2007年10月31日水曜日

今週の倫理(531号)より 恩の自覚は純情への登龍門

静岡県御殿場市にある富士高原研修所では毎年、「企業セミナー」が開催されます。
昨年度は約千名の経営者が訪れ、倫理実修を通して自他共に本気で向き合い、新たな発見と感動を促し、魂の洗練の場としています。

当セミナーでは、倫理経営の根幹となる〈不易〉の学修として、注がれた愛を体感し、実感するカリキュラムが組まれています。倫理学習と実践を精力的に行なった二日目の夜には、両親や恩人、また身近すぎて感謝の言葉を面と向かって言えない方に、手紙に記すという形で感謝の思いを吐露し、さらに自覚を深める実習があります。
経営者としての辛苦と感謝が克明に記され、受講者の共感の涙を誘います。

      ◇

友人の強い勧めで初受講したM氏は、建築会社を営む二代目の社長として、十数年にわたり手腕を振るってきました。M氏が先代である父へしたためた手紙の一説です。

「負債を抱えたまま、あの世に旅立ったあなたを私は恨んだ。その後、家族と兄弟がどんなに苦しんだか。孤独だったか。だが、ただ父への反骨精神で今まで経営し、ようやく会社の基盤が固めることができた。倫理を学び、父が死に直面した時の真情になりきって省みた時、残る親族に対して胸が張り裂けんばかりの思いがあったに違いない。今おかれている立場から考えればよくわかる。親父の心を今まで振り返ることのなかった自分を許してほしい。研修後、墓参りにいくよ。その時は、子どものときのように叱り飛ばしてくれよ」
       ◇

毎年のように受講しているT氏。妻への手紙を読み上げ始めるなり、込み上げる感情を抑えることができません。
「今まで悪かった。お前が癌であることを医者から聞かされて、愕然とした。研修所で学び、妻あってのわが命だと思い、これまでつきあってきたが、今回のことを聞いて、お前がいかに俺にとって大切であるかわかる。先に行くな。会社が傾くまで好き勝手にしてきた俺がなるならわかる。なぜ、お前なんだ。治るためなら俺は何だってするよ。元気になってお前の好きな海外旅行にいこう」
あとは…言葉になりませんでした。

       ◇

 わがいのちに注がれた愛を実感するとき、心が洗われ、気力が腹の底から湧いてきます。気力の根本は、恩の自覚にあります。その気力こそが、己を変え、人を感動させ、運命を変え、そして苦難をもろともしない不動の信念へと昇華します。この報恩の心こそが、使命の自覚、個性の開花へとつながっていく原動力となるのです。
『万人幸福の栞』第十三条で、丸山敏雄は「ほんとうに、父を敬し、母を愛する、純情な子でなければ、世に残るような大業をなし遂げること事はできない」と喝破し、純情になる道筋を示しています。
父母・夫・妻・子どもあってのいのちであることを噛み締め、今日一日を完全燃焼し、共尊共栄の道を歩んでいきましょう。

2007年10月30日火曜日

10月30日 モーニングセミナー



今日のMSは今期より横浜市鶴見倫理法人会会長に就任されました高松靖郎氏です。

高松氏は昭和34年4月東京芝浦電気(株)に入社され、高圧電気の受電設備のお仕事をされてきました。

その後、昭和52年に(有)高松電機工業を設立、今年の3月で30周年を迎えられました。


倫理法人会との出会いは、横浜市倫理法人会の佐藤克男氏に紹介されて入会、以後、横浜市北倫理法人会、横浜市鶴見倫理法人会へと移り変わってきました。


高松氏の「座右の銘」は『私は奴隷になりたくない。だから奴隷を使う身にもなりたくない。』(リンカーン)という高松氏の講話は、氏の木訥な人柄を示しており終始偉ぶらず、誰からも好感の持たれる話しぶりで、ご自身の半生をお話しされました。



今日はMS終了後、幹事の守田氏が、テレビデオを持ち込んで2月に開催予定の特別セミナー、てんつくマンの紹介ビデオを披露、幹事全員で視聴しました。

てんつくマンとは、天国はつくるもの。と様々なボランティア活動をされている方でのようです。
詳しくは、守田幹事から説明があると思いますのでそのときにでもご紹介したいと思います。

2007年10月25日木曜日

平成19年10月度法人局連絡事項

高橋幹事から、毎月の役員会で配布される法人局の連絡事項がとてもよい。というお申し出がありましたので、掲載しておきます。


社団法人倫理研究所法人局 局長 中西浩
「危機感をバネに」

トップの持つ危機感は、ネクラが持つ甘ったるい危機感ではない。
それは、すさまじいばかりの現状否定の中から、これでよいのか、このままで生きのびられるのかと、あらゆる角度から徹底的に検討調査分析し、自社の強みは、自社の弱みはいったい何かと徹底的に掘り下げ、只今何を為すべきか厳しく追及し、打てる手は妥協なく打ちつづける、前向きな危機感である。

まちがっても、自社には問題は何もありませんなどと、寝言を言っているような甘さは微塵もない。問題がなければ問題を創出させればいいだけだ。
「敵を知り、己を知れば、百戦あやうからず」という言葉があるが、常に敵には敵の論理があるものだ。希望的憶測で間違っても事にあたってはならない。

自社の評価を過大評価せず、過小評価せず、等身大でやり抜くことである。
旧き日本の闘いは欧米と異なり、殿様の首をとったら勝敗が決するという潔さがある。それだけに、トップの優劣で事が決する場面が多いものだ。

倫理法人会も幹部役員の気力・能力・努力・魅力によって年度目標達成の成否が決まる一面があります。

地域の特殊性や不況を、できない理由づけにせず、倫理法人会の動向は、幹部役員である我々の一挙手一投足にあると自らに言いきかせ、このままでは日本は本当に再起不能になるという危機感を強め、日本創生のために、まず一歩を踏み出されるよう期待してやみません。

2007年10月24日水曜日

今週の倫理(530号)より 社員を怒鳴りつける経営者の皆様へ

経営者のT氏が、タクシーを利用したときのことです。運転席の背に、乗客が自由に持ち帰ることができるA6版の小冊子がはさんでありました。人材派遣会社の広告用冊子です。日頃、社員の育成に頭を悩ませている氏は、思わず手に取りました。
題して『週に2回以上社員を怒鳴りつける経営者の皆様へ』(株式会社ワイキューブ)。冊子を開くと、左ページには「今日の一喝」というタイトルで文言が並んでおり、対する右ページには一喝をした経営者への戒め的な回答が載っています。
   ▽
【左ページ】
a「同じことを何度も言わせるな! もっと頭を使え!」
b「ダラダラするな! やる気を見せろ!」
c「少しはお客様の気持ちになって考えてみろ!」
それらの言葉を放ったとする経営者へのコメントが、非常にドライです。
【右ページ】
aへの回答…それは言うだけ無駄です。極端な話、バカな人に「賢くなれ」と言ったところで、そんなことは不可能です。
bへの回答…残念、いくら尻を叩いても、本人が決めた目標を、他人がムリヤリ上げることはできません。
cへの回答…それは酷な話です。コミュニケーション能力の低い人に、相手の気持ちは読めません。
結論…育たない人材は、どれだけ時間をかけたところで育ちません。その人材が「できる」かどうかは、採用段階で100%決まっているのです。
     ▽
人材派遣会社の広告的文章でもあり、極端な表現だとは思ったものの、T氏は経営者としての自分の姿を思い起こしました。
確かによくよく考えてみると、社員を採用したのはトップである社長本人です。裏を返せば、有能な社員に恵まれないのは、自分自身に見る目がなかったということになるのです。「良くも悪くも、社長である自分の目にかなった人材が会社に集まっているのだ」と思ったT氏。それだけで少しは気が楽になったといいます。
社員の成長のためには、研修や教育も必要です。また、目に余る行為については苦言も必要でしょう。その結果、これまで役に立たないと思っていた社員が、何かのきっかけでガラッと変わるケースもあります。しかし根本としては、「他人」を無理に変えようとしても変わらないものです。
「自分が変われば相手は変わる」という言葉に基づいて、自分が変わろうと真摯に実践した結果、どうしても変わらない相手には、相手に対する「見方」を変えるしかないのです。「ノロマだと思っていたが、裏を返せば慎重な性格だ」「細かい作業ができない=おおらかな性格なんだ」等々です。
強い精神力を持つ経営者になりたいと思ったTさんは、「すべては自己責任」「社長も人間、社員も人間」という言葉を噛みしめ、他人のせいにしないということを改めて心しました。

2007年10月23日火曜日

10月23日 モーニングセミナー



今日は指揮者・湘南エールアンサンブル音楽監督の中島良能氏による講話、「指揮者と企業管理者のリ-ダーシップについて(指揮者によってなぜオーケストラの音が変わるのか)」です。

レジメより・・

指揮者は演奏家でありながら自らは音を出さない。にも拘わらず演奏結果に対して全責任を負っているという点で組織のトップに似ている。指揮者のリーダーシップを企業管理者のそれと対比しながら、どこまで個々のプレイヤーを支配できるのか、又プレイヤーとのコミュニケーション等について説明し、同時にヨーロッパと日本のオーケストラの実力の違い、小澤征爾氏の指揮者としての実力にも触れる。

講演後、中島様より講演のテキストをお送りいただきました。
ご厚意に甘んじでそのまま掲載させていただきます。




指揮者と企業管理者のリーダーシップについて

指揮者によってなぜオーケストラの音が変わるのか
    中島良能(指揮者)

オーケストラの指揮者は、100-150年くらい前に現在のような形となった。それまでも「拍子とり」としての指揮役はプレーヤーの兼任などで存在したが、楽曲や編成の複雑化に伴い専業の指揮者が表れ、自らの音楽観によって音楽を表現するようになった。
指揮は通常、指揮法というメソードで行なわれ、その中では打点(音を出す点)の表示が明確で、細かいところまでキチッと表現、指示ができ、リーダーシップがとれる日本の斎藤指揮法が一世を風靡した。日本では夫々のプレーヤーは勉強したバックグランドが異なるので、これをまとめなければならず、またアマチユアや子供のオーケストラの指導に特に威力を発する。又指揮コンクールのような短期決戦にも強く小澤征爾氏ほか多くの日本人指揮者が、それにより世界の舞台に踊り出た。
しかし、ヨーロッパのプロのオーケストラでは、指導力が強すぎて逆効果となる事が多い。もともと彼等は体内にリズムや音楽的感性を充分もっているので、それを引き出す事が重要で、支配過剰となっては良い演奏は期待できない。

又日本のオーケストラの実力は、日本人が勤勉で、競争もあり教育環境が整っていて、楽器も良いものを持っている割には高くない。この理由は各プレーヤーの学んだ背景が夫々異なるからで、ある人はドイツで学んでその奏法を身につけ、ある人はフランスでと、音楽観や奏法の異なるプレーヤーが一緒になってひとつの音楽を奏でるので、良い調和が生まれにくい。それを補うのは練習だが、経済的な理由で、練習回数は多く取れない。

それに対してヨーロッパでは、同じ地方に育った音楽家は音楽的感性がもともと一致しており、合奏の基本条件をはじめから備えているし、スポンサーシップもしっかりしていて練習回数も多い。

私が最初に指揮をしたルーマニアのオーケストラは西端のオラディアと言う町の国立オーケストラで、町の雰囲気もオーケストラの音もウイーンに似ていて、軽やかであった。つぎに指揮をしたのは今度は東端のボトシャニというウクライナに近いオーケストラで、ここのオーケストラの音は重く、同じ国と思えないものだった。このような感性の違いは指揮者に演奏上の全権があるからといって、変えられるものではなく、むしろそれを前提に、夫々の良さを活かすという観点から違う音楽作りをするのが正しい。

加えてそのオーケストラがどんな音楽的特性をもっているかを早期に見抜き、対応するコミュニケーション能力が重要である。この為には指揮者であるからといって相手を支配するのではなく、相手を聴くという心構えが大切である。

考えてみると企業管理者の場合でも、昔は理想の部長などという概念もあったが、昨今は情況対応型リーダーシップ論が主流であり、例えば新入社員の多い課の課長とベテランの多い課の課長は当然そのリーダーとしての行動は当然異なるべきである。又部下との間、例えば部長と課長の間で、達成すべき目標の方向が部長は右だと思っていたのに、課長は左だと思っているようでは、幾ら努力してもすれちがい高い評価は得られないばかりか不信感が増大し、又全体の行動にも悪影響がある。年初は一致していた目標も新製品や競争相手の出現により、どんどん変わっていくので、常に充分コミュニケーションを取り合う事が重要である。
それは、曲の時間的進行によって変っていく指揮者も全く同じであり、考え方に於いて会社での管理職経験が大いに役立ったと思っている。


・・・中島様、すばらしい講演をありがとうございました。




本日は先の参議院選挙で当選された水戸まさし氏がお見えになりました。水戸氏は戸塚区倫理法人会の会員であり、まれに中央倫理法人会へも参加されています。
ほんの少しでしたがご挨拶いただきました。





本日のMSには横浜市倫理法人会の小野会長と横浜市磯子倫理法人会の副会長大上氏がお見えになりました。

合同のイベント、「ゴルフコンペ」を企画されたとのことで、お誘いいただきました。

2007年10月19日金曜日

横浜市青葉区倫理法人会から週報が届きました。

横浜市青葉区倫理法人会の会長が井上さんに替わってから、週報が送られてくるようになりました。
良く纏めてありますので参考までにご覧下さい。(by 前嶋前会長)

。。。ということなのでUPしました。

ファイルはこちら

2007年10月17日水曜日

今週の倫理(529号)より 謙虚な心で夫婦道を歩もう、実践しよう

夏の終わりのこと、T氏は定期健診で胃に影が見つかりました。夫人と二人で精密検査の結果を聞くと「末期の胃癌により、余命四ヶ月」と宣告されました。氏は仕事を整理して、闘病に専念することにしました。それからT氏が亡くなるまでの歳月は、夫婦二人が歩んだ道を振り返る日々となったのです。
 T氏は戦災孤児で、親の名も知らずに育ちました。氏が結婚を意識する年齢となり、何回かのお見合いの後、最後に言われたのが「どこの馬の骨ともわからぬ奴に、娘はやれない」との言葉でした。お見合いの失敗を七回繰り返した後に、氏は親友の熱心な紹介によって夫人との縁を得ました。
後年の体験報告の中で、「『嫁にもらってやった』という言葉がありますが、私のもとには誰もお嫁に来てくれませんでした。ですから、私は妻を『お嫁にきていただいた』という気持ちで迎えました」と氏は語っています。
 守るべき家族を得たことを機に、T氏は以前にも増して懸命に働き、同時に家事にも積極的に取り組みました。妻の負担を少しでも軽くしたいと願ったからです。
結婚して一年後には子宝に恵まれ、小学生になると子供たちに家事の手伝いをさせました。月末になると毎月のように「お母さんをいつも助けてくれてありがとう」と子供たちに丁寧に御礼を述べてから、お小遣いをわたしたと言います。
氏は目覚めるとまず、隣に妻がいることを確認します。「よかった。今日も自分のもとにいてくれた」と感謝して一日が始まります。仕事を終えてからの帰路、家の灯りが見えると、「自分には家族がいるのだ」とたまらなく嬉しくなり、足取りが軽くなります。夕飯は努めて家族と共にして、団欒を楽しみました。病気の時以外は夫婦で一組の布団で休み、眠りにつくまで語らいました。
 やがて子供たちは成人式を迎え、そして結婚。孫も授かり、その伴侶と合わせて家族が再び増え始めました。そしてガンの宣告…。
それからの日々は、仕事に子育てにと毎日が忙しかった夫婦にとって、最も穏やかな日々となったのです。親友や恩人のもとへ挨拶に赴き、二人の思い出の地を巡りました。
 そして迎えた最期の朝、氏は力を振り絞り、「貴女と結婚できてから、僕の人生は毎日が最高だった。僕のもとにお嫁にきてくれて、本当にありがとう」と最愛の妻に感謝の言葉を伝えて旅立っていきました。
数日後、夫人は告別式の出棺の折、次のように述べました。
「六十一年の人生、お疲れ様でした。子供たちも立派に成長しました。安心して、ゆっくり休んでください。貴方にお嫁にもらっていただいてからの三十五年間、私は幸せでした。ありがとうございました」
 縁あって出逢い、永遠の愛を誓って始まったのが夫婦生活です。たった一人の妻を、夫を愛し続ける。これに勝る夫婦愛和の実践はありません。「恵まれたから感謝する」のではなく、「感謝するから恵まれる」のです。
〈世界中でただ一人選んでいただいた、結婚していただいた〉という謙虚な気持ちを生涯見失うことなく、夫婦道(どう)を一歩一歩踏みしめていく人生を送りたいものです。

2007年10月16日火曜日

10月16日 モーニングセミナー


今回のMSは現東北薬科大学顧問、元第一三共製薬役員の立花鉄夫氏の講話でした。

「今や日本は世界で2番目の薬の消費国。望みさえすれば、ほぼ何の痛みも感じずに毎日を過ごせるまでになった。リウマチですら、現在専門医であれば、症状を悪化させない薬品も開発されています。」

「最近ではジェネリック薬品として、特許の切れた薬品を安価に販売することも多くなり、より多くの人によい薬が提供できるようになってきました。これらジェネリック薬品は3割ほど安価になるのですが、薬効は同じでも求められる効果に達するまでの時間が違うなど、隠し味的な部分は各社少しずつ違うのです。」

「もちろん、薬は飲まないに越したことはないし、血圧など必ず抑えていかなければならないような薬品以外は一旦飲むのを止める。というのも有効な手段だったりします。」

「地上の植物などの研究はほぼし尽くされた感があり、近年では深海に新しい薬品になるモノを探すというのがトレンドになってきています。」

等々、こんな薬箱のこぼれ話をおもしろおかしくお話しいただきました。

2007年10月11日木曜日

10月度役員会@Lプラザ



10月度役員会は、各委員会の年間事業計画などを提出しました。

2007年10月10日水曜日

今週の倫理(528号)より 家庭を発進基地とし攻撃力を強化する

軍事用語に「攻撃の限界点」という言葉があります。これは、クラウゼヴィッツの『戦争論』において提唱された言葉で、文字通り、軍隊という組織の攻撃能力の限界をいいます。もし、戦いにおいてこの限界点を見誤り、超えてしまうと、それまでの優劣が逆転することにもなります。

 『道徳という土なくして経済の花は咲かず』(祥伝社)の著者である日下公人氏は、同書において、限界点を越えてしまう前兆の第一に「まだまだやれる」と思っていること、第二に、追い詰められた敵が新兵器や新戦法を繰り出してきてもそれに対して「鈍感」になっていること、第三の前兆として、自分の弱点を指摘されたときに怒ること(同書二十二頁)と述べています。

経営においても、攻めれば攻めるほど状況が悪くなる場合は、限界点を超えてしまっていることを考える必要があるでしょう。それは、攻めるだけの組織の「地力」がないということです。限界点を決定するポイントとなる地力を見直し、強化する必要があります。

戦争の場合、攻撃力が減衰する原因としては、戦闘による損耗、後方連絡線の維持と防衛の負担、兵站基地との距離の増大などが挙げられます。企業組織では、商品開発力、資金力、人材等にあたるでしょう。企業活動を下支えする組織の地力はさまざまに考えられますが、倫理経営の視点ではその中に「家庭」という独特の要素を加えます。家庭は、心の兵站基地と捉えるからです。

例えば、社長が玄関から会社に入る第一声である「おはよう」の挨拶。この社長の第一声を社員は見逃しません。なぜなら、それがその日一日の社内の空気を決め、自分たちの仕事の成否を決定づけるからです。社員は、社長の声色、表情、足音など、どんな些細な仕草からも社長の機嫌を読み取ります。この社長の機嫌が端的に示される「おはよう」は、元々はどこが発信源なのでしょう? 
間違いなく、家を出る際の「行ってきます」にほかなりません。その時の心境が仕事にも影響を及ぼすのです。

倫理経営の視点では、新たな顧客・仕事・利益を生み出すことに、「経営者夫婦の心の一致」が深く関わっていると見ます。物事は、陰陽の対立と合一を経て生成に至りますが、企業経営におけるその雛形を経営者夫婦の「心のありよう」に見るからです。
また、経営者の親子関係が、上下関係の構えの原点ともなり、社員への対応に反映するという見方もするのです。
企業の攻撃の限界点を引き上げる地力とは、結局は経営者の心の地力だと言えます。心の中の本音がズバリ露呈するのが家庭なのです。

もちろん、家庭は憩いの場であり、四六時中肩肘を張る必要はありません。また、家族サービスだけを行なって経営が好転するわけでもありません。大切なことは、生命と生活の基地である家庭との精神的つながりを強化し、その意識の質を高めて仕事にあたるということです。
具体的な実践は十人十色、工夫によって無限に展開できるでしょう。
過信と誤信を信念と勘違いして蛮勇を奮うことなく、問題から目をそむけて問題を取り繕うことなく、攻めを継続しつつ無限の見えざる底力を磨き続けたいものです。限界点なき無敵の攻撃隊を目指して…。

2007年10月9日火曜日

10月9日 モーニングセミナー



本日のモーニングセミナーの講話は、当会副会長の千賀肇副会長の「社長の条件」というテーマでお話をいただきました。

開口一番、社長の条件は「素直であること」とされ、ご自身がそう思い至った経緯をお話されました。

1988年に米国いすゞ販売会社社長として渡米し、5年半販社の統合などで実績を残し帰国。
帰国後も名古屋・神奈川など国内販社で数々の統廃合で行い、人員整理などから生じる心労から喘息になりながらも定年を迎えるまで経営者としてそれなりの実績を残してきた自負を持っていらっしゃったそうです。

しかし、定年を迎えご自身のなさってきた仕事を振り返った時、「人の整理」と「シェア争い」しかしていなかったことに気付かれ自省の念を抱いていた頃のある日、奥様とショッピングをしていた際にご自身の店員に接する態度を奥様から厳しく叱責されました。
自分自身の態度やしていることは自分自身が一番良く知っていると思っていたが、自分の気付かない部分を知らされ、「素直」に反省することの重要性に気がついた。といいます。

ちょうどそのような時期に、倫理法人会と出会い入会することで、自分自身を変えていこうと決意されたそうです。
それからというもの、社長として「お客様に接する態度」と「社員に接する態度」の大きな違いを反省し、自分からの挨拶を実践、先入観を持たずに人と接しようと(内心ギモンを抱きながらも!)努力を続けてこられました。

社長というものは、社業の発展に伴い生活も華やかなものに変わっていきがちなものだが、どこかの時点で経営の原点に気付き自戒し再発展できる人と、放漫経営をしながらも自らを肯定し没落していってしまう人に分かれていくようことに気がついたのです。

そこで重要な社長としての資質として「素直」を持ち合わせてさえいれば、周囲の意見に耳を貸し自らを改めることができるという思いに至った。という講話でした。

最後に、松下幸之助氏もTOPの条件として 1、誰よりも組織をよくしたいという強い想い 2、素直な心 の2つを挙げられており、ご自身と体験は違うものの「素直」ということが経営者にとって(人として)とても大切なことだと思いお話させてもらいました、と締めくくられました。

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(株)中央電機設備、田中社長の紹介で本日入会されたさつき美装(株)の山根社長に上村会長から倫理法人会のバッチ授与がなされました。
「朝早くから始まるお仕事なのでなかなかモーニングセミナーに参加できないかもしれませんが・・・」という入会のご挨拶でしたが、ちょっとだけムリしてぜひご一緒に朝から清々しい気持ちで一日をスタートさせていきましょう!

2007年10月3日水曜日

今週の倫理(527号)より 心のスイッチ入っていますか?

中日本のある街に、その地域はもとより、全国的に知られる優良企業があります。トップの経営に対する考え方はもちろんのこと、四十七年連続で増収増益を続けていることが強烈なインパクトとなっているのです。経営者であれば誰もが羨むような業績に、講演依頼や企業見学の申し込みがひきもきらないといいます。
しかし「羨ましい」と感じる一方で、「現実にはウチのような会社では…」と考えてしまう方も多いでしょう。不景気、地域性、業種として内在する諸問題、会社内部の課題など、「~だから難しい」というマイナス要因は挙げればきりがないでしょう。先に挙げた優良企業はいうまでもなく、そうしたハードルを一つひとつクリアしてきました。
しかしながら、企業経営の中で起こる問題を乗り越えていく前に、打ち破らなければならないものがあります。それは、私たちが無意識のうちに作り上げている心の限界線です。
倫理法人会においては、経営者諸氏が純粋倫理と呼ばれる生活法則をよりどころにしています。人間力を磨き高め、倫理経営を推進していく上で、その核となるのは「純情―スナオ」な心の構えを実践によって練り上げていくことです。それが人間の本来持っている大きな力を発揮させる可能性を高めていくことと直結しているのです。倫理運動の創始者丸山敏雄は、そこで大切なのが「命の自覚」であると訴えました。
「自分の物と思い込んでいた肉体は、実は我が体ではなかった。偉大極まりもない大自然の生んだ命であった。それをうっかりして、小さな限られた力、定まった働きと見くびっていた。
 ここに気がついて、一切の気がかりをすっぱりと投げ捨てた時、自己の存在が実になる。命が自覚し、(中略)本当に、心のスイッチの入ったときである。このとき生命力、我が命の生きる力のことごとくが、在りのままに働き出す。(中略)これは大宇宙の本体、宇宙生命と一つになる事である。大生命に生きる、とも言えるのである」
(丸山敏雄著『人類の朝光』一二七頁)
 親から受けた命、偉大な力によって授けられた命、この自覚こそが己の無限の可能性を発揮せしめるもとになるのです。
 小さな我(わがまま)に引きずられ、心が後ろ向きになっていては、充実した人生などあろうはずがありません。
 目の前に次々と現われる状況を、これこそ己の生命を燃え立たせるチャンスと捉えて果敢に進んでいくとき、周囲は動き、思いもよらぬ応援者が現われ、環境を劇的に変えていくことができるのです。
 生命を何のために使うのか。その志をしっかりと定め、企業・家庭・地域を変えつつ周囲をグイグイと引っ張っていくリーダーとして、「日本創生」を成し遂げていきましょう。

2007年10月2日火曜日

10月2日 モーニングセミナー



昨日の特別研修に引き続き、(社)倫理研究所法人局の松丸首都圏副方面長の講話、「実践は命、継続は力」です。

松丸先生が若かりし頃、「わかっているよ、わかっている」というのが口癖だったそうですが、松丸先生の倫理の師と仰ぐ、草山とし先生から「あんた、『わかってる。わかってる。』といったって、何もやってないんだからそれはわかってないのと一緒だよ。」と諭され、ハッと気がついたといいます。

ですから、「いにしえの 道を聞いても唱えても わが行いに せずば甲斐なし」という島津忠良の言葉を引用し、知っていることと、やっていることの違いをお話しされました。

また、継続については、倫理の栞を用いて、3条の「目の前にきたあらゆる機会をとらえて、断乎として善処する人、終始一貫やってやってやり抜く人、これが世に言う成功者である。」
、13条の「終始一貫ということは、成功の秘訣であるが、これが出来ないのは、皆本を忘れるからである。」はじめたら多少のことではやめない。これが重要だとお話しされました。

ただ、なかなか人は終始一貫の実践が難しいので、まずは「一日一回」やってみる。
一日一回、同じことをくりかえす。
これは人間の生活がおのずからにしてかくなっているのであるがーーーたとえば、朝に起き夜はいねるーーーこれにさらに、今日まで為したことのない他の新しいこと、一定したことを一定の時にきっちり行う。これは生活に節を入れるものである。ゆるんだ生活にしまりをつけて全生活を引き締める、活を入れる、生命を揺すぶりたてることになる。即ち、これより全生命をあげてことに当たるとき、不能ということはない。『純粋倫理原論』266頁~268頁







加山幹事の紹介で本日入会された(有)信栄商事の関 信行社長です。
これからも一緒に倫理の勉強をしていきましょう。(^.^)

2007年10月1日月曜日

10月1日 特別研修@Lプラザ



倫理法人会では月に1回倫理研究所の講師をお招きして、幹部研修を行います。この幹部研修は通常、翌朝にMSがある日を設定するのが慣例となっています。




今日の講話は、【経営の眼目】です。

物事の肝心なところを「眼目」という。経営にも眼目があり、それは「何のために経営をするのか」ということ。地球の安泰なくして国はなく、経営そのものも成立しない。そこで経営主眼をどこに置くかが、最も重要な課題になる。

1 大眼目は、地球の安泰。

経営は事業の繁栄だけを眼目としてはならない。まず先に地球安泰を置き、そのもとでの繁栄をするのではなければならない。

2 経営は国のため。

国家に尽くすことは、自分を愛することであり、自分のために尽くすのと同じことになる。
愛国心のしっかりしている者は自分の仕事もしっかりできる。

3 使命の自覚

事業が、社会のために尽くしているとの認識をすることが、経営者にとってもっとも大切なことである。その自覚が全従業員に根本的に反映する。

4 事業の目的

事業を創設する時には、まず目的をはっきりさせる。何かにつけて事業目的、創設の精神を再確認、再々確認することを怠らないことである。


。。。やはり特別研修は難しいです。





今日も2次会へやってきました。場所は石川町駅横の「すっとこどっこい」という居酒屋。
難しい話の後は、やっぱりこれですね~。(笑)