2008年4月11日金曜日

今週の倫理 (554号)より 環境に適応した者が強く生き残る

企業淘汰の激しい時代、経営者の中には「戦う」という言葉を使って、現状の厳しさを表現する方々がいます。「この業界は厳しい戦いを余儀なくされている」「戦いに勝ち続けるために、他社の二倍は営業に廻れ」などです。

 ここで疑問に思うことは、「戦う」とは、いったい何と戦っているのであろうか、相手は誰かということです。

 経営者は、ライバル企業や、原材料の値上げや金利、人の問題など、自社を取り巻く環境と戦い続けています。一方、経営者の中には、経験則や知識見識から「経営とは環境に適応することである」と表現する人もいます。「戦う」と「適応」では、大きく意識は違います。共に環境を意識してはいても、前者と後者では環境に対する受け止め方に違いがあります。一方は対立し、一方は受容するのですから、意識の方向性が正反対といえましょう。

純粋倫理という心の生活法則(心のあり方)を学ぶ者の立場は、環境を受容し、自身の実践をもって変化させることにより、自社を環境に適応するよう変化させるスタンスです。「戦う」と「適応」のどちらの道を選択するかは各人が判断すればよいことですが、いずれの立場を選択しようと、環境は常に変化し続け、結果として、生き残る者とそうでない者に分かれるのが自然の法則です。

意識の違いは、環境に対する対処法のプロセスの違いとなり、結果の違いにも影響を及ぼします。

進化論を唱えたダーウィンは、「強いものが生き残るのではない。優れたものが生き残るのではない。環境に適応したものだけが生き残るのである」と言いました。真に環境に適応しようとする経営者は、自分や自社を取り巻く環境を、自分や自社を更にレベルアップさせるための「情報」と謙虚に受け止めて、環境に適応するための自分づくりに取り組む人です。

環境は情報なのです。自分を取り巻く環境が厳しければ厳しい時ほど、自分を変化させるチャンスであると捉えましょう。倫理研究所の創始者である丸山敏雄は、苦境が自分を取り巻く理由を、

一、赤信号としての苦難

二、自己向上の足場としての苦難

三、美としての苦難

と喝破しました。

「赤信号」とは、怠惰な心の状態を教えてくれ、そこで立ち止まり、方向転換をせよという情報の意味。

「自己向上の足場」とは、目標を決めてチャレンジする者には、どこを変化させればもうワンランク上がれるかを教えてくれる情報という意味。

「美」とは、苦しい状況を嫌がらず、真正面から取り組んだとき、環境に適応できる自分ができるという意味。

これがよいと現状を率直に受容した時、解決手段が見えてきます。苦しい状況があるからこそ、幸せがクローズアップされるのです。経営者は、現状がどのような苦境にあろうとこれを嫌がらず、自らをよりよく変えるチャンスと、いよいよ希望に燃えていく素直さを涵養したいものです。

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