2009年6月12日金曜日
今週の倫理 (616号)より 商人の道は冒険の道 安住を求めるなかれ
「実るほど頭をたれる稲穂かな」。稲は秋になり実が詰まってくると、穂先が重くなって下に垂れてきます。人は成功を収め、地位、名誉、財産、権力を手にすると、知らず知らずのうちに高慢・横柄になり権力を振りかざすようになります。成功した時ほど頭を低くし、謙虚さと今あることへの感謝を忘れるなという戒めを込めた格言です。
Yさんがセミナーの講師として駆け出しだったある時、大手企業の経営者の集まりに招待されました。ホテルでの講演終了後、主催者である七十代の経営者K氏から、「今日はあなたのために特別室を用意してありますので」と言われました。
部屋の前まで案内され、「ここで結構です」と自分で部屋に入ろうとしたところ、K氏が先に部屋の中に入り、若いYさんを床の間の前に座らせ、お茶を入れ始めたのです。苦労の末に会社を築き上げたK氏であり、年齢も親子以上に違うYさんは、その態度に恐縮し、「私に入れさせてください」とお茶を入れる手を遮りました。
するとK氏は「Yさん、何を言っているんです。今日の主役はあなたでしょう。それに私は『商人』です。全ての人間がとは言わないが、ややもすると経営者は少し成功すると偉そうになってしまって、苦労したときのことや人から助けてもらったことを忘れてしまう。商売を始めた時は頭をぺこぺこ下げ、少し上向きになると次第に頭が下がらなくなり、しまいにはふんぞり返る。そして、お金を払う人にだけ頭を下げるようになる。私は店に来られた方だけをお客様と思っていません。店の前を通る人も見込み客であり、列車で隣に座った人も将来のお客様かもしれません。また、その人の家族や友人だって、いつかはお客様になってくれるかもしれないのです。もっと言えば、社員さえも仕事が終わればお客様です。要するに私以外は全てお客様なんです。だからすべての人に感謝するんです」と言うのです。この時、Yさんは冒頭の言葉を思い出したのでした。
セブン&アイグループの創業者・伊藤雅俊氏は、「商人の道」という文を名誉会長室に掲げているそうです。
農民は連帯感に生きる
商人は孤独を生き甲斐にしなければならぬ
すべては競争者である
農民は安定を求める
商人は不安定こそ利潤の源泉として
喜ばなければならぬ
農民は安全を欲する
商人は冒険を望まなければならぬ
絶えず危険な世界を求め
そこに飛び込まぬ商人は利子生活者であり
隠居であるにすぎぬ
(中略)
我が歩む処そのものが道である
他人の道は自分の道ではないと云うことが 商人の道である
「経営者は孤独を生き甲斐とせよ。不安定を喜び、安住を求めるな」とは、じつに厳しい「道」です。しかし、ビジネスにリスクはつきものであり、全てを失うこともあるという覚悟、生死を賭けた真剣勝負、生半可ではない迫力、これらから真の感謝や謙虚さ、畏敬の念が生まれ、勘が働き、無限ともいえる英知が沸き起こってくるのです。自身の「道」を究めていきましょう。
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