2009年1月9日金曜日

今週の倫理 (594号)より 六分の三のコロッケ

経営コンサルタントのО氏が駆け出しの頃、顧問先の社長より「今晩うちの店に、売れっ子のE氏が来店されますので、時間がありましたらお越しくださいませんか」と電話が入りました。

О氏は時の人であるE氏に関心があったため、二つ返事で出席する旨を伝え、約束の時間に訪ねていきました。顧問先の中華料理店の一室に、E氏とその秘書を交えた六名で丸テーブルを囲み、夕食会が始まりました。当日のゲストであるE氏を中心に料理が出されます。

まずE氏が箸をとり、時計回りに料理が動いていきます。何品目かに、カニの爪のコロッケが出てきました。白い皿に六個のコロッケが盛り付けられています。E氏は素早く箸を向け、三個のコロッケを自分の皿に移しました。その瞬間、言葉にならない空気が室内を覆ったのです。誰が見ても「ひとり一個」の割り当てです。
テーブル上の皿には三個のコロッケ、取り手はまだ五人も残っています。E氏の隣の秘書は困惑してしまい、箸がなかなか出ません。
他の人もいったい誰が残りのコロッケに手を出すか、興味津々の状態でした。
О氏は三個のコロッケを自分ひとりで取ったE氏の行為を目にして、〈この男は計画能力があるのだろうか〉と、その頭の構造を疑い、同時に〈何と自分勝手でわがままな人間なのだろう〉と猛烈に腹が立ち、〈噂どおりの人物だな〉と思ったのです。

当時世間では、E氏の言動について〈若いのに横柄で、業界のルールを無視し、傍若無人に振舞っている〉などと取り沙汰されていたのです。

しかし、しばらくするとO氏は、「さすがにこの人物はスケールが大きいな」と感心したのです。常識的に考えれば、誰が見てもひとり一個のコロッケということは明確です。おそらくE氏もそれはわかっていたはずです。それでも自分が好きなものであったため、思い切った行動に出たのです。
たしかに常識的な立ち居振る舞いは大切です。自分ひとりで生きているのではないのですから、互いに相手の立場を尊重して、その場の空気を読みながら事を進めることは当然ながら必要です。しかし、時にはそのバランスを突き崩す勇気も必要なのです。

未曾有の金融不況の真っ只中にある現在、今までと同じ考えや手法で乗り切っていくことはできないと、経営者であれば誰しも感じているはずです。しかし変革しようとしても、一歩を踏み出す勇気を持てない、変わったことを始めると周りから中傷されるのではないか、失敗したら叩かれるのではないかという、後ろ向きの状態にあるのではないでしょうか。先行きに不安を感じつつも、今までの枠組みの中に安住を求めているのが、多くの経営者の姿でしょう。

今まで正しいと信じていたこと、これ以外に方法がないと思い込んでいたことを、あらゆる角度から調査し検討し直す時なのかもしれません。
生き残りをかけて一歩踏み出すことから、新しい道が拓けていくのです。

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