らないように気を配り、社内をいつもすっきりさせておくと大切なひらめきも生まれてきます。
では、どんなものを捨ててすっきりさせたらよいでしょうか?
研究員は、4点挙げています。
1 過去の栄光や思い出
2 レベル(品位)を下げるもの
3 いつか使えると思うもの
4 もったいないと思うもの
一見、エコに反していそうですが、会社にも自宅にも入れ物としての限界があります。
もったいないだけで、何年も使わないものなら、取捨選択をされるとよいでしょう。という講話でした。
2008年6月20日金曜日
今週の倫理 (564号)より 職場の教養の活用が社員の変化を呼ぶ
倫理法人会の会員には、特典のひとつとして会費一口につき『職場の教養』という小冊子が三十冊贈呈されます。
同誌は職場の朝礼に活用するもので、社会人としての行動指針や人としての心のあり方など、毎日多岐にわたるテーマで一カ月分をまとめてあります。
使い方は各社で自由ですが、基本的にはリーダーを決めて、そのリーダーが本文の最初と最後の段落を読みます。途中の段落はリーダーが「ハイ」と区切り、それを受けて次の読み手が積極的に「ハイ」と返事をして読み進めます。
全文を読み終えた後にリーダーが感想を一言述べ、最後はリーダーの音頭に合わせて、具体的な実践の目標が示された「今日の心がけ」を全員で唱和します。
多くの倫理法人会会員企業が活用していますが、様々な喜びの声が担当者のもとに届いています。
次に紹介するのは、三十代の女性社員から送られてきたミニ体験です。
私は中途採用で今の会社に入社しました。ところが二十二歳の女性社員で、なんとなく苦手な子がいました。
年は私が上なのですが、彼女の私に対する視線には「後から来たくせに」という冷たいものを感じます。しっくりいかないまま数日間が過ぎました。
そんなある朝、『職場の教養』の「今日の心がけ」に「先手で挨拶をしましょう」とあり、ハッとしました。挨拶もせず、言葉も交わさずでは、ますます気まずい雰囲気になってしまう。勇気を出して自分から声をかけてみようと決意しました。そして翌朝、私は思い切って彼女に「おはようございます」と挨拶をしたのです。すると彼女からも「おはよう」と挨拶が返ってくるではありませんか。これを境に彼女の視線から冷たさが消え、古くからの仲間のように温かく気軽に接してくれるようになったのです。
以前の職場では朝礼はありませんでしたし、もちろん『職場の教養』を読んだこともありません。今この職場で『職場の教養』に出会えたことをとても嬉しく思っていますし、たった一言の「おはよう」がこんなに人間関係をスムースにするとは、私にとって初めての体験でした。
どの職場でも初めて『職場の教養』を導入した時には、社員からは様々な反応があるものです。「仕事と何の関係があるんだ」「こんなことをやっても時間の無駄では」など。しかしここでトップが挫けてしまえば、すべてが水泡に帰します。
ものごとはいったん始めたらとにかくやり続けることです。やり続けるうちに、必ず社員にもその良さや必要性は伝わります。また、そう信じてトップが真剣に取り組むことが大切です。
続けるうちに「社員が積極的になった」「自分の考えをハッキリと言うようになった」など、その変化を感じられるのはトップにとっても最高の喜びです。一日一日の積み重ねですが、その成果は計り知れないものがあるのです。
同誌は職場の朝礼に活用するもので、社会人としての行動指針や人としての心のあり方など、毎日多岐にわたるテーマで一カ月分をまとめてあります。
使い方は各社で自由ですが、基本的にはリーダーを決めて、そのリーダーが本文の最初と最後の段落を読みます。途中の段落はリーダーが「ハイ」と区切り、それを受けて次の読み手が積極的に「ハイ」と返事をして読み進めます。
全文を読み終えた後にリーダーが感想を一言述べ、最後はリーダーの音頭に合わせて、具体的な実践の目標が示された「今日の心がけ」を全員で唱和します。
多くの倫理法人会会員企業が活用していますが、様々な喜びの声が担当者のもとに届いています。
次に紹介するのは、三十代の女性社員から送られてきたミニ体験です。
私は中途採用で今の会社に入社しました。ところが二十二歳の女性社員で、なんとなく苦手な子がいました。
年は私が上なのですが、彼女の私に対する視線には「後から来たくせに」という冷たいものを感じます。しっくりいかないまま数日間が過ぎました。
そんなある朝、『職場の教養』の「今日の心がけ」に「先手で挨拶をしましょう」とあり、ハッとしました。挨拶もせず、言葉も交わさずでは、ますます気まずい雰囲気になってしまう。勇気を出して自分から声をかけてみようと決意しました。そして翌朝、私は思い切って彼女に「おはようございます」と挨拶をしたのです。すると彼女からも「おはよう」と挨拶が返ってくるではありませんか。これを境に彼女の視線から冷たさが消え、古くからの仲間のように温かく気軽に接してくれるようになったのです。
以前の職場では朝礼はありませんでしたし、もちろん『職場の教養』を読んだこともありません。今この職場で『職場の教養』に出会えたことをとても嬉しく思っていますし、たった一言の「おはよう」がこんなに人間関係をスムースにするとは、私にとって初めての体験でした。
どの職場でも初めて『職場の教養』を導入した時には、社員からは様々な反応があるものです。「仕事と何の関係があるんだ」「こんなことをやっても時間の無駄では」など。しかしここでトップが挫けてしまえば、すべてが水泡に帰します。
ものごとはいったん始めたらとにかくやり続けることです。やり続けるうちに、必ず社員にもその良さや必要性は伝わります。また、そう信じてトップが真剣に取り組むことが大切です。
続けるうちに「社員が積極的になった」「自分の考えをハッキリと言うようになった」など、その変化を感じられるのはトップにとっても最高の喜びです。一日一日の積み重ねですが、その成果は計り知れないものがあるのです。
2008年6月13日金曜日
今週の倫理 (563号)より 繁栄への道は早起きから始まる
倫理というと、堅苦しいものと思い、少し構えてしまう人があるようですが、そんなものではありません。特別むずかしいことでもないのです。
倫理の学びは、朝起き、あいさつ、返事・笑顔・後始末といった、人として社会生活をおくるために当たり前のことを、しっかり実践していくことなのです。
この教えをあらゆる業界の経営者が企業経営に活かし、基本的な事を実践して素晴らしい企業風土を育んでいるのです。そして日々の実践活動を通じて社会のために仲間づくりを楽しみつつ、「日本創生」に向かっていこうというのが私たちの目的です。
まずは、朝起きの実践です。「朝起きは繁栄の第一歩」という標語をかみしめましょう。朝、目が覚めるということは、自分の力ではなく大自然の力によるものです。大自然の大きな力で生かされているのが私たちなのです。
グズグズしていて何の得があるでしょうか。毎日のグズグズ時間によって、精神的・物理的に失うものの蓄積は、ばかになりません。
今日一日が私の、あなたの人生です。そして、今日は二度と戻ってこないのです。「やり直しができない」と気づいたら、のんびり朝寝などしてはいられないでしょう。朝は一日の出発、スタート。お互いに持っている能力や個性を発揮する第一歩と心得て、模範となる朝起きの実践に磨きをかけていかねばなりません。
朝起きを実践している人は、仕事を追いかける人になっていきます。仕事を積極的に追いかける人は、仕事が順調に進み、人が都合よく来てくれます。営業の話がより良くまとまり、外回りでの交通の流れまでがスムーズに運んでいくのです。
T氏は、六年前から朝起きの実践に真剣に取り組むようになりました。倫理法人会が主催する「経営者モーニングセミナー」に積極的に参加しています。
午前六時からの「経営者モーニングセミナー」への参加を一つのきっかけに、毎日午前四時には起床。会社に一番乗りをすると仕事も効率よく進むことを身をもって体験しました。
S氏は、健康不安をいだきながら消極的になっていたことを反省し、生活を朝型に変えて積極性を高めました。するといつの間にか、先手の挨拶と「ハイ」の返事が身についてきたのです。健康への不安は、いつしか消えていったことはいうまでもありません。
N氏は、倫理は実践することで身につくものと心し、様々なことに挑戦しています。
朝起きの実践、そして夫婦での朝の挨拶、トイレ清掃と、すべてに喜んで磨きをかけているのです。
「自分に負ける人は何をやっても大成しない。朝起き一つ出来ずに何ができるか。『ねむたくばいつまでも眠れ墓の中』」(「清き耳」丸山敏雄著)といわれるように、倫理の実践は日常のごくごく当たり前のことであって、誉められたり、はやし立てられたりするものでもありません。朝起きは繁栄の第一歩と心得れば、おのずと私たちがするべきことは見えてくるはずです。
倫理の学びは、朝起き、あいさつ、返事・笑顔・後始末といった、人として社会生活をおくるために当たり前のことを、しっかり実践していくことなのです。
この教えをあらゆる業界の経営者が企業経営に活かし、基本的な事を実践して素晴らしい企業風土を育んでいるのです。そして日々の実践活動を通じて社会のために仲間づくりを楽しみつつ、「日本創生」に向かっていこうというのが私たちの目的です。
まずは、朝起きの実践です。「朝起きは繁栄の第一歩」という標語をかみしめましょう。朝、目が覚めるということは、自分の力ではなく大自然の力によるものです。大自然の大きな力で生かされているのが私たちなのです。
グズグズしていて何の得があるでしょうか。毎日のグズグズ時間によって、精神的・物理的に失うものの蓄積は、ばかになりません。
今日一日が私の、あなたの人生です。そして、今日は二度と戻ってこないのです。「やり直しができない」と気づいたら、のんびり朝寝などしてはいられないでしょう。朝は一日の出発、スタート。お互いに持っている能力や個性を発揮する第一歩と心得て、模範となる朝起きの実践に磨きをかけていかねばなりません。
朝起きを実践している人は、仕事を追いかける人になっていきます。仕事を積極的に追いかける人は、仕事が順調に進み、人が都合よく来てくれます。営業の話がより良くまとまり、外回りでの交通の流れまでがスムーズに運んでいくのです。
T氏は、六年前から朝起きの実践に真剣に取り組むようになりました。倫理法人会が主催する「経営者モーニングセミナー」に積極的に参加しています。
午前六時からの「経営者モーニングセミナー」への参加を一つのきっかけに、毎日午前四時には起床。会社に一番乗りをすると仕事も効率よく進むことを身をもって体験しました。
S氏は、健康不安をいだきながら消極的になっていたことを反省し、生活を朝型に変えて積極性を高めました。するといつの間にか、先手の挨拶と「ハイ」の返事が身についてきたのです。健康への不安は、いつしか消えていったことはいうまでもありません。
N氏は、倫理は実践することで身につくものと心し、様々なことに挑戦しています。
朝起きの実践、そして夫婦での朝の挨拶、トイレ清掃と、すべてに喜んで磨きをかけているのです。
「自分に負ける人は何をやっても大成しない。朝起き一つ出来ずに何ができるか。『ねむたくばいつまでも眠れ墓の中』」(「清き耳」丸山敏雄著)といわれるように、倫理の実践は日常のごくごく当たり前のことであって、誉められたり、はやし立てられたりするものでもありません。朝起きは繁栄の第一歩と心得れば、おのずと私たちがするべきことは見えてくるはずです。
2008年6月6日金曜日
今週の倫理 (562号)より 心ひとつになる時 社全体が輝きを増す
時代の変化は、年々早まってきているようです。ひと昔といえば十年だったものが、現在では一年一昔となり、十年は大昔にさえ思えるほどです。この急激な変化の中、厳しい競争に勝ち残るためには、社長の人間力を中心に全社員が一丸となり、いかなる経営環境の変化にも対応できる組織力を持つことが大切です。
中小企業の強み「三条件」としてよく聞くのが、「労使の一体感」「機動力」「マーケット感覚」です。
「労使の一体感」とは、いうまでもなく社長中心に全社員の一枚岩体制です。「機動力」は、即実行・即対応であり、徹底した顧客サービスなどです。「マーケット感覚」とは、顧客ニーズを肌で感じて、それに対応していくことでしょう。経営者の誰もが、この「三条件」を軸に、様々な経営危機を乗り越えて、今日の基盤を造ってきたわけです。
ある地方で、民間車検工場中心に板金・塗装工場を経営するT社長は、「うちは、いかなる経営環境の中でも、勝ち残る自信がある」と言い切ります。その理由として、「顧客のために」を念頭に、親切・丁寧・真心のサービスを実行していることを挙げます。それも社長の命令や指示によるものでなく、社員各々が積極的に話し合いながら取り組んでいるというのですから、社長の自信も頷けます。
社員の仕事は、始業時間前のミーティングから始まります。その日の仕事の確認をはじめ、予約客に対しては到着時間を見計らって入り口に立って迎える、帰りの際は出口まで行って丁寧に見送るなどまで話し合うのだそうです。また、その日のすべての仕事が終了しても、すぐに帰るのではなく、ミーティング通りに仕事が進められたかどうかを全員で反省します。良かった点は続行し、悪かった点は即座に改めるなどの努力を重ね、現在の「三条件」を満たす社風を作り上げてきたのです。
同社には社員の応対力の高さがあります。待合室のみならず工場内がきちんと整理され、チリ一つありません。その待合室には飲み物が準備され、ゆっくりとくつろげるソファーもあるのです。さらに驚いたことに、その待合室から工場内がすべて見えるようになっているのです。客の誰もが、自分の愛車を大事に扱ってくれている様子を確認でき、嬉しくなるでしょう。あたかも工場内において、人と物とが一体となって、喜んで働いているかのようです。T社長は「私はただ、社会貢献を目的に経営を進める一方、社員の物心両面を高めることに努めてきただけです」と控えめです。
「事業の倫理」に、「『この仕事は、あくまで、世のため人のためにするのだ』という目的がはっきりと立って、いつまでもそれ(初志―創業精神)を貫きとおす、これが繁栄の秘訣である」とあります。さらに「一つ心にかたまって、思いきって行なうとき、ここに奇蹟が現われる」とも教えています。これこそが、経営者の人間力を高める大きなポイントであり、また社員が心一つになって顧客志向の実践に向かう不動の柱となるものなのです。
中小企業の強み「三条件」としてよく聞くのが、「労使の一体感」「機動力」「マーケット感覚」です。
「労使の一体感」とは、いうまでもなく社長中心に全社員の一枚岩体制です。「機動力」は、即実行・即対応であり、徹底した顧客サービスなどです。「マーケット感覚」とは、顧客ニーズを肌で感じて、それに対応していくことでしょう。経営者の誰もが、この「三条件」を軸に、様々な経営危機を乗り越えて、今日の基盤を造ってきたわけです。
ある地方で、民間車検工場中心に板金・塗装工場を経営するT社長は、「うちは、いかなる経営環境の中でも、勝ち残る自信がある」と言い切ります。その理由として、「顧客のために」を念頭に、親切・丁寧・真心のサービスを実行していることを挙げます。それも社長の命令や指示によるものでなく、社員各々が積極的に話し合いながら取り組んでいるというのですから、社長の自信も頷けます。
社員の仕事は、始業時間前のミーティングから始まります。その日の仕事の確認をはじめ、予約客に対しては到着時間を見計らって入り口に立って迎える、帰りの際は出口まで行って丁寧に見送るなどまで話し合うのだそうです。また、その日のすべての仕事が終了しても、すぐに帰るのではなく、ミーティング通りに仕事が進められたかどうかを全員で反省します。良かった点は続行し、悪かった点は即座に改めるなどの努力を重ね、現在の「三条件」を満たす社風を作り上げてきたのです。
同社には社員の応対力の高さがあります。待合室のみならず工場内がきちんと整理され、チリ一つありません。その待合室には飲み物が準備され、ゆっくりとくつろげるソファーもあるのです。さらに驚いたことに、その待合室から工場内がすべて見えるようになっているのです。客の誰もが、自分の愛車を大事に扱ってくれている様子を確認でき、嬉しくなるでしょう。あたかも工場内において、人と物とが一体となって、喜んで働いているかのようです。T社長は「私はただ、社会貢献を目的に経営を進める一方、社員の物心両面を高めることに努めてきただけです」と控えめです。
「事業の倫理」に、「『この仕事は、あくまで、世のため人のためにするのだ』という目的がはっきりと立って、いつまでもそれ(初志―創業精神)を貫きとおす、これが繁栄の秘訣である」とあります。さらに「一つ心にかたまって、思いきって行なうとき、ここに奇蹟が現われる」とも教えています。これこそが、経営者の人間力を高める大きなポイントであり、また社員が心一つになって顧客志向の実践に向かう不動の柱となるものなのです。
2008年6月3日火曜日
6月3日 モーニングセミナー 「海の安全・安心について」

本日は前海上保安庁長官 石川裕己さんの講話。
日本近海における多くの事件・事故の発生と海上保安庁の活躍を海保ジャーナルという海上保安庁広報誌を使って、ご講話いただきました。
海上保安庁は不法入国船舶の監視の必要性から、バラバラだった行政組織を統一して昭和23年5月に海上保安庁が発足しました。
海上保安庁旗は旧海軍とは違うという意味から、色は赤ではなく青とし、マークは錨ではなくコンパスなのです。(現在も警察の一機関)
昭和35年くらいからタンカーの事故も多く発生し、火災および海の汚染というのが問題となり、昭和40年代には全日空の羽田沖墜落事故も起きました。
日本は四方を海に囲まれた島国であるため、領土は238万平方キロメートル(世界で61番目の広さ)しかありませんが、排他的経済水域(200海里)は447万平方キロメートル(世界で6番目)、海岸延長キロは3万5千キロ(世界で6番目)の長さを有する国であり、また日本は貿易立国ゆえ、輸出入で成り立っている国であるため、国際貨物の99パーセントが海上運輸に頼っています。
また、油類、セメント、鉄鉱石などの基礎物資は日本国内においても80パーセントが船舶で運ばれているわけです。
食料においても、約60パーセントが海外からの輸入に依存している日本では、そのほとんどが船で運ばれてきていて、エネルギーにおいてはその90パーセントが船便です。
こうした日本の生命線、海上の安全を1万2千余名の海上保安庁のみなさんが守ってくれています。
普通に生活していると気がつかないのですが、日夜日本の安全を守ってくれている人たちがいることを思い起こすモーニングセミナーでした。
2008年5月30日金曜日
今週の倫理 (561号)より 心に正直に生きる時思わぬ力を得る
経営コンサルタントの中村氏が駆け出しの頃、出会った人物の一人にО氏がいました。初対面の時から、このО氏には中村氏は驚かされ続けでした。
О氏と中村氏が出会った時、まずは氏の挨拶に違和感を覚えました。お辞儀はお辞儀でも、頭を下げないお辞儀だったからです。膝だけを曲げて「コンニチハ」です。
見ていると、誰に対しても頭を下げず、膝だけを曲げる挨拶をしています。見るに見かねた中村氏が「Оさん、挨拶というものは相手に敬意を払うものだ。頭をわずかでも下げるものだよ」と言ったところ、О氏は
「自分は六十年以上このスタイルを通してきたので、誰が何と言おうと今さら変える気はありません」と言い返しました。
その後、会うたびにО氏には驚かされっぱなしです。ある時、地元の警察署長を呼んで講演会を開催することとなり、О氏は進行役として大いに張り切っていました。講演が始まると、どこからか一匹のハエが紛れ込んで、署長の周りを飛び回り始めたのです。原稿の上に止まったり頭に止まったりで、署長も手でさりげなく追い払うのですが、ハエはなかなか壇上から離れようとしません。
すると、進行役のО氏が突然ノートを丸めて壇に上がり、演台の角に止まったハエを叩いたのです。中村氏は、今まで色々な所で講演をしてきましたが、後にも先にも、進行役がハエを叩きに壇上に出てきたのはО氏だけです。
署長もハエ叩きに驚いたのか、その後はヤル気が萎えたようで、予定より早めに壇上を降りてしまいました。中村氏は署長と聴衆の皆さんに申し訳なく、О氏を厳しく叱りましたが、О氏はいっこうに堪えた様子も見られません。
ある早朝のこと、鍵当番のО氏が遅刻して来たときのことです。遅れてきたО氏は明るい声で「待ったー?」と言った後、「待つのも勉強」と言ってのけたのです。さすがの中村氏も、もう叱る気も起きませんでした。
とにかく会うたびに驚かされるО氏の言動でしたが、不思議とО氏を取り巻く人々がО氏の批判めいた言葉を口にすることはありません。それどころか、時には「Оさんは立派だ」と褒め称える人までいたのです。というのも、もともとО氏は大変な資産の家に生まれ、本来であればその資産を受け継ぐことができましたが、「坐って半畳、寝て一畳あればいい」と、その資産をすべて町のために寄付したのです。そのお金で、多くの貧しかった子供たちが勉強の場を与えられたといいます。
中村氏は、О氏のマナーの悪さと資産すべてを投げ出した両面のギャップに戸惑いましたが、彼の持つ奔放さと明るさは、金も常識も、そして恥さえも捨て切ったところから来ているのだと理解しました。
「人は褒められて一物も得ず、腐されて一物も失わず」という言葉があります。人間は自分の心に正直に生きる時、思いもしない力が湧き起こるといいます。大らかな心で、今という一瞬を精一杯生きましょう。
О氏と中村氏が出会った時、まずは氏の挨拶に違和感を覚えました。お辞儀はお辞儀でも、頭を下げないお辞儀だったからです。膝だけを曲げて「コンニチハ」です。
見ていると、誰に対しても頭を下げず、膝だけを曲げる挨拶をしています。見るに見かねた中村氏が「Оさん、挨拶というものは相手に敬意を払うものだ。頭をわずかでも下げるものだよ」と言ったところ、О氏は
「自分は六十年以上このスタイルを通してきたので、誰が何と言おうと今さら変える気はありません」と言い返しました。
その後、会うたびにО氏には驚かされっぱなしです。ある時、地元の警察署長を呼んで講演会を開催することとなり、О氏は進行役として大いに張り切っていました。講演が始まると、どこからか一匹のハエが紛れ込んで、署長の周りを飛び回り始めたのです。原稿の上に止まったり頭に止まったりで、署長も手でさりげなく追い払うのですが、ハエはなかなか壇上から離れようとしません。
すると、進行役のО氏が突然ノートを丸めて壇に上がり、演台の角に止まったハエを叩いたのです。中村氏は、今まで色々な所で講演をしてきましたが、後にも先にも、進行役がハエを叩きに壇上に出てきたのはО氏だけです。
署長もハエ叩きに驚いたのか、その後はヤル気が萎えたようで、予定より早めに壇上を降りてしまいました。中村氏は署長と聴衆の皆さんに申し訳なく、О氏を厳しく叱りましたが、О氏はいっこうに堪えた様子も見られません。
ある早朝のこと、鍵当番のО氏が遅刻して来たときのことです。遅れてきたО氏は明るい声で「待ったー?」と言った後、「待つのも勉強」と言ってのけたのです。さすがの中村氏も、もう叱る気も起きませんでした。
とにかく会うたびに驚かされるО氏の言動でしたが、不思議とО氏を取り巻く人々がО氏の批判めいた言葉を口にすることはありません。それどころか、時には「Оさんは立派だ」と褒め称える人までいたのです。というのも、もともとО氏は大変な資産の家に生まれ、本来であればその資産を受け継ぐことができましたが、「坐って半畳、寝て一畳あればいい」と、その資産をすべて町のために寄付したのです。そのお金で、多くの貧しかった子供たちが勉強の場を与えられたといいます。
中村氏は、О氏のマナーの悪さと資産すべてを投げ出した両面のギャップに戸惑いましたが、彼の持つ奔放さと明るさは、金も常識も、そして恥さえも捨て切ったところから来ているのだと理解しました。
「人は褒められて一物も得ず、腐されて一物も失わず」という言葉があります。人間は自分の心に正直に生きる時、思いもしない力が湧き起こるといいます。大らかな心で、今という一瞬を精一杯生きましょう。
2008年5月23日金曜日
今週の倫理 (560号)より 知ってることはやらなきゃ意味ない
四月に入社した新入社員も、一カ月を経過して、少しずつ職場の雰囲気にも慣れてきたころではないでしょうか。
音楽情報サービスのオリコンがインターネットを利用して、二〇代、三〇代、四〇代の男女各一五〇人、合計九〇〇人を対象に「新入社員に対して求めたい力」というアンケート調査を行なったところ、第一位には「挨拶力」がランクしました。
技術的な能力よりも、人としての基本的な能力といえるものが一位となったところに、深く注目すべきでしょう。続く第二位は「行動力」、三位は「人間力」となっており、《どれだけ仕事ができるか》よりも、《人として当たり前のことができるか》が必要であるという結果です。
しかし、これは見方次第では「社会人となる年齢になっても当たり前のことが出来ていない」からこそ「求めたい力」となっているともいえるでしょう。
さらにもう一歩突っ込んだ見方をすれば、「当たり前のことが出来ない新社会人」を生み育てたのは、他でもない「求めたい力」として回答した、いや、もっと上の世代をも含む「人生の先輩たち」であるという事実が浮かび上がります。
戦後復興の中、わが国は物の豊かさを追い求め、心の部分をどこかに置いてきてしまいました。人としての基本的な能力よりも、試験をパスするための学問(技術)を詰め込まれ、いわゆる良い学校、良い会社に入ることが、豊かな生活への入り口だと信じてきたのです。
確かに生活は豊かになり、多くの物やサービスを手にすることが出来るようになりました。ただ、その半面、失われたものの数は計り知れず、たとえば倫理や道徳などの範疇に含まれるものは、もともとが目に見えないものだけに、何を失い、何を取り戻さなければならないのかが実は分からないという、非常に厄介な状況に陥っています。その改善策として、冒頭で紹介した「求めたい力」の調査結果は非常に有効なものと考えられます。
どうやら「挨拶力」という基本的な部分が大切であるという点は、多くの人が分かっているようです。ただ、分かってはいながらも「行動力」が伴わず、挨拶を交わすことが少ないので、コミュニケーション能力である「人間力」も欠けてくる、という図式になるのです。
答えは簡単です。要は、正しいと思っていることを「行動」に移すだけです。机の上で分かっていることも、動いてみてこそ初めて意味を持つのです。
今や義務教育以上の就学率は、中等教育(高等学校)で限りなく一〇〇%に近くなり、中等教育卒業者のうち二人に一人は高等教育(大学・短大・大学院)へ進学する時代です。この数字と世相を見比べれば、必ずしも知識の高い人が世の中を良くするとは言えないようです。
世の中を良くしていくのは、最後は一人ひとりの「行動」です。「挨拶をする」「ゴミを拾う」「ポイ捨てをしない」など、日常の中にある当たり前のことを、当たり前にできる社会の一員として、世の中に貢献したいものです。
音楽情報サービスのオリコンがインターネットを利用して、二〇代、三〇代、四〇代の男女各一五〇人、合計九〇〇人を対象に「新入社員に対して求めたい力」というアンケート調査を行なったところ、第一位には「挨拶力」がランクしました。
技術的な能力よりも、人としての基本的な能力といえるものが一位となったところに、深く注目すべきでしょう。続く第二位は「行動力」、三位は「人間力」となっており、《どれだけ仕事ができるか》よりも、《人として当たり前のことができるか》が必要であるという結果です。
しかし、これは見方次第では「社会人となる年齢になっても当たり前のことが出来ていない」からこそ「求めたい力」となっているともいえるでしょう。
さらにもう一歩突っ込んだ見方をすれば、「当たり前のことが出来ない新社会人」を生み育てたのは、他でもない「求めたい力」として回答した、いや、もっと上の世代をも含む「人生の先輩たち」であるという事実が浮かび上がります。
戦後復興の中、わが国は物の豊かさを追い求め、心の部分をどこかに置いてきてしまいました。人としての基本的な能力よりも、試験をパスするための学問(技術)を詰め込まれ、いわゆる良い学校、良い会社に入ることが、豊かな生活への入り口だと信じてきたのです。
確かに生活は豊かになり、多くの物やサービスを手にすることが出来るようになりました。ただ、その半面、失われたものの数は計り知れず、たとえば倫理や道徳などの範疇に含まれるものは、もともとが目に見えないものだけに、何を失い、何を取り戻さなければならないのかが実は分からないという、非常に厄介な状況に陥っています。その改善策として、冒頭で紹介した「求めたい力」の調査結果は非常に有効なものと考えられます。
どうやら「挨拶力」という基本的な部分が大切であるという点は、多くの人が分かっているようです。ただ、分かってはいながらも「行動力」が伴わず、挨拶を交わすことが少ないので、コミュニケーション能力である「人間力」も欠けてくる、という図式になるのです。
答えは簡単です。要は、正しいと思っていることを「行動」に移すだけです。机の上で分かっていることも、動いてみてこそ初めて意味を持つのです。
今や義務教育以上の就学率は、中等教育(高等学校)で限りなく一〇〇%に近くなり、中等教育卒業者のうち二人に一人は高等教育(大学・短大・大学院)へ進学する時代です。この数字と世相を見比べれば、必ずしも知識の高い人が世の中を良くするとは言えないようです。
世の中を良くしていくのは、最後は一人ひとりの「行動」です。「挨拶をする」「ゴミを拾う」「ポイ捨てをしない」など、日常の中にある当たり前のことを、当たり前にできる社会の一員として、世の中に貢献したいものです。
2008年5月20日火曜日
5月20日 モーニングセミナー 「徳の自覚」
昨晩の倫理経営講演会のあと、続いて那須先生にご講話いただきました。
本日は朝から嵐模様で参加するのも一苦労ですが会員のみなさんはものともせず参加しています。
先生は、倫理研究所でいう「徳」とは原因のことを指している。といいます。
原因と結果、因果で言うと因の部分の自覚が重要です。
人は現在を生きていて、これからどうするか。といった未来に対しては行動をおこすことが日常的に誰もが行っています。
一方で過去は変えられないから、過去のことは関係ないと考えがちです。
ところが、今の自分は過去(両親や祖先など)があるから今があるわけですから、原因となることをないがしろにしてはいけないのはもちろん、自らの親を通して祖先を自覚し、自分は多くの支えがあって今を生きていることを知りましょう。という講話でした。
2008年5月19日月曜日
平成20年度倫理経営講演会 日本創生の心 ~家族~
今日は、横浜市中央倫理法人会の年中行事、イブニングセミナーに、講師として倫理研究所研究員、那須隆さんをお呼びしてご講話いただきました。
鍼灸師でもある先生は、男性の肩こりは比較的簡単に直せると言います。
男性の場合、食べ過ぎ飲み過ぎ、仕事のしすぎ、この・・すぎを少し控えて、不足しているもの
(たとえば、睡眠や休暇など)を補ってあげれば男性の肩こり腰痛はたいていすぐに良くなってしまいます。
ところが女性の肩こりはそうはいきません。
これを直すのに一番いい薬は、ご主人の悪口を辞めることだそうです。
私のお話ししたとおり、料理を一品増やすとか、ちょっと優しい言葉をご主人に掛けるなど、ほんの少しでいいから家庭を顧みて、喜ばせてあげてみてください。。。。こういうとなかなか実践していただける方は少ないのですが、10人中1,2人は実践していただける方がいらっしゃいます。
この方たち、一週間位すると「先生の言うとおりやってみたら、本当に腰痛や肩こりが直りました。」という報告を数多くいただきます。
でもこれは私が直したわけではありません。私は倫理を学び、その人たちは自らの中にあったことを少しだけ改善することで、腰痛や肩こりが直ってしまったと信じています。
この方のやっていることを倫理実践というのです。
また、倫理研究所の教えている純粋倫理とは、端的に言って「捨てる」学びです。
私たちの生活のなかで、自分の捨てるべきモノは何か?
人間の共同生活を営む上であってはならない心持ちをもっていて、それが家庭を会社経営の歯車をおかしくしているといった原因は、じつはその方の心の持ち方にあるのです。
奥さんやご主人に対する、何かが気にくわない。とか、もう少しやってくれれば。。
といったよくない心持ちを捨てて、今に感謝しよう。という学びです。
ですから、何も覚えなくてもいい、何も足さなくていい、補わなくていいのです。
自分で捨てるべきモノは何か。。。恨み?つらみ?ねたみ?
純粋倫理の学びで、人間はそのままで完全である。そのままがすばらしい。ありのままが尊いのだ。とあり、もう少しこうなってくれたら、満足するとかではなくてそのままを受け入れましょう。とする考えがあります。
家族の中でもこうした心の持ち方で暮らせば、よりよい家庭を築けるとお話しいただきました。
2008年5月16日金曜日
今週の倫理 (559号)より 気は行動を変え行動は人生を変える
暖気―寒気、景気―不景気、元気―病気、本気―浮気、売る気―買う気…など、私たちの周囲には「気」の付く言葉がたくさんあります。
「気」とは、私たちの心中から外部に向かって働きかける触手のようなもので、言葉や表情、態度や雰囲気にすぐさま表われ、相手に伝わっていきます。
一日の仕事を始めるに際しては、まず冷水で洗面するかのごとくピシッ!と「気」を整え、さらには、奮い立たせていくことが大切です。
行政改革の神様と謳われた土光敏夫氏は、かつて東芝の社長に就任した時、「ヤル気のない社員はやめてくれ!」と言いきって社員の意識を啓蒙し、ついには東芝を超一流企業に育て上げました。
また、明光商会名誉会長の高木禮二氏は、新しく入社してきた社員に向けて次のような言葉を贈っています。
人間は、考え方の動物ですから、考え方が変われば、行動が変わり、行動が変われば、習慣が変わる。
人間、習慣が変われば、それに対応して、人格が変わる。
人格を昇華させられれば、結果が変わり、人生が変わる。
行動する際には、その決意(自覚)の大きさ、意志(心構え)の強さが、行動力の強さにつながり、成果の大きさにもつながっていきます。
さらに「時の刻みは命の刻み」と言われるように、どのような決意・意志をもって日々の生活を積み上げていくかが、充実した人生を送る上で重要になってくるのです。
時として、誰しも心の中にフッと油断や気の緩みが生じます。そうした状態を早期に食い止めるためにも、自分自身の姿を振り返る指針が必要でしょう。
そこで、自己チェックのために、さらには「気」を高めるためにも、次の「プロ十訓」を活用してはいかがでしょうか。
① プロとは仕事に命を賭ける人である。
② プロとは自分の仕事に誇りを持つ人である。
③ プロとは先を読んで仕事をする人である。
④ プロとは仕事にムラのない人である。
⑤ プロとは時間より目標を中心に仕事をする人である。
⑥ プロとは高い目標に向かって邁進する人である。
⑦ プロとは成果に責任を持つ人である。
⑧ プロとは報酬が成果によって決まる人である。
⑨ プロとは甘えのない人である。
⑩ プロとは能力向上のために常に努力する人である。
仕事に限らず、何らかの理由でへこたれそうになった時に、挫けそうになった時に、自分を奮い立たせる言葉を持っている人は実に強いものです。
「プロ十訓」の一字一句を噛み締め、そしてどのように実行に移すかを真剣に考えて、職場生活や自身の人生に積極的に活かしていきましょう。
「気」とは、私たちの心中から外部に向かって働きかける触手のようなもので、言葉や表情、態度や雰囲気にすぐさま表われ、相手に伝わっていきます。
一日の仕事を始めるに際しては、まず冷水で洗面するかのごとくピシッ!と「気」を整え、さらには、奮い立たせていくことが大切です。
行政改革の神様と謳われた土光敏夫氏は、かつて東芝の社長に就任した時、「ヤル気のない社員はやめてくれ!」と言いきって社員の意識を啓蒙し、ついには東芝を超一流企業に育て上げました。
また、明光商会名誉会長の高木禮二氏は、新しく入社してきた社員に向けて次のような言葉を贈っています。
人間は、考え方の動物ですから、考え方が変われば、行動が変わり、行動が変われば、習慣が変わる。
人間、習慣が変われば、それに対応して、人格が変わる。
人格を昇華させられれば、結果が変わり、人生が変わる。
行動する際には、その決意(自覚)の大きさ、意志(心構え)の強さが、行動力の強さにつながり、成果の大きさにもつながっていきます。
さらに「時の刻みは命の刻み」と言われるように、どのような決意・意志をもって日々の生活を積み上げていくかが、充実した人生を送る上で重要になってくるのです。
時として、誰しも心の中にフッと油断や気の緩みが生じます。そうした状態を早期に食い止めるためにも、自分自身の姿を振り返る指針が必要でしょう。
そこで、自己チェックのために、さらには「気」を高めるためにも、次の「プロ十訓」を活用してはいかがでしょうか。
① プロとは仕事に命を賭ける人である。
② プロとは自分の仕事に誇りを持つ人である。
③ プロとは先を読んで仕事をする人である。
④ プロとは仕事にムラのない人である。
⑤ プロとは時間より目標を中心に仕事をする人である。
⑥ プロとは高い目標に向かって邁進する人である。
⑦ プロとは成果に責任を持つ人である。
⑧ プロとは報酬が成果によって決まる人である。
⑨ プロとは甘えのない人である。
⑩ プロとは能力向上のために常に努力する人である。
仕事に限らず、何らかの理由でへこたれそうになった時に、挫けそうになった時に、自分を奮い立たせる言葉を持っている人は実に強いものです。
「プロ十訓」の一字一句を噛み締め、そしてどのように実行に移すかを真剣に考えて、職場生活や自身の人生に積極的に活かしていきましょう。
2008年5月13日火曜日
5月13日 モーニングセミナー 「ガン体験中」

今日のMSは、堂脇志農夫さんの講話です。
堂脇さんは昭和62年に倫理法人会に入会しました。
堂脇さんは横浜市中区長者町で理髪店を経営されています。
理髪店業界も冬の時代で、最盛期には県下の理髪店組合員は4300店もあったところ、今では3500店にまで淘汰されてきているといいます。
堂脇さんは倫理法人会に入会されてから、倫理法人会の教えで「夫婦仲良く」「活力朝礼」「掃除」を実践して行こうと決め、お店で活力朝礼と掃除を徹底させて、この難しい時期にも業績を伸ばしてきました。
先日、ガンと告知された時はショックで仕事をする気もなくなってしまったそうですが、多くの倫友に励まされ、今では倫理法人会の生みの親である、滝口長太郎さんの「打つ手は無限※」を言葉を思い出し、ガンになったからといって何も打つ手がない訳じゃない。と、西洋医学と漢方など様々な手で「打つ手手は無限」を実践していて、実際にガン細胞が減ってきているとのことでした。
※打つ手は無限 滝口長太郎 作
すばらしい名画よりも、とてもすてきな宝石よりも、
もっともっと大切なものを私は持っている。
どんな時でも、どんな苦しい場合でも、愚痴を言わない。
参ったと泣き言を言わない。
何か方法はないだろうか、何か方法はあるはずだ、周囲を見回してみよう。
いろんな角度から眺めてみよう。人の知恵も借りてみよう。
必ず何とかなるものである。何故なら打つ手は常に無限であるからだ。
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本日入会された岩下接骨院、岩下恵子さんのご挨拶をいただきました。
2008年5月9日金曜日
今週の倫理 (558号)より プロフェッショナルは笑顔を作り上げる
経営コンサルタントの中村氏が駆け出しの頃、当時、売れっ子コンサルタントとして数多くの自己啓発・セールス本を著していたN氏と共に、印刷業会の例会で講演を行なったときのことです。
中村氏とN氏は初対面だったため、控え室では主催者を間にはさみ、とりとめのない会話をしていました。主催者が席をはずし二人だけになると、それまでのぎこちなさに加えて何も語るものがなくなり、互いに向き合って目の先のお茶を飲むだけでした。二人とも鞄から講演の資料を取り出し、最終チェックに没頭するしかありません。
そうするうちに、突然N氏が自分の顔を叩いたり揉んだりし始めたのです。中村氏は〈いったい何が始まったのか〉とN氏の顔を凝視していると、さらに両手の人差し指を口の中に入れて「ウンウン」と言いながら引っ張ったり、中村氏に向かってニィーとしてみたり、低い声で笑ったりと、奇妙な行動はエスカレートするばかり。中村氏は正直、その意味するところがまったく理解できず、〈この人は頭がおかしいのでは…〉と思ったほどです。
講演が始まり、まずN氏が一時間にわたって話をしました。滑らかな口調で、誰もが知っている話題から切り出した氏は、グイグイと聴衆を引きつけていきます。横で聴いていた中村氏も、その語り口の柔らかさと表情の豊かさに、思わず引き込まれてしまいました。徐々に難しいテーマに移っているにもかかわらず、N氏は終始さわやかな笑顔だったからです。
続いて中村氏の講演も無事終了。にぎやかなパーティー会場に移り、再度、中村氏とN氏は同席することとなりました。先ほどから心の中に引っかかっていた控え室でのN氏の不思議な行為に関して、中村氏は率直に尋ねてみました。
するとN氏は満面の笑顔で、「先ほどは大変失礼しました」と言いつつ、その行為について次のように解説を始めました。
「じつは私は以前から人前に立つと、どうしても顔がこわばってしまうため、少しでも柔らかくしようという思いで、先ほどのようなことを始めたのです。ふだんは人目につかないところでやってはいるのですが、今日は時間もなかったためとはいえ、失礼を省みずに申し訳ありませんでした」
この言葉を聞いた瞬間、中村氏は「プロの厳しさ」を垣間見た気がしました。
ひとくちに笑顔といっても、たゆまぬ努力を重ねて作り上げられるものなのです。そこには、少しでも相手の心が和むようにという、思いやりの心が存在します。
私たちは一人で生きているのではありません。多くの人々に支えられて「生かされている」のです。人によって生かされているのであれば、もっともっと心のこもった言葉や表情で人に接するべきでしょう。
ひとつの世界でプロフェッショナルとして生きていくことは、容易ではありません。実務に精魂を傾けるのは当然ですが、言葉や挨拶、そして表情などのさりげない部分が付加価値を生みます。ゆめゆめ怠りなく、私たちも力を入れていきたいものです。
中村氏とN氏は初対面だったため、控え室では主催者を間にはさみ、とりとめのない会話をしていました。主催者が席をはずし二人だけになると、それまでのぎこちなさに加えて何も語るものがなくなり、互いに向き合って目の先のお茶を飲むだけでした。二人とも鞄から講演の資料を取り出し、最終チェックに没頭するしかありません。
そうするうちに、突然N氏が自分の顔を叩いたり揉んだりし始めたのです。中村氏は〈いったい何が始まったのか〉とN氏の顔を凝視していると、さらに両手の人差し指を口の中に入れて「ウンウン」と言いながら引っ張ったり、中村氏に向かってニィーとしてみたり、低い声で笑ったりと、奇妙な行動はエスカレートするばかり。中村氏は正直、その意味するところがまったく理解できず、〈この人は頭がおかしいのでは…〉と思ったほどです。
講演が始まり、まずN氏が一時間にわたって話をしました。滑らかな口調で、誰もが知っている話題から切り出した氏は、グイグイと聴衆を引きつけていきます。横で聴いていた中村氏も、その語り口の柔らかさと表情の豊かさに、思わず引き込まれてしまいました。徐々に難しいテーマに移っているにもかかわらず、N氏は終始さわやかな笑顔だったからです。
続いて中村氏の講演も無事終了。にぎやかなパーティー会場に移り、再度、中村氏とN氏は同席することとなりました。先ほどから心の中に引っかかっていた控え室でのN氏の不思議な行為に関して、中村氏は率直に尋ねてみました。
するとN氏は満面の笑顔で、「先ほどは大変失礼しました」と言いつつ、その行為について次のように解説を始めました。
「じつは私は以前から人前に立つと、どうしても顔がこわばってしまうため、少しでも柔らかくしようという思いで、先ほどのようなことを始めたのです。ふだんは人目につかないところでやってはいるのですが、今日は時間もなかったためとはいえ、失礼を省みずに申し訳ありませんでした」
この言葉を聞いた瞬間、中村氏は「プロの厳しさ」を垣間見た気がしました。
ひとくちに笑顔といっても、たゆまぬ努力を重ねて作り上げられるものなのです。そこには、少しでも相手の心が和むようにという、思いやりの心が存在します。
私たちは一人で生きているのではありません。多くの人々に支えられて「生かされている」のです。人によって生かされているのであれば、もっともっと心のこもった言葉や表情で人に接するべきでしょう。
ひとつの世界でプロフェッショナルとして生きていくことは、容易ではありません。実務に精魂を傾けるのは当然ですが、言葉や挨拶、そして表情などのさりげない部分が付加価値を生みます。ゆめゆめ怠りなく、私たちも力を入れていきたいものです。
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