2008年12月26日金曜日

今週の倫理 (592号)より 「身も心もきれいにし佳き年を迎えよう」

今年も残りあと数日となりました。今年はあのトヨタ自動車も赤字に転ずるなど、激変の一年となりました。
この激変はしばらく続くようですが、年が改まる平成二十一年は、百年に一度とも言われるこの大激動をガッシリと受け止め、改善すべきは断固改善し、この変化を好転の方へ向かわせたいものです。

そのためには、まず「必ずわが社はよくなる、よくする」と、今ピンチの状況にある人も、最後の最後まで誰に何と言われようと諦めないことです。「もうダメだ」とは、人が勝手に思いこんだものにすぎません。「ダメな時でもダメでない」と執念深く勝負を捨てない時に、新たな道が開かれます。
その際に大切な点として、土壇場で踏ん張り続けられるように、自分自身からエネルギーが出やすい状態に維持することがあります。まずは、一年の終わりのこの時期に、エネルギー効率をよくするためにも、自分自身のいのちのオーバーホールを行ない、いのちの再生を図りましょう。

古来より日本人は、「ツミ」「ケガレ」が付くことで、本来のいのちが衰えると考えてきました。その「ツミ」「ケガレ」は、自分本位のわがままな行為や思いによって生じるもので、そのケガレ状態から再び生命力の充実した日常生活に立ち戻るために行ってきたのが、祭りや休日でした。
お祭りや休日を利用しての参拝またはお墓参りなど、自分自身を清浄化してくれる非日常的な行為により、「お祓い」をし、いのちを甦らせてきました。

年末の大掃除は、その場をきれいに掃き清めると共に、自己の心もきれいに磨かれる気分になります。普段は手の届きにくい、机の裏や部屋の隅なども、置いてある物を動かして、自分の心の汚れも一緒に落とす気持ちで、丁寧に美しく清掃し、さっぱりとした心にリセットしたいものです。そして年明けには、美しく掃き清められ、注連縄や門松で飾られ、鏡餅が供えられた社屋や我が家に、年神(正月様)を迎え、新たなパワーを頂きましょう。

もう一点は、今一度、「親とのつながりを強化」しましょう。
激しい時代を乗り越えるには力が必要です。真に強い力とは、自分を超えた存在を味方にしたときに現われる力です。その力は、両親を敬愛することで開かれた「純情(すなお)」という心のパイプを通して、彼方から押し寄せてくる。
(『夢かぎりなく 日本創生への道Ⅱ』)
親が立派だからつながりを強めるのではありません。私たちのいのちの元である、自分を超えた存在からの力を頂くための、通過点や関所のような存在が両親です。だからこそ、親とのつながりをより密にすることが大切なのです。  

親が健在の場合は、さらに親を大事にし、亡くなっている場合は、年末年始にじっくりと親に向かい合うことで、不退転のエネルギーを補給しましょう。

来たる年は、自己中心の心を捨て、親を通してエネルギーを充電し、きっぱりと勇ましく進んでいこうではありませんか。

会員のリンク追加

会員企業の(株)太陽ハウス様を追加しました。

2008年12月19日金曜日

今週の倫理 (591号)より 日本人の原点に返り大波を押し返そう

世界銀行は、2005年時点で開発途上国人口の四分の一にあたる十四億人が「貧困層」であるとの統計を発表しました。

 現在、地球上には、約六十七億四千万人もの人口が溢れており、貧困層は総人口の20.7パーセント。日本円に換算して、一日約140円未満で生活をしている人々という計算になります。

 我が国では、生活に困窮している国民に必要な保護を行なっています。最低限度の生活の確保を目的とした「生活保護制度」(生活扶助、教育扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、出産扶助、生業扶助及び葬祭扶助)が充実しており、最低でも月額六万円以上の援助が約束されています。

 国によって物価の違いなどがあり、一概には言い切れませんが、世界の基準に照らし合わせてみると、我が国では誰一人として世界基準の生活困窮者はいないということになります。

 さらに、日本人は他国に比べ、非常に恵まれた環境の中で生活しているといわれます。食糧難で餓死をするケースは殆どありませんし、四季折々の食料も確保できます。また、治安も安定しており、夜中に外出しても、よほどのことがない限り事件や犯罪に巻き込まれることもありません。

 その他、飲料水は公園でも公共施設でも至るところで確保することができ、高いレベルの教育も受けることができます。医療システムも充実しており、世界でも冠たる長寿国家としても有名です。
以前、あるアメリカ人が来日した折に、日本のホームレスが街角で新聞を読んでいる姿を見て、「彼らは字が読めるのになぜ働かないのか。アメリカでは読み書きできない者がホームレスになるのに、日本はどうなっているのだ」と驚いたということです。

 幸せや豊かさの基準は人により様々ですが、世界的な生活水準から客観視すれば、私たちは戦後、長年にわたり安定した生活を保ち続けてきたことになります。しかし、そのような幸福とは裏腹に、いつしか拝金主義がはびこり、日本人が綿々と大切に守ってきた謙譲の美徳や相互扶助の精神などの心の豊かさは、どこかに置き去られてしまいました。それが今日の日本が抱える種々の弊害を巻き起こしていると指摘する人もいます。

100年に一度といわれる経済不況の大波が押し寄せている今日、私たちは改めて日本人としての生き方の原点に立ち返る必要があります。全社あげてスクラムを組み、しっかりと大地に両足を踏みしめ、大波に流されず、いやむしろ大波を押し返すだけの不動の絆を強固にしてまいりましょう。
「感謝は最高の気力」といわれます。何気ない当たり前の幸せと豊かさに喜びを見いだす一念一念の積み重ねの中にこそ、ピンチをチャンスに変える打開策はあるのです。

  運命を切り開くは己である。境遇をつくるも亦自分である。己が一切である。努力がすべてである。やれば出来る。
(『万人幸福の栞三七頁』)

2008年12月16日火曜日

12月16日 モーニングセミナー

本日のMS感想文は守田幹事のご了解を得て、ブログから引用させていただきました。


今朝は、所属する横浜市中央倫理法人会今年最後のモーニングセミナーに参加した。

今朝の講師は、倫理研究所の研究生という立場の与縄智久氏で26~27歳の若さである。

しかし、講話を聞きながら、そして朝食を共にさせて戴く中で、謙虚な姿勢、ひたむきな姿勢、周囲に対する思いやりなど私たちがともすると日常忘れてしまいがちなものを、久々に思い出させてくれる爽やかな印象を心に残してくれた。

それは、まだまだ人生経験は少ないかもしれないけれども、その中から自分自身と向き合う自己内観を行ったり、日々自分自身を人間的に成長させることに真摯に努力を積み重ねていることが発言・所作などににじみ出ていたからなのだろうと思う。

人間、歳を重ね社会的地位が上がるにつれ、現在の自分自身しか見ることができなくなり、自分自身を成長させるために積み重ねてきた努力や苦しさ、そこから得た貴重な体験ということを忘れがちになってしまうものだと思う。
しかし、発展途上にある逸材に出会い、相手の立場に立ち、自らの経験を重ね合わせてみた時、自分自身を更に成長させるためのヒントがそこから得られるのだとも思う。

年長であったり、社会的地位が上であったりすると自分自身の価値観に囚われがちになってしまい、せっかくのチャンスを無駄にしてしまうことのないよう、万象をわが師とできるような謙虚な姿勢を忘れないような生き方をしていきたいと改めて考えさせてくれる年の瀬の勉強会であった。


原文はこちら

2008年12月12日金曜日

今週の倫理 (590号)より 明るく肯定的に 気づいたら即行動

今年の夏は北京オリンピックで大いに湧きましたが、落ち着きを取り戻した今秋、これまでオリンピックで活躍したトップアスリート達はそれぞれの道を歩き出したようです。

ユニークながらやや危ない発言でマスコミに注目された柔道の百キロ超級金メダリスト石井慧選手は十一月三日、プロの格闘家への転向を発表。シドニーオリンピック女子マラソンで、日本人女子陸上選手初のオリンピック金メダリストとなった高橋尚子選手は、残念ながら引退という道を選択しました。「アテネより超気持ちいい」と次々に記録を更新し、競泳男子平泳ぎ百メートルで二連覇を果たした北島康介選手は一時、引退との噂も流れましたが、次のオリンピックを目指すと表明しました。

 その北島選手の実力発揮の源泉をめぐって、北京オリンピック後に「勝負脳」という言葉が静かなブームになったようです。

『〈勝負脳〉の鍛え方』の著者である脳外科医の林成之氏はその著書の中で、何事にも否定的で、やる気、意欲が出ないのは「脳の疲労症状が原因である」としています。脳の疲労には「じつは心が深く関係し、いろいろなストレスを抱えている、解決しない悩みごとがある、性格が暗くいつも悪いほうに考える」等々で、その打開策として「性格を明るくすることが第一条件である」「勝負に強いスーパープレイヤーは何事にもめげない明るい性格をもっている」といい、「日常生活において、てきぱきと一日の仕事や目標を達成する行動パターンをつくり鍛えることが大切」と述べています。

北島選手の場合も「プールと一体化したと思えるまで集中し、プラスのイメージを構築する」「否定語を使わない」「ライバルではなく自分に勝つ」と、キーワードは「明るさ」と「自分」にあるようです。「明るい」「肯定的」「プラス発想」はスポーツに限らず、ビジネスの世界でも、持てる力、能力をここ一番という時、最大限に発揮する源といえるでしょう。

「ある日届いた一枚のファックスが倫理との出逢いです。毎週木曜の朝六時から七時までのモーニングセミナー。今までどんなに多くのことを気づかされたか…。まずはあいさつ。簡単なようで意外に出来ていないことに気がつき即実行。大きな声で笑顔もつけて。只今、会社全体で取り組み中。そして、活力朝礼。朝から精一杯の声を出し最後の『解散しまぁ~す』『解散!』『ハイ』と同時に、てきぱきとそれぞれの仕事につく。まだまだですが、確実に会社は変わりつつあります。自分が変われば、まわりが変わる。自分が変わらなければ、何も変わらない」(山形県倫理法人会による『山形新聞』10月21日付広告より一部抜粋)
経営環境の厳しい今だからこそ、「明るさ」をキーワードに「自分が変わる」を目指し、周囲に振り回されず、周囲を振り回す意気込みで、「明るい挨拶」「元気のある返事」「肯定的な言葉」「気がついたらすぐ行動」など、出来ることから実践してみようではありませんか。きっと力が漲り新たな発想が浮かんでくるに違いありません。

2008年12月10日水曜日

12月9日 モーニングセミナー ガソリンの価格とバイオエタノールはどうなる?

本日の講話者は元エッソ石油(株)代表取締役常務、現在は日本アルコール産業(株)相談役でいらっしゃる西尾直毅様です。


現在の先進国において石油の需要は横ばいですが、ところが現在急激に国力を伸ばしつつある、中東や東南アジア、BRCISなどが大量に必要としているそうです。

講演などをする際、訊ねられることが多い質問の中に「石油の埋蔵量はいつまでも減らないのはなぜか?」というものがあるそうです。
十年以上前から、化石燃料はあと50年ほどすると枯渇する。といわれていました。
この50年が今になってもあと50年はもつ。なぜ何年たっても50年大丈夫なのか?

この質問について、明確な説明していただきました。

石油の掘削技術と埋蔵量の調査技術がすすみ、陸地からのボーリングおよびポンプアップではなく、海岸線付近でも掘削作業の可能になり、近年では沖合でも掘削作業が問題なく可能となったため、世界中の海で人工衛星を使って埋蔵量の豊富な地域に、的確に掘削を行い、地中にパイプを潜らせることや、垂直方向にしか掘削できなかったものが横へ移動しながらポンプアップすることも可能になったため、掘り出せる埋蔵量が増えているような報道になっているわけです。

このほかにもバイオエタノールの問題なども各国の事情などを加えながらわかりやすく説明していただきました。

2008年12月8日月曜日

函館市倫理法人会モーニングセミナー 「やればできる」



私たち神奈川県倫理法人会が30名ほど駆けつけて「佐藤克男氏を励ます会」を開くということから、函館市倫理法人会のみなさんの特別な計らいで函館国際ホテルにて特別モーニングセミナーを開催していただきました。テーマは「やればできる」。

佐藤氏は支持してくれる方々から、推挙されたときにぐずぐずせずに、「はい。」と一言、出馬しますので応援をお願いします。と決めたといいます。

中央のみならず、神奈川県下ほとんどの倫理法人会に顔を出して、倫理を学んだ佐藤氏の活躍に期待したいとおもいます。

函館市倫理法人会会長をはじめとする会員の皆様、モーニングセミナーの予定を変更してまで駆けつけていただき、本当にありがとうございました。

総勢57社61名の盛大なモーニングセミナーでした。

佐藤克男氏を励ます会@森町

神奈川県倫理法人会の有志を募って会友30名が12月7日・8日に北海道の森町(もりまち)へ町長選挙に当選した佐藤克男町長に表敬訪問しました。



森町ではちょうど「森ほたて祭」の開催日に当たっていて、大きなほたての網焼きをいくつも試食させていただきました。
このほかにも、、名物のイカめしや海草最中などをいただき、おなか一杯になりました。

また、日曜日であるにもかかわらず北海道電力さんにご協力いただいた森地熱発電所の見学、そしてとてもおいしいトマトを栽培されている地熱をつかったハウス栽培も見学させていただき、町長のみならず町の皆さんが暖かく受け入れてくれて、ほんの一時でしたが交流ができたことはとても貴重な体験でした。

町長を励ます会のつもりが、なんだか励まされる会になったかもしれません。

森町の皆様、本当にありがとうございました。






2008年12月5日金曜日

今週の倫理 (589号)より 自らの環境を受け入れ、世に誇れる仕事をする

現代を生き抜くには、タフな心を培うことです。タフな心を培うために必要なこととは何でしょう。

①自分を律し、自己変革に挑む気力(苦難・障害を受け止める力)を高める。
②変えることの出来ない過去を受け入れる(受容力)を養う。

人は弱い存在です。一人の力などたかが知れているものですが、ひとたび人が両親を通してその命とひとつながりの生活をすると、心は落ち着き、強さを備え、また途方もない力を引き出すことができるのです。つまり、生かされていることへの感謝が深い人は、生命力や物事を成す力(能力)に凄みが出てくるものです。

「魂のテノール歌手」として活躍中の新垣 勉さんもその一人。昭和二十七年、沖縄米軍兵の父(メキシコ系アメリカ人)と日本人の母との間に沖縄で生まれました。生後まもなく事故により失明。一歳のときに両親が離婚し、父は米国へ戻って再婚したため、母方の祖母に中学まで育てられました。彼が中学二年のときにその祖母が他界し、多感な当時、両親に強い恨みを抱いては〈自分ほど不幸な人間はいない〉と言い知れぬ孤独にさいなまれ、井戸に身を投じたこともあるといいます。

そんなとき、ラジオから流れてきた賛美歌に、ひとすじの光を見つけ、いつしか教会へと足を運ぶこととなりました。そこで出会ったK牧師に思いをぶつけたとき、涙を流しながら彼の話をじっと聞いてくれ、その後は頻繁に自宅に彼を招いては家庭の温かさを教えてくれたのです。

この出会いが、彼を立ち直らせました。ほのかに歌手になる夢を抱くも牧師の道を選び、東京キリスト教短期大学、西南学院大学神学部に進学。在学中にマリオ・デル・モナコを育てた世界的大家のA・バランドーニ氏の講義を受け、彼は半ば強引にオーディションを懇願したところ、氏がオーディションの場を特別に設けてくれたのです。「君の声は日本人離れしたラテン系の明るい声だ」と、父親からもらった声を褒められたのです。そのことが父への憎しみを薄くさせるきっかけとなったといいます。

卒業後は地元へ帰り、副牧師として活動しはじめたのですが、その後も歌手としての夢が捨てきれず、三十四歳のときに武蔵野音楽大学へ進み、先述のA・バランドーニ氏に師事。直接レッスンを重ねるたびに、父に対し、また母に対する恨みの気持ちが去り、感謝への気持ちが湧いてくるようになっていったのです。

「全盲」と「天涯孤独」という逆境を乗り越えるきっかけを作ってくれたK牧師の大きな愛情の後押しもあり、新垣さんは恩返しのためにもと心を決めたのです。自分を救ってくれた音楽のすばらしさを伝え続けることに専念。父親の所在と生死は不明ですが、現在は両親を前に声を大にして伝えたいと言い、「一人でも自分の歌を聴いて『元気をもらった』と言ってくれる人さえいれば、自分は生きているだけで嬉しい」と語ります。

人生は波乱万丈です。自らの環境や境遇を素直に受け入れ、日々の仕事が世のため人のためになるよう精励していきましょう。

2008年12月3日水曜日

神奈川県倫理法人会のブログサイトが解禁

神奈川県倫理法人会のサイトの中のブログはこれまでセキュリティのためにパスワードがかかっていて、RSSの取得などができないようになっていましたが、先日の広報委員会において当面パスワードをハズして様子を見ることになりました。


県内の各単会の活動もこちらでご覧いただけるようになりましたのでぜひお立ち寄り下さい。

神奈川県倫理法人会のサイトはこちら。

2008年12月2日火曜日

12月02日 モーニングセミナー 会員スピーチ

本日のモーニングセミナーは、(株)グローバルシステムズの卯柳貴重会員と(株)アイ・アイの大矢秀臣会員お二人の会員スピーチでした。


【卯柳 貴重会員】 「何故ここにいるのか」
卯柳会員は、餃子で有名な栃木県宇都宮市生まれの37歳の若手会員です。宇都宮の家庭では冷凍庫に50個の餃子が常備され、小さい頃からおやつも餃子、夕食にも餃子が出るのがあたり前と思っていたが、世間的にはあたり前でない事を横浜に出てきて知ったという。宇都宮市といっても市外地で、小学校までの4km を1時間歩いて通うような大自然に恵まれた片田舎育ち、やんちゃな子で1学年1クラスの先生の目が届く小人数のなかで先生によく殴られて叱られたという。

両親とも先生で、父親は宇都宮市教育委員長も勤め上げ、母親も校長先生という厳しい父母の元で育ち、周りは農家で高校に進学するのも半数という地区の中、大学まで進ませたいという両親の計らいで20kmも離れた私立中学・高校に通った。この時の思い出は、9割が女子生徒で卒業までに20通ものラブレターを貰ったがそれ切りでおしまいと言う悲しい話。今あるのは両親のお陰と感謝。

親戚も教員という教育一家で当然先生を目指すつもりが、動物好きの祖父の影響で獣医師を目指すが挫折、大学卒業後血液検査技師として病院に勤めるが、ピラミッド構造と「医は算術」というダークな部分が嫌で1年で辞め、コンピュータ・ソフトウェア業界に転職し、中国人の社長と二人で現会社を大きくしてきた。業界の中でも中国でのオフショア開発の先駆け企業で、15年前から上海で活動してきた。

倫理法人会へは、自民党政治大学同期生である当会高橋徳美会員との出会いで入会。地域教育格差や教育現場の崩壊を何とかしたいと、横浜市議会議員を目指して今も勉強中である。本日の主要テーマの「なぜ倫理法人会にいるのか」は、笑いのうちに時間切れで忘年会へ持ち越し。請うご期待。



【大矢 秀臣会員】 「両親について」
父親は名古屋市出身で、大矢家は関が原合戦の頃から徳川家の「守り本尊の土の地蔵さん」を背負って各地を歩いたという先祖に遡る家系で、今でも兄の家に地蔵さんが保管されており、他にも徳川家の紋所のついた抹茶茶碗やひな壇も残っているという事です。明治42年生れで愛知商業大学を出たあと就職もせずブラブラしていた所、当時の南区区長さんからの役所に来いという一声で区役所に就職出来たという逸話の人です。新し物好きで、名古屋市で2番目に車の免許をとり、知事の専用車V8フォードも運転したそうです。

母親は大正元年生まれで、女学校を出て当時花形職業の電話交換手をしていて、お二人が出会い見合い結婚があたり前の時代に恋愛結婚し、3男2女に恵まれました。ご自分も職業婦人であり「男は自分で世の中を切り開き家庭を築け」「女は主人に万が一の事があっても食べていける様に手に職を持て」という考えで、お二人の娘さんを、薬剤師とバイオリン教師につけ、後にお二人共ご主人が早くに亡くなられたけど困らなかったようです。

父親は役所を退職し友人と水道メーターの会社を協同経営で始めたが、戦争で軍需工場に指定されたのを機に、「人を殺す道具は作りたくない」と友人に会社を譲り、岐阜県の親戚に疎開して3年半釣り三昧の日々を過ごし、その後横浜スカーフの村上義一商店にいた叔父をたより横浜に移住。横浜スカーフの会社を設立して大成功し、扇町に当時初の4階建ビルを建てたりスカーフ会館を建設したりと大活躍。また、日産ダットサンの助手席に揺れや転落に耐える両手で掴むバーを付けさせたというアイデアマンでもあった。

高校入学までは厳しかった父親も、以後は男と男の付合いで何でも相談でき、マージャン・ゴルフ・玉突き等すべての遊びも父親から教わったそうです。世話好きで、町内会や東本願寺詣の世話役、子供3人が通った関東学院大学のPTA会長を10数年も引き受け、終了後も請われて父兄同窓会を設立・会長を勤めたそうです。医者や歯医者にも行かずに健康で過ごし、89歳で入院した時に診察券を一切持っていなかった事や全て自前の歯に感心されたそうです。自分の死期を悟り会社や建物などの後処理を全て指示され、お腹に穴をあけ流動食を通す相談には自分は出ないと宣言したその日に90歳で永眠されました。

66歳になる大矢さんが、今までも、これからもご両親の影響を受けて生きていくという事とご両親を心から尊敬されている気持ちが伝わってきました。
大矢さんにとってもう一組のご両親がおられるという、動物商への道と倫理に導いてくれた河野初代神奈川県倫理法人会会長ご夫妻のお話も次回じっくりとお聞きしたいですね。


☆モーニングセミナー終了後の食事会で、厳しい父親とやさしい母親について皆さんから、それぞれ共感する意見が出ました。

文章:前嶋昭夫地区長

2008年11月28日金曜日

今週の倫理 (588号)より 夫婦・家族を愛し心の安定をはかる

景気の動きに敏感な職業は、タクシー運転手やスーパーの従業員だと言われます。先日乗ったタクシー運転手との雑談で、米国発の金融危機の影響が、私たちの身近にも確実に迫っていることを、痛感させられました。
街角景気の悪化は、そのまま各企業の経営危機を表わしてもいます。民間信用調査会社の帝国データバンクは、10月の倒産件数(負債総額1000万円以上)が前年同月比13・7%増の1231件となったと発表しました。これらを原因別に分けると、販売および輸出不振などによる、「不況型倒産」が全体の8割を超えたというのです。

 こうした景気の現状を、内閣府は「厳しい」から「急速に厳しさを増している」と、基調判断を下方修正しました。今年も年末を迎え、各企業にとっては資金需要期に入ります。経営体力の弱い中小企業にとっては、不安が増すばかりでしょう。そのため、つい弱気な発言や行動も多くなってくるものです。

 ある中小企業の経営者は、松下幸之助の話を引き合いに、経営者のとるべき態度を語りました。
何か非常な困難に直面したという場合、経営者が『この困難を乗り越えてやろう、乗り越えられる』と思い込むことがまず大切で、それらなしにその困難を克服することは、きわめてむずかしいと思います。具体的にいいますと、たとえば不況で仕事がない場合でも、経営者は社内を沈滞させないようにしなければならないということです。経営者には、社員みんなの注目が集まっています。そのことを、経営者は一刻も忘れず、どんな場合にも旺盛な経営意欲を失ってはいけない。
この松下の言葉を受け、「この経営意欲を失わないためには、経営者の夫婦・家族関係が、非常に大切だ」と強調したのです。

 景気の動向によって、倒産件数には差があるものの、好不況にかかわらず、倒産は常に存在するものです。その倒産原因の8割以上が、「夫婦不仲・家庭不和」であるとの調査結果もあります。中小企業の経営者に対する「最も頼れる存在は誰か」との質問には、「妻」との答えが最も多かったそうです。

 経営者は、いかなる場合においても、常に孤独な決断を求められます。それだけに、「心」を支えてくれる存在が必要で、それが「妻」であり「家族」ということなのです。経営危機に直面した時に、妻や家族の一言に勇気づけられて克服できた経営者は、少なくありません。ところが逆に、夫婦・家族の不仲が火種となり、冷静な経営判断ができず、倒産を迎えてしまった経営者も多いという事実が先述のようにあります。
 現在の経営環境は、どこから危機が襲いかかってくるか、なかなか予想できにくいところがあります。

それだけに、経営者の「心の安定」こそが、最も大切なベースとなります。そのためには、何はさておき、常に「夫婦・家族」の愛和を心がけることが、危機克服の勇気と知恵を得る常道と知りましょう。

2008年11月25日火曜日

11月25日 モーニングセミナー 「倫理経営とは何か?商売繁盛の秘訣」

今日のMSは大橋俊作参事の講話です。

大橋氏はかつて猛烈営業部長だった頃、「商人は倫理なんて勉強しなくて良い」とうそぶいていました。
ところが、営業部長から総務部長にかわり、とある方から「総務部長になったなら、人の気持ちや心の持ち方の勉強をしなくちゃいけませんよ。それには私たちの勉強している純粋倫理を学んでは如何ですか?」といわれました。

純粋倫理とは、、、

法律のように人が作り上げたものとは違います。日常生活の具体的な現象の中に発見された大自然の法則を自ら実験、実証してその法則を把握する点にあります。倫理は実践を通してこそ、その審議を体得できるのですが、その為に特別な鍛錬や修養をするとか宗教的な難行苦行を伴うものではありません。あくまで毎日の生活の中で易々と、楽々と行えるものです。又どんなに実践してもやり過ぎることはありません。高慢な理想に走ったり超越的な絶対者を仰いだりするものではなく目前の倫理(すじみち)をコツコツと実践していく時、宗教者をも驚かすような奇跡的現象が生じてきます。

これが純粋倫理、これを守って経営することが倫理経営だと大橋氏はいいます。


この純粋倫理を学び、倫理経営を実践をしていく上で大切なのは第一感、(直感や気づき)です。
この第一感を狂わす心配性には以下のものがあります。

1 過去を心配する癖
2 先々のことを心配する癖
3 己の思うようにならなくて心配する癖
4 己をたてようとして心配する癖
5 任せられなくて心配する癖
6 病気になって心配する癖
7 天候気候を心配する癖

なかでも心配性の三タイプとして、、

1 うるさ型    すべてが気になって仕方がない
2 ヒステリック型  腹が立ちやすくなる
3 ノイローゼ型  何もかもが信じられなくなる

こうした意味のない心配性から脱却する最短コースの実践とは

1 目が覚めたらすぐに起きる
2 気がついたらすぐする
3 後始末はさっと早くする

これが重要であると教わりました。


今朝は、これまで中央で一緒に勉強してきた佐藤克男氏が北海道森町の町長に当選、みなさんへご挨拶に訪れました。今後のご活躍をご祈念申し上げます。

2008年11月21日金曜日

今週の倫理 (587号)より 誠心誠意の対応で会社の信用を得る

岐阜県倫理法人会の副会長で、中津川市倫理法人会会長の加藤景司氏(四六歳)は、平成二十年三月のある日、白濁水の入ったペットボトルを片手に、モーニングセミナー会場に入ってきました。

初めて外注に出した業社が、ワックスを剥ぐための剥離剤の残り水を側溝に流してしまい、それらが近くの池に流れ込んで白く濁り、近所の住民から苦情が出たのです。その水をセミナー終了後、朝一番に保健所で調べてもらうために持参してきたのです。

氏は金属製品製造業を営む(株)加藤製作所の代表取締役社長。同社は、鍛冶屋の「かじ幸」として明治二十一年に創業して以来、一二〇年の歴史を誇る老舗企業でもあります。四代目として父親から事業を引き継ぎ、現在はプレス板金部品の総合加工メーカーとして、あらゆる材質の加工に幅広く対応しています。

例年、研修の一環として、自社の食堂フロアーのワックスがけは社員と一緒に行なうのですが、この時に限って外注に依頼したのです。その外注業社は、まだ独立したばかりでしたが、同じ勉強会の仲間ということで仕事を依頼したのです。通常、都市部では汚水を側溝に流しても浄化槽まで流れていくので問題はないはずでしたが、当地では一部が河川まで流れていく仕組みになっており、一~二キロメートル先の池が真っ白になって苦情が出てしまったのです。

このブラウザではこの画像を表示できない可能性があります。クレームが来た当初、「総務部長にでも任せておけばいいか」と一瞬考えましたが、最終責任は自分にあると自覚し、加藤氏が自ら対応しました。すると苦情を言ってきたのは地元の顔見知りの住人で、以前からこまめに地元の集まりで顔を繋いでいた人でした。思いもよらず、その人が汚水の流れるルートまで案内をしてくれ、お詫びに回る加藤氏を誘導するかのように、すべて付いて来てくれたのです。

加藤氏はその際、3つの気づきを得ます。

①住民との日頃のつながりは大切。

②トップは何があっても逃げられない。

③信用を築くには長い年月がかかるが、崩れるのは早い。

お詫びに回る中で、ある住民が教えてくれました。三十数年前に、同じように油の混ざった汚水が流れ、池の鯉が全滅してしまったことがあったというのです。今回は同じようなミスがあったにしても、深く反省して迅速な対応をしたことと、日ごろの人間関係を大切にしていたお陰で、被害も苦情も少なくて済んだということを実感した加藤氏です。

困難な状況からは、つい逃げ出したくなります。しかし起こってしまったものは仕方がありません。真正面からキッチリと受け止め、かつ誠心誠意対処することが、さらなる会社の信用と継続につながります。クレームが来た時こそ、企業の真価が問われるのです。逃げず、人に任せず、責任者たる人間がしっかりと対応しましょう。

2008年11月20日木曜日

11月20日 神奈川県倫理法人会広報委員会開催

神奈川県倫理法人会を構成する各単会から広報委員が集まり、第一回目の広報委員会が開催されました。

神奈川県倫理法人会のHPには、委員会報告やモーニングセミナー報告のBLOGが用意されていて、各単会ごとに知恵を絞って書き込みを行っています。

この報告BLOGを活性化させるにはどうすればよいか?という意見交換など、活発な意見が交わされました。

なかでも一定の成果が得られたのは、神奈川県倫理法人会に所属する各会員でHPを持っている人なら誰でも、神奈川県倫理法人会のホームページで紹介して行こうというものです。

予算編成や誰がどの程度の作業をこなすのか?など現時点で未定なことがたくさんありますが、異口同音に会員のためになることをしよう。との思いは共有できた点でとても価値ある会合だったと思います。

せっかくですから、今回参加されたみなさんへのリンクを貼っておきます。


横浜市鶴見区倫理法人会の相村さん

平塚市倫理法人会の中丸さん

大和市倫理法人会の三村さん

横浜みなとみらい準倫理法人会の上野さん

相模原市橋本倫理法人会の佐々木さん

川崎区準倫理法人会の伊藤さん

横浜市倫理法人会の服部さん

横須賀市倫理法人会の小田さん

横浜市青葉区倫理法人会の宮崎さん

茅ヶ崎市倫理法人会の入村さん

横浜市中央倫理法人会の後藤

および県の事務局東郷さんで12名の参加でした。

注:リンク先が見つからなかった方は名称だけのご紹介になっています。
リンク先があるようでしたら中央の事務局宛にお知らせ下さい。

2008年11月18日火曜日

11月18日 モーニングセミナー 会員スピーチ

本日のモーニングセミナーは会員スピーチです。

田尻 豊一郎会員

 田尻さんのお話は、とても面白く笑いに包まれていました。今回はご自身のお母様のお話が中心でした。田尻さんは、現在は再婚されて九州からこの横浜に出てこられて生活をしています。再婚された今でも、前の奥様やお子さん達とは会われているそうです。それも、田尻さんのお母様のお人柄だということが分かりました。(多分、この講話を聞いていた男性の方々は羨ましく思われたのではないでしょうか)そのお母様が病気になられて、多くの方がお見舞いこられたそうです。お母様の髪の毛が薬の影響でダンダンと抜けてきた時には、カツラのお見舞いがなんと、30個もあったそうです。そのカツラをお母様が田尻さんに、「あんたの方が使うといい!」と渡され、そのカツラをかぶって見せた田尻さんの姿を想像するだけで、会場は大笑いになりました(田尻さんがどの様な頭(髪の毛)をしているかは内緒です)

子供の頃には「“協調性”が足りません」と、“あゆみ”に書かれていたそうですが、田尻さんは、ず〜っと最近迄、“強調性”と信じて、行動をしていたそうです。倫理に入られてからは、“協調”になったのでしょうか?

守田 明会員

 守田さんは、お父様のお話が中心でした。亡くなられてから20年位たっているそうです。建築関係の1流会社に勤めていた頃は、会社の部下の方々が遊びに来られて、とても賑やかな裕福な暮らしをしていましたが、その後お父様が転職をされ、小さな職場に移ってからは、生活がガラッと変り苦しくなったとのことでした。転職をされたお父様を、少し恨んでいたということでしたが、もしかしたら“協調性”(田尻さんの“協調性”にひっかけて)のないお父様に今の自分は似ているのかな〜と思う様になったとのことでした。

とても几帳面なお父様で、日記をつけておられました。その日記を大切にしていらっしゃる守田さんからは、昔の恨みはなく、尊敬の念が見えました。お父様の歩んできた軌跡(海軍学校)等の本を読み、お父様の事を思い出している守田さんを見られて、現在も元気に過ごしていらっしゃるお母様は嬉しく思っているのではないでしょうか。

文章:高橋徳美

2008年11月14日金曜日

今週の倫理 (586号)より 自己の使命を自覚し命を活かす生き方を

自身の人生の中で絶望の淵に追い込まれるような出来事に見舞われながらも、その後自暴自棄になることなく、いよいよ自分の人生に対して、真正面から真摯に向かう人が時としています。一九九九年四月、山口県光市で起こった凄惨な母子殺害事件で、大切な家族を喪った本村洋さんも、そうした中の一人ではないでしょうか。

事件後、公判が進む折々でのご本人の会見や、事件に関するマスコミ報道等でご存知の方も多いでしょうが、『なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日』(新潮社 門田隆将著)には、氏の事件直後からの心の葛藤や、また氏を支え続けた周囲のたくさんの方々との交流が綴られています。

当時18歳の少年が逮捕され、「少年法」の壁で、家庭裁判所の判断によっては、事件の詳細を遺族さえ知ることなく、闇から闇に葬り去られる可能性もありました。同様の事件は一九九七年に神戸で起こり、その猟奇的な犯行は世間を騒がせました。担当の刑事の配慮により、本村さんはその被害者(当時11歳の少年)の父親との交流を持つことができ、同じ境遇を体験した同士ということで、大変勇気づけられたそうです。担当刑事は、本村さんが最愛の家族を守ることが出来なかった自分を責めて、自殺を図ることを危惧していたのです。実際、本村さんは一審判決の直前、両親と義母に対し「遺書」を書いていました。

また氏は、初公判が迫り、心が落ち着かない時期、勤務先へ辞表を提出しています。これからのことを思うと、会社に迷惑がかかるという思いからでした。しかしこの時、辞表を受け取った上司は、「この職場で働くのが嫌なのであれば辞めてもいい。君は特別な経験をした。社会に対して訴えたいこともあるだろう。でも君は社会人として発言していってくれ。労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。君は社会人たれ」と応え、また「亡くなった奥様もそれを望んでいるんじゃないか」と諭したそうです。

これを契機に、氏は人知れず裁判の終結を静観するのではなく、積極的に社会に対し被害者として発言し、事件が社会の目に晒されることで、司法制度や犯罪被害者の置かれる状況の問題点を見出だしてもらうことに全力を注ごうと決意しました。

この背景には、氏の幼少期からの闘病経験や、妻子の「命」、さらには犯人の「命」に必然的に向き合わなければならない状況で育まれた「死生観」というものの存在を感じずにはおられません。この世に生を享け、与えられた「命」を何に使うのか? という大命題は、常に私たちに突き付けられているものではありますが、なかなか意識することは難しいものです。

多くの人々に支えられ、そして最愛の天国の妻子に背中を押され、挫折感を何度も味わった九年間という長い闘いの末に、犯人に自らの罪と向き合わせた氏ですが、見舞われた悲劇は察して余りあります。「絶望」という状況の中でも、投げやりになることなく「使命感」をもって取り組む氏の姿勢は、個々の人生に向かう私たちに、大切なことを教えてくれています。

2008年11月13日木曜日

11月11日 イブニングセミナー@川崎区準倫理法人会


中央で参加者を募り、川崎区準倫理法人会のイブニングセミナーへ参加しました。

日本熊森協会会長の森山まり子様(地球倫理推進賞受賞)の講演、「クマともりとひと」です。

環境保護を考える上で、さまざまな問題がありどこから手をつけたらよいかわからないほどですが、世界中どの地域においても、そこにすむ大型動物の調査をして、良好であればそれ以下の小動物や植物などは比較的安泰であると判断できるのだそうです。

かつて私たちの祖先は標高800メートル以上は神と動物たちの領域、けして立ち入らない棲み分けラインがあったといいます。戦後の国土総合開発により国の林業は大きく様変わりし、杉やヒノキといった換金性の高い針葉樹ばかりを植樹、やがては標高800メートル以上の領域にも開発伐採を進め、動物の住む森へと侵食していきました。

一見きれいに見える植林された針葉樹の山々は中に入ると、一年中日光を通さない地面には、自然の下草や保水力の高い土などは消えうせ、動物のすめる森ではなくなってしまいました。

餌のなくなった森にいられないクマは、餌を求めて人里へ出てきます。
本来クマは、人を襲う習性など皆無で一部の食べられる虫などを除けば、99パーセントベジタリアンなのだそうです。

また、ある学者によると犬よりはるかに賢く、臆病でやさしい性格を持っているが一度人間に襲われたことを憶えてしまったクマだけが、人と遭遇してしまったときに、人を恐れるあまり自らの保身のために振り上げた前足が凶暴だというイメージがついてしまったといいます。

・・・

こうしたクマに関する調査や資料集め、保護運動にいそしむ森山先生も、特別な環境活動家だったわけではなく、ごく普通の公立中学校の理科教師をしていました。

兵庫県の中学で教鞭をとる森山先生は、ある日生徒の持ってきた作文と一枚の新聞記事を目にします。

ツキノワグマが絶滅の危機に瀕している。餌場を失い人里まで降りてくるクマを有害獣として射殺。この記事を見て何名かの中学生が立ち上がりました。

先生自身も、「人に頼らず自分で何でもやりなさい。」そう子供たちに指導していたので、中学生の行動力に驚きつつ、後戻りできなくなってしまいました。

自ら本を読み、調べて問題意識を持った中学生たちは、資料作りや署名運動に奔走します。

中学校の中に野生ツキノワグマを守る会が発足、最初はすぐに終息する子供の騒ぎ、こんな問題はきっと行政の誰かがやってくれているだろうとタカをくくっていた大人や先生たちも、すぐそこにある環境破壊の警鐘に耳を傾けない行政を知ります。環境省の出しているレッドデータブックに載っているにもかかわらず、行政には有害獣として駆除する部門しかありませんでした。

こうした矛盾に対し中学生たちは果敢に取り組み、果ては知事を動かし、各種の植樹祭では針葉樹の植林から広葉樹の植林へ変更してもらうことができました。

自然の森を復元するのは並大抵のことではありません。
でも、中学生に突き動かされ、行政に掛け合ってみて、日本には保護活動をやる人がいない。窓口もない。そのことに気がついてしまった先生はやらない訳にはいかなくなってしまったといいます。

最後にマザーテレサの、「愛は、言葉ではなく行動である」という言葉で締めくくりました。

もっと詳しくお知りになりたい方はこちらでご覧ください。

この講演を聞いてからというもの、秋で紅葉した山々をみるたび、そこだけ青々とした杉や檜の人工林が広範囲で存在することにとても違和感を覚えます。


2008年11月11日火曜日

11月10日 イブニングセミナー 日本人よ!自分の国に誇りを持ちなさい!



年に数回のイベント、イブニングセミナーの講師は黄文雄先生です。

黄先生をご紹介いただいたのは、当倫理法人会の相談役であり、神奈川県日華親善協会の会長を16年も務められました酒井麻雄様です。

話は台湾で大ヒットした映画、「海角七号」のことから始まります。

「海角七号」は終戦頃のこと、日本人の先生と台湾人の教え子の手紙のやりとりをつづった愛の物語。

数十年も前の話なのに、なぜ今頃になって爆発的な人気を博したのか?
まさに、親日的な人が多くいることの証明であると先生はいいます。

ところが、日本国内を見るとどうでしょう?

敗戦後の教育のせいか、間違った認識が増えているようです。

黄先生がとある日本の老人と話したとき、「最近はあまり長生きしたくないものだな。」と言ったそうです。
先生が理由を問うと、「国民の祭日があるたびに私は日の丸を玄関に掲げてきた。これを私は日本人として当然のこととしてやってきた。ところが最近では孫から『おじいさん、日の丸を掲げるなんてとんでもない。日の丸は侵略のシンボルで中心の赤は血の色だよ。』といって掲げさせてくれない。」と嘆いたそうです。

黄先生はもうここまで自国に対する価値観がずれてしまっている。と感じたそうです。

各自の歴史観の差はあっていい。ただ、国家としての歴史観は正しく継承していかなければならない。
ゆがめられた歴史認識に立脚した教育は、間違ったものであることを日本人として認識し修正していかなければならない。

日本の行ったアジアの植民地解放やアジアに近代化をもたらした功績は、敗戦と共に消された。
未だに靖国問題のような内政問題にまで外交問題にされてしまうほどの精神的な敗北を引きずるのはそろそろやめにしてはどうか?

外国から見た日本という点にも注目したい。

毎年のように国連が行っている統計の結果によると、日本は常に住みたい国の上位にいる。

反日国家はいろいろと言うかもしれないが、これが世界的な常識である。


また近年、台湾において若者の間で日本ブームが起きていて、昨年の統計だと若者が行きたい国はアメリカを抜いて日本が一番になったという。

これだけ海外から好かれている自分たちの国に誇りを持ちなさい!

。。黄先生に背中を押されたような講話でした。

2008年11月7日金曜日

今週の倫理 (585号)より 形や型を整えて場の雰囲気を作る

M氏がある研修に講師として招かれ、訪れたホテルでのこと。その地域では比較的格式のあるホテルで、「こんなホテルで研修なんてすごいな」と感心しながら、研修開始までロビーで待機していました。

程なくして研修の主催者がロビーに姿を見せ、「こちらです」と案内をしてくれます。導かれるまま主催者について行くと、ロビーの脇にある喫茶店に入っていきます。「まさか」とは思いましたが、次の瞬間「こちらでお願いします」と隅のほうにあるテーブルが研修会場であることを告げられました。

物事には「ふさわしい雰囲気」というものがあります。例えば、喜びの笑顔と激励の言葉が飛び交う結婚式と、悲しみとお悔やみの言葉が交わされる葬儀の場とでは、明らかに雰囲気が違います。

他の客の話し声が漏れ聞こえ、板書用のホワイトボードもなく、参加者が筆記するための机もない。これでは、どんなに講師の話が良くても、また参加者にやる気があっても、良い研修が出来るはずがありません。研修には研修に相応しい会場があり、その雰囲気によって研修がより良いものになるのです。

このように、その場所の形を整えて雰囲気を作り出すことを「場の空気を作る」と言い、私たちの先人は日本民族の文化として尊んできました。上手く物事を進めるためには、まず、それに相応しい場作りが重要と捉えました。

ところが現代では、「相応しい雰囲気」は成功者のみが作り出すものと捉えられ、「物事がうまくいかないから、場の空気が悪い」と、本末転倒の不足不満を並べます。生活スタイルが変わってしまった現代では、「場の空気を作る」ことは成功への秘訣とは言えなくなってしまったのでしょうか。

『夢をかなえる「そうじ力」』(総合法令出版)の著者で、そうじ力研究会の代表を務める舛田光洋氏は、「きれいな部屋には〈いい気〉がやどる」として、〝著書や講演の中で、場を整えることの重要性を述べています。氏によると「汚い場所にはマイナスの磁場ができ、更にマイナスエネルギーを引き寄せてしまう。それが全ての不調の原因」というのです。

倫理研究所の創設者丸山敏雄も「場」の重要性を次のように説いています。

その「物」を「物」としてあらしめるもの(場)を「境」と呼び、その「物」と「境」は必須不可欠の関係であって、存在大調和の相である。世の如何なる動きも、人類ことごとくの働きもこの大調和を求めて進んでいる。

『純粋倫理原論』(抜粋・要約)

 この法則から鑑みれば、「物」と「場」の必須不可欠の状態を知り、その状態を間違わないようにすれば、物事はすべて大調和(成功)の方向へ向かうということが分かります。「場の空気を作る」ことが成功の法則であることは、大自然の法則に深く根ざした、現代にも通じる法則なのです。

 まずは、会社が会社らしい「場」であるか、家庭が家庭らしい「場」であるかという、身近な所をしっかり確認して、万事好転の境遇をつかみましょう。

2008年11月5日水曜日

11月4日 モーニングセミナー 家庭の平和 パパの手料理



ジャパンダッチオーブン・ソサエティ事務局長 古和田信基様の講話です。

料理なんて興味もなかった古和田氏が友人の薦めで、ダッチオーブンの料理にはまっていくのですが、ダッチオーブンとはカウボーイが使っていたという鉄鍋のことで、そのたくましい風貌が男心をくすぐるアイテムです。

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私はこの鍋の定番料理、チキンの丸焼きから始めたところ、とても旨くできてしまい、土日のたびにこのオーブンを使って料理を始めてしまいました。

私が厨房に立つと、おもしろがって子供たちも一緒に料理を手伝います。まるでサッカーを一緒にやるように。
その様子が家内からみても嬉しいらしく、家族全員で一緒に料理を作る楽しみが増えました。

私の幼少期、家庭での食事の思い出といえば、母の手料理のおいしさとは裏腹に、食卓での会話などの記憶が希薄で、なぜかつまらなかったという印象だったように思います。

これをもう少し思い出してみると、いつも両親を前に食事をするとき、話す話題といえば今日の出来事の報告や父親の説教といったことばかりでしたから、これで楽しい訳がない。

こうして考えてみると楽しくない食卓にはどんなにおいしい料理をもってきても、子供たちが戻ってこないのかもしれません。

サントリーの調査によると、家庭で家族がそろって食べる食事が週に1回もしくは2回と答えた家庭が、朝食の場合で65%、夕食の場合で57%という結果が出ています。

こうした少しの機会であるから食事の際気をつけることは、しつけよりも楽しさ優先と考える家庭が97%という数字も出ています。

イギリスでは子供の非行問題が他のEU諸国に比べ大きくクローズアップされているのですが、これにはイギリス家庭で家族の食事や団らんがないことが大きな問題ではないか?と言われています。

そう考えてくると家庭の食卓とは、味や料理の腕前、材料の良し悪しよりも家族のコミュニケーションの場ではないか?そんな気がしてきました。

単なる父親の道楽から始めたのですが、この料理を作るといった趣味は子供たちも妻も喜んで参加してくれ、楽しさが伝播するクリエイティブなことなんじゃないか?と。

そういってもなかなかお父さんが料理を始めるなんて難しいことかもしれません。

そこでダッチオーブンのような趣味性の高いものから入っていき、自慢できるようなもの、楽しめるものからはじめてみては?

。。。というお話でした。

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古和田様のダッチオーブンのお料理本が出版されました。当サイトのリンクからたどってみて下さい。

2008年10月31日金曜日

今週の倫理 (584号)より 21世紀は心の時代 恩を自覚した経営を

ここ数年、企業をはじめ政治家や公務員による不祥事が続発しています。

先日も会計検査院の調査により、全国十二の道府県で総額十五億円もの不正経理が見つかったと報じられました。不正額が最も多かったのはA県で、じつに一億三千万円。同県ではこの他にも三百万円の使途不明金があったと報じられました。これは明るみに出た一例に過ぎませんが、不祥事の多くは不正をよしとせぬ職員の内部告発によるもののようです。

平素、経営者の皆さんは社員教育に心を痛めているでしょうが、教育は経営者にとって永遠のテーマとなりそうです。

茨城県水海道市の(株)染谷工務店社長の染谷正昭氏は、親孝行教育の大切さを訴えています。十年前から『経営方針書』の中に「親孝行は、自分自身が親に対して感動する心を呼び起こし、他人の心を動かし、周囲に感動を与える豊かな人間性を培い、りっぱな日本人をつくると考え、親孝行月間をもうけている」と記しています。以下はその基本姿勢です。

一、両親に対して感動することが上手くできれば他人にも感動を与え、お客様に喜んでいただける。

二、この世で、両親に対して「ありがとう」の感謝の心が芽生えてくるのは、生かされているという恩を知っ
た時からである。

三、自分がこの世に誕生して、ここまで育ててくれたことに心から感謝の思いをこめて、ハッキリとお礼の言葉が伝えられる。

毎年、親孝行月間には、社員の感想文集を発行しています。「はじめて親孝行をして」と題する社員のNさんの感想文を紹介しましょう。

「初給料で親孝行をしました。母にはお寿司を、父には焼肉をご馳走しました。両親に食事をご馳走したあと、居間のテーブルに座ってもらい、幼い頃から今まで世話をかけてきたこと、大学を卒業して会社に就職した自分のこれからの生き方について、口上を述べました。両親からは『非常に感謝しているよ。今後ともよろしくね』という言葉をもらいました。

両親に口上を述べたことにより、両親の大切さ、ありがたさを再確認するとともに、自分のこれからの生き方を間違えることなく進まなければならないとの心構えと、両親に対して少しでも誇れるような人間にならなければならないとの思いが確認できました。今後とも親孝行月間だけではなく、常に感謝の心を持ち、仕送りという物質的な感謝をしてまいります」

 染谷社長は、親孝行教育の必要性を「親子・夫婦が愛和して円満な家庭をつくることにより、素直で元気な人間性を備えた家庭人となり、また会社においては当たり前のことをキッチリとでき、お客様から喜んでいただける社員づくりにつながる」と語っています。

二十一世紀は心の時代です。倫理運動の創始者・丸山敏雄は、「恩の自覚の程度が人間の程度。最も大切な命の根元は両親であり、このことに思い至って親を尊敬し、大切にして日夜孝養をつくせば、素晴しい家庭の人になる」と教えています。

よき社員づくりのために、親孝行教育に取り組んでみてはいかがでしょうか。

2008年10月30日木曜日

10月30日 狂言鑑賞会





本日は中央倫理法人会のメンバーである、狂言師の善竹十郎様の狂言を国立能楽堂まで見に来ました。

普段は能楽堂など立ち入る機会もありませんし、あったとしても狂言の詳しい紹介や説明をしてくれるなんてことはありませんから、今回の狂言鑑賞会は伝統芸能を身近に感じることのできるとても良い機会でした。

番組は、「伊文字」と「仁王」です。

「伊文字」

妻を娶りたいと清水の観音堂にやってきた男がお詣りをしていると、「西門に立った女を妻にしなさい」と夢の中でお告げがあった。さっそく西門にいってみると、確かに女が立っていたので住まいを訊ねると女は、「伊勢の国、伊勢寺本という里に住んでいるので恋しくお思いなら訪ねてきてください」という歌を詠みます。それを聞いた太郎冠者が途中までしか歌を覚えないうちに女は立ち去ってしまいます。そこで主従は、関所を作って通りかかる人に「い」文字のつく国と里の名を当てさせます。国の名前までは出るのですが、里の名前までなかなか出てこず、難儀します。

「仁王」

バクチで無一文になった男が友人に相談をしますと、天から仏が降ってくるという噂があるのを良いことに、その男は、ばくち打ちを仁王に仕立てて参拝客から供物を巻き上げることを思いつきます。
すると大勢の参拝客が会って、たくさんの供物に二人は大喜びします。
友人は供物を持って去りますが、味をしめたばくち打ちはもっと取りたいとその場に残ります。
そこに足の悪い男がやってきて足を直したいとワラジを捧げて、仁王に化けたバクチ打ちの身体を撫で回します。

いずれも説明を受けてからの鑑賞だったので、理解も深まり、楽しく見ることができました。

2008年10月28日火曜日

10月28日 モーニングセミナー 病気は心の赤信号


大橋慶子様の講話でした。

70代後半であるにもかかわらず、この講話の後、心臓の弁膜手術をお受けになるとのことでした。

医者の腕を信じているし、家族が気遣っていてくれるから何も怖いことはない。と言い切る大橋さん、
ぜひともまた元気な姿で中央のモーニングセミナーにお越し下さい。

2008年10月24日金曜日

今週の倫理 (583号)より 意識的な実践が企業の器を大きくする

いにしへの 道を聞きても唱へても 我が行ひにせずばかひなし

この短歌の大意は、「昔の聖賢の立派な教えや学問も、口に唱えるだけで、これを実行しなければ何の役にもたたぬ。実践実行が最も大事である」(『島津日新公いろは歌集』―竹田神社)ということです。

 まさに「実践なき倫理は倫理ではない」という言葉そのままと言えましょう。すなわち、倫理法人会で学んでいる純粋倫理は、宗教でも、主義でも、学説でもなく、実行によって正しさが証明できる生活の法則であり、実践こそがその生命だからです。

 ところで、会社の業績を産み出す基盤とも言える 「社風」の良し悪しの差は、経営者、幹部社員そして一般社員の「実践のレベル」の差そのものと言ってもよいでしょう。例えば、良い社風の要素のひとつは、「当たり前のことが当たり前にできていること」ですが、当たり前にできているだけでは並の会社でしかなく、当たり前以上のレベルで行なわれて初めて、他社との差別化が可能となるのです。
当たり前のことの中でも最も基本的な、「あいさつ」という実践を例にとってみましょう。

 K社の職場での朝のあいさつは、ただ「おはよう!」という声が飛び交うだけの儀礼的なものではありません。ふだんは、社長は六時ごろ出社してきます。事務所に入るとすぐに、「おはようー!」と事務所中に響くような大きな声を発します。すると、すでに出社していた3~4名の社員が、いっせいに「おはようございます!」と、明るく大きな声で応えます。そして、社長が席につくと、社員一人ひとりがそれぞれに、社長のデスクの前で直立し、改めて挨拶をします。またそれに対して社長も、姿勢を正し、時には自らも直立して応えるのです。こんな光景が通常では七時ごろまで見られるのです。

 上下関係を超越して、同じ目的と同じ目標に向かう者同士の真心の交流の場と言っても過言ではない姿です。すなわち、そこには命令的でも義務的でもない、社員は社長に対して尊敬と感謝の心を込め、社長も社員に対して日々の仕事への感謝や労いと激励の心を込めた、「ほんものの挨拶」の実践があるのです。

 そのゆえK社の職場には、ただ単に元気で活気溢れる、明るい雰囲気というだけではなく、快い緊張感と、組織の要である正しい上下関係も自然と確立されています。   
このように、「あいさつ」という、きわめて日常的な実践一つを見ても、ただ習慣的・行儀作法的に行なっているだけでは、その意義と効果は半減してしまいます。私たちは実践に取り組む場合にはつねに、その目的や意味合いを十分に考え、「意識的に実践する」ことが大切なのです。

「企業の器は社長の器」と言われます。それは、経営者の人柄や人格のレベルがその企業のレベルであり、社風の良し悪しもまた、経営者と社員のレベルを表しているということです。経営者は今日、経営環境が厳しい時代だからこそ、「実践のレベル向上」のために精進を重ね、社風の向上と企業体質の強化に努めていく必要があると言わなければなりません。

2008年10月22日水曜日

10月21日 モーニングセミナー ハーバード流交渉学入門

本日の講話者は横浜市議会議員片桐のり子様です。

1000円札を2枚取り出して、入札を始めます。
100円から初めていくらでこの2000円を落札するかというところまで、進めていきます。

こうしたオークションというのは最初の価格を安く設定するので参加しやすいので参加者を増やます。

このときのルールがオークションでは最終落札者は当然落札できますが、勝てなかった2番目の応札者について自らの入札額を開催者に払わなければならないというルールに設定します。

このルールで進めると、2番目の人は落札できないで支払い債務を負うよりは、落札した方が良いという心理が働き、数万円まで応札額が上がってしまうといいます。

結果、支払った金額ほどの価値を売ることのできなかった落札者と、何も売ることなく支払い債務を負った2番目の応札者、一番儲かったのはオークションの開催者であることになります。

こういった交渉ノウハウをビジネスの場で活用していくというのが交渉学であり、このゲーム理論では一番賢いのはこのゲームに参加しないのが賢い。
手をこまねいて何もしないのはつまらないという心理も働き、つい参加してしまいがちですが、不合理な執着心といった心をコントロールしていかないとビジネスの世界ではうまくいかないという教えなのだそうです。

こういった交渉学は別の言い方をすれば生きていくためのコミュニケーションスキルともいえます。

ハーバード大学では、Getting to Yes!という本があり、Yesを言わせる方法ということで、有名な交渉術がハーバード大学で確立された学問であるといわれています。

学内にはPower and Negotiationという機関や講座があり、様々な交渉の研究がなされています。

この交渉学、普段から誰でも使っていることなのですが、言語でいうところの文法のようなもので普段は何も意識しないで言語を使えるように使えるわけですが、どのように成り立っているかというところを学習することで、論理的に理解し活用するための早道ができるといったものです。

このほかにも、「囚人のジレンマ」などの学習事例を挙げて楽しく解説していただきました。

2008年10月17日金曜日

今週の倫理 (582号)より 可能性は誰にもある 輝く企業を目指そう

日本の社会は今、「大きな変化という試練」に直面しています。「景気が悪いから、業績が伸びない」と嘆いても、現状は何一つ変わりません。

「企業は人なり」といいます。今のような時こそ、経営者と幹部社員、そして一般社員が三位一体とならなければ、生き残れない時代なのです。社員一人ひとりの持っている「善さ」「可能性」を無限に引き出し、そこに働く人々のエネルギーと才能を、どこまでも活かしていくことです。
一九二〇(大正九)年、インドのカルカッタの西南百十キロにあるゴタムリという村で「オオカミ少女」が発見されました。顔かたちは人間ですが、行動はまさしくオオカミそのものなのです。日中は、暗い部屋の隅で眠ってウトウトしているか、顔を壁に向けたままほとんど身動きもせずにじっとしていますが、夜になるとあたりをうろつきまわり、夜中には三度、オオカミのように遠ぼえをあげるのです。顔かたちは人間でも、心(精神)は全くの野生動物なのです。オオカミに育てられたために、オオカミそのものとなってしまったのです。

ここで強調しておきたいことは、人間はオオカミにさえなれるということです。育て方次第によって、人間は何にでもなれる可能性を持っているという事実です。危機の時こそ大きく変われるチャンスを秘めています。経営者はまず、社内にはびこっている古い体質を打破し、社員の意識や行動を変えていくことが重要なのです。

「鏡の理法」をぜひ取り入れていきましょう。鏡に猫を映せば猫が映ります。自分を映せば自分の姿がそのまま映ります。では、自分の心はどこに映るか。それは、良いことも悪いことも、家族・社員・お客様の全ての現象は、自分(経営者)の心の中がそのまま反映し、映し出されているのです。
会社をよりよく変えたいと願うなら、まず経営者自身がより良く変わることです。まず自分自身を徹底的に変えて自己革新を図ることです。自分が変われば、それにしたがって会社も必ず変わっていきます。自分の心、姿勢、生活のあり方を改善し、本物にならなければ、ゴマカシは通用しない時代なのです。
対話の中にこそ中小零細の強みがあるといわれます。トップ自身が現場との対話を重視していくことです。従業員との対話や従業員への思いやり、また真の強い愛情が、次の日から即座に現場で活かされていきます。そして、会社が動き出していくのです。

建設資材・住宅設備機器販売のA社は、ゼロからの出発でした。設立五年目に大きな不良債権を抱え、倒産の危機を迎えましたが、社員一丸となって乗り切り、その後は新しい分野にも進出して安定経営を続けています。「一人ひとりが輝く企業」を目指し、実践一路で地域に貢献しようと意気盛んです。

社長一人で全てを担えるわけではありません。会社というものは人の集合体であり、トップ以下全社員がやる気を起こさなければ、会社はすぐに立ち行かなくなってしまいます。社員各人が現場に精通し、業界の動きを捉え、見事な決断でヤル集団として燃え抜いていきましょう。

2008年10月16日木曜日

10月16日 横浜戸塚泉栄準倫理法人会MSへの参加報告

今日は横浜戸塚泉栄準倫理法人会のMSへお邪魔しました。

講話は神奈川県保護司会連合会会長、横浜市保護司会協議会会長の石原昌信様による、「犯罪と更生保護活動」~誰かが担当すべき社会的責務~です。



検挙される犯罪者の70パーセントは初犯者、30パーセントが再犯者なのですが、事件の数で言うと60パーセントが再犯者の手によるものです。
刑務所から出てきた人たちが、また過ちを繰り返さないようにする制度。これが保護司の制度です。

給料をたくさんもらっているのでしょう?とか保護観察指導をしているにもかかわらず、対象者から逆恨みをされたりといったトラブルにも耐え、日夜努力されている保護司のみなさんのボランティア活動の一端をご紹介いただきました。

こうしたつらく厳しい保護司制度ではありますが、社会の中で誰かがやらなければならない仕事であるという信念と誇りを持ち、立ち直っていく姿を見守る石原さんには頭が下がる思いでした。

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こちらのMS会場でも貴重な時間を割いていただき、イブニングセミナーのご紹介をさせていただきました。
ありがとうございました。
近藤会長様をはじめとする戸塚泉栄準倫理法人会のみなさまにはこの場を借りて御礼申し上げます。

広報委員長 後藤長重

2008年10月14日火曜日

10月14日 モーニングセミナー 「今、この一瞬を生きる」



本日のMS講話者は新宿などで成功を収めているカレーハウス、ターリー屋の吉川和江様です。


20才で結婚、2児の母、そして離婚。どうしたらいいかわからなかった。
息子に「ため息だけはつかないで。僕がきっと幸せにしてあげるから。」と。

昭和38年8月に倫理研究所の世田谷区実践部に入会。指導を受ける。

「夫の実家の墓参りをしてきなさい」といわれ、新潟柏崎へ墓参りをし、清掃をして、お詫びから人生を始めた。

仕事も何も当てがなく・・・縁あって愛育病院の院長、内藤先生の秘書として雇っていただいた。
この内藤先生は日本でただ一人、シュバイツァー賞を取った先生。小児科の神様といわれた人。

この先生の、子供に接するときの目と目を見て真剣に向き合って約束する先生の姿は今も忘れられない。
そのすばらしい先生のもとで31年間働いた。

この頃倫理で学んだ今日一日、先のことは考えず、過去のことを悔やまないで今日一日だけを思って生きてきた。と吉川さんは言います。

家庭では、息子さんがお嫁さんをもらって同居するときに、こういいました。

「お母さん、僕と嫁さんの言うことには、「そうね。」とうなずいてください。僕もお母さんのいうことは、「そうだね」と返すようにするから。」

こうして同居生活が始まりました。

何か異論があるときでも、まずは「そうね。」というのが約束です。

息子が独立開業して「カレー屋」をやりたいと言い出したときも、「そうね。」といって応援することにしました。

今や新宿近辺に5店舗お店を出している。

その息子が今度はフランチャイズをやりたい。といいだした。
そこでも「そうね。」と言って、応援した。一緒になってFCに加盟してくれる人を探した。
ところが、結局FCに加盟する人は一人としていなかった。

しばらく手伝って、他の人の意見も聞いて、これは辞めた方がよさそうだと思いだした頃、息子に「FCは辞めた方がいいんじゃないの?」と進言、ここで息子は約束を守って、「そうだね。」と、きっぱりFCはあきらめた。

やろうと思う気持ちは大切。でもだめだと思ったら、引くことも大切。

即行即止。

問題も起きたときにすぐ駆けつけて解決する。
こうした習慣づけが息子さんたちにも反映されているようです。

そして、吉川様が念頭に置かれているのは、MSの最後に唱和する、「今日一日、朗らかに、安らかに、喜んで、進んで働きます」の標語。

倫理を学び、明るく何でもすぐに実行する。その心構えが大切。

もし、それでも自分の目標にたどり着いていないとしても、夢は実現しつつある。と進行形をつかって一日、一分たりとも曇らせないポジティブな行動が夢を実現させるのだと締めくくりました。

文:小倉事務長

2008年10月12日日曜日

10月12日 磯子区倫理法人会MSへの参加報告



磯子区倫理法人会モーニングセミナーに参加、今日のMSはビデオによる講話でした。

お遍路グッズで大躍進をされた(株)マツオカの松岡 賢社長の講話です。

四国霊場八十八箇所巡りで使う納経帳は、これまで紙の裏側に墨がにじんでしまい、使いにくいものだった点に着目した松岡社長は紙を一枚挟むことでにじみを防止し、お寺の絵柄をいれることで差別化を図るなどしてこだわりのある商品に仕上げた結果、(株)マツオカの主力商品になったといいます。

その後順調に売り上げを伸ばし、白衣、杖、数珠などお遍路グッズを次々と取りそろえ、順風満帆に見えた経営でしたが、中国製品や安価に納入する業者の出現、売上金の横領などさまざまなトラブルに見舞われました。

一時は、こういった現象をネガティブにとらえてしまいましたが、倫理法人会の仲間からこういわれました。

「お客様が離れることは自社の努力が足りないからだ。世の中の大木流れには逆らえない。買っていただけないのは商品力が足りないのだし、横領をされるのは会社の集金システムが悪いからだ。つまりは必要だから起きた現象だよ。」

こう諭された松岡社長は買ってくれるモノの開発、集金システムの改修に乗り出します。

松岡社長は「物事を解決するためにトラブルは起こる。倫理を学んで、こうした心の持ち方を学べた。」と締めくくりました。

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磯子区倫理法人会のMSはアットホームな雰囲気で会長挨拶もユーモアたっぷり。
和らいだMSに参加させていただきました。

イブニングセミナー「黄文雄氏 特別講演」の宣伝もさせていただきありがとうございました。
この場を借りて御礼申し上げます。

広報委員長 後藤長重

2008年10月10日金曜日

今週の倫理 (581号)より 身を粉にして働き 限界までやり抜こう

山陰のとある街に一軒の八百屋がありました。商店街の店主が集まると、その八百屋の店主のことで話が盛り上がりました。

 それというのも、八百屋の店主の働きぶりが「すさまじい」の一言なのです。とにかく並ではない、目覚めたら朝何時であろうと店を開ける、時には三時であったり四時であったり、周囲は夜の闇に包まれ人ひとりいないというのに、この八百屋だけは煌々と明かりが灯っているのです。朝早いので閉店は早いかというと、夜は十一時過ぎまで営業しています。しかも土日祝日いっさい関係なく、三六五日やっています。

 八百屋のすさまじい働きぶりを目の当たりにしている商店街のおかみさんたちは、嫌味たっぷりに亭主の尻を叩きます。

「亭主に八百屋の店主の爪の垢でも煎じさせて飲ませれば、少しはましになるだろう。休みになると接待ゴルフとか視察旅行とか遊びほうけて仕事そっちのけだから…」

こんな嫌味を言われ続けている店主たちは、時おり会合に顔を出す八百屋をつかまえて、「お前、そんなに仕事仕事と、休みなく働いているが、何がいったい楽しいんだ。一度しかない人生だったらもっと楽しまなければいけないよ」と言ったり、「そんなにこんをつめて働くと、体を壊すぞ」と忠告したり、「そんなに金貯めて何に使うんだ。食べられるだけあればいいではないか」と呆れたりです。また「お前のおかげで俺たちがどれだけ迷惑しているか、わかっているのか。もう少し周りに気を配れ」と、酒の席などではしつこくからむ者が出る始末です。

 いつの頃からか、商店街の中では「あの八百屋は頭がおかしいんだ」ということになってしまいました。ある日、いつものように酒に酔った洋品屋の店主が「おい、頭のおかしな奴」と言ったときのことです。普段は一言も反論しない八百屋が、からんだ相手の顔をキッと見据えて「みんなは俺をつかまえて頭がおかしいというが、俺の働きなど中途半端だ。隣の街にはもっと狂った奴がいるぞ」と言ったのです。その一言でその場は凍りつき、皆の頭に隣町の肉屋の顔が浮かびました。

 その後、八百屋を揶揄していた人たちは、大型店の進出とともに転業廃業に追い込まれました。八百屋はその働きぶりが認められ、今は異業種にも手を伸ばして地域一番店として頑張っています。

 今という時代は厳しく、経営の舵取りが難しい時代ではあります。何でもありの日々で、まさかの連続でもあります。売り上げはジリジリと落ち込み、その原因を他人や社会のせいにしたがる気持ちはわからないでもありません。しかし、それでは何の解決にもならないでしょう。お客様はどの店が本物で、どの店がそうではないということを鋭く見分けます。お客様に支持されるお店でなければ生き残れないのです。

 お客様のために、身を粉にして働いて働いて働き抜いている店であれば、必ずや繁栄店になれるはずです。人は人の集まるところに集まるもの。まずトップ自らが喜びの働きに徹し抜くこと。間違っても怠け心を出すことなく、周囲に「おかしな奴」と言われるぐらいまでやり抜きましょう。

2008年10月7日火曜日

10月7日 モーニングセミナー 会員スピーチ

第308回MSは誠商工(株)代表取締役 加山利明様と横浜管財(株)後藤長重様の会員スピーチです。

加山社長は会社を興して43年間、山あり谷あり。若い頃は、夜型人間でゴルフやカラオケなど遊び回っていたツケが、不渡り手形という形で跳ね返ってきたと言います。

莫大な借金を抱え奔走するうち、車を運転していても車道と歩道の区別もつかないほど精神がまいってしまい、ノイローゼと診断。半年ほど神経科に通う毎日でした。

その後落ち着きを取り戻し、借金も何とか完済して今は朝型人間、堅実で平穏な日々を過ごしているといいます。

「今となっては苦難は自分のためにあったのだろうと思える。」そう語る加山社長の内面に触れたようでした。


後藤社長は倫理法人会への入会のいきさつを話しました。

一度はドロップアウトしたこと。

前嶋相談役にばったりとあって、倫理の普及をおこなっているところを見て、再入会を決意、現在では横浜市中央倫理法人会のHPを管理するに至っていることを話しました。

普段、MSで会っていても細かい話をする機会がとれないので、会員スピーチも増やしていきたいと思っています。

横浜市中央倫理法人会 専任幹事 鵜飼稔

2008年10月3日金曜日

今週の倫理 (580号)より 人生の問題解決に倫理指導の活用を

皆さんは、抱えている苦難を倫理指導によって解決したことがあるでしょうか。

私たちの身の回りに生起する苦難(病気・災難・貧苦等)の原因は、その人の心のあり方にあるとされます。それ故に、倫理指導による問題解決は、「受ける側の心のあり方」が重視されるのです。たとえ立派な指導者に指導を受けたにせよ、受ける側がしっかりと受け止める心を持っていなければ、心の転換がはかれず問題解決には至らないということです。

例えば、心をコップにたとえます。自分の思いで心が満たされているときには、他人からの忠告は受け入れることはできないでしょう。他人の意見を100%入れようとするならば、まずは自分の思いを空にしておく必要があるのです。

Mさんは倫理の勉強を始めて間もない頃、このことに気づかずに失敗したことがありました。「そんなはずはないがなあ」との思いを持って指導者の話を聞いていたのです。純粋倫理では、純情な心を持って物事に相対していくよう教えられていますが、素直な心を持つことの難しさを感じるものです。自分の心の間違いに気づかない人でも、他人の心の間違いには気づくものなのです。他人のそぶりを見て笑っている人が、自分の間違いには気づかずにいる。滑稽なことだと思いますが、それが世の姿です。

純粋倫理と出会って五年目のMさんが、初めて倫理指導を受けたときの話です。身体を壊し、運動もできずに不健康な生活を余儀なくされていました。何とかして健康になりたいと思っているときに倫理との出会いを得て、心と身体の間には「心身相関の理」の原則が働いていると教えられました。心のあり方が身体に及ぼす影響を、知識としては吸収していたものの、これを克服することができなかったのは、実践につなげなかったからだと気づいたのです。

Mさんの話を聞いた研究員は、「あなたには責めるクセがあります」という一言を発しました。その一言が、Mさんの人生を変えることになりました。それは、Mさん自身が健康を取り戻したいがために、心を空にしてその言葉を受け止め、その不自然な心を改めることを決心したからにほかなりません。相手を責める言動は、過去に一度も口に出したことはありませんでしたが、口に出さずとも自分の身体を痛めると知ったMさんは、以後責める癖を改めたのです。

倫理の勉強を長くしていても、自分の身近なところで生起する種々の問題には、本当の原因が分からずにいるものです。「倫理指導を受ける」という基本姿勢を崩さずに生きることの大切さがここにあります。

私たちの身近なところで生起する苦難の真の意義は、「その人を苦しめるためでも、殺すためでもない。正しく生かし、ほんとうの幸福の道に立ちかえらせるためのむちであり、照明であるのです。恐るべき何物もなく、いやがらねばならぬ何物もありません」というものなのです。

縁あって学び始めた純粋倫理です。自分の心のあり方を変えることによって、病気・災難・貧苦などの苦しみを本質的に解決できる世界があることを知り、活用していきましょう。

2008年9月30日火曜日

9月30日 モーニングセミナー 「横浜から生み出ずるもの」

平成20年9月30日(火)モーニングセミナーの講師は横浜市議会議員萩原隆宏氏のテーマ
「横浜から生み出ずるもの」という題名で講演をいただきました。

36歳議員一回生として萩原氏は、まず自分の経歴をお話しいただきました。

お父上の仕事のためにアルジェリアに行っていたときのエピソードで、国の貧困について、夏は40度を超える暑さ、冬は雪が降る寒さ、アフリカ北西部にある国とは思えないアルジェリア2855万人の人口では風呂やシャワーの断水・停電は常のこと、山には松茸が生えていて、それを電卓やジーパンと交換できること、布をぐるぐる巻きにしたボールを素足でサッカーをする子供たちがいるかと思えば、こちら側には普通のサッカーボールを蹴って遊ぶ裕福な子供たちもいる。

ある時そのサッカーボールが素足で遊ぶ子供たちのところへ転がっていってしまった。
するとおさない女の子がそのボールを持ってきてくれたそうです。

誰が見ても本物のボールがほしい子供はそのボールを持って逃げると思っていました。ですが、それを迷うことなく持ってきてくれたおさない女の子にすごく感動したと萩原氏は語りました。

帰国後もこのことが頭から離れず、こうした貧しい国に対して日本人としてどういった行動を起こせるだろうか?と考えた萩原氏は、まず政治から。と考えて萩原氏は一市会議員として立候補を決めたと言います。

閑話休題

一回生議員として地方は国を語れ、国は世界を語れ、地域は国全体の将来を思いながら主体的に自らの未来を決定し、国は地域の個性を尊重し国全体の利益創出を図ること。

その為には地域に埋没することなく国は地域とその為に地域の自主独立を活かすこと。

そうすることで全土均一的な国家から脱却したよう多彩に可能性を秘めた国家戦略が描ける。そして横浜は何をすべきか横浜市は民意をより十分に反映できる議会能力を高めながら厳しい視点で適正な政策を行っていかなければならない、と萩原氏は言います。

議会のあり方も政策も理想を高く掲げてこそ、その突破口が見え、より理想的な現実を作り上げることができると私は信じます。と締めくくった萩原氏の講演は、昔の政治家のように、大きな声で話すことも、大げさな身振り手振りを加えるでもない、淡々とした語り口に話すさまに私は聞き入ってしまい、講演のタイムキーパーとしての役目も忘れ、合図を出すのを遅れてしまったほどです。

萩原隆宏氏の人柄とさわやかさに魅せられてしまったモーニングセミナーでした。

横浜市中央倫理法人会 専任幹事 鵜飼 稔

2008年9月26日金曜日

今週の倫理 (579号)より 「誓い」の継続で一日の流れをつくる

スポーツの秋たけなわ。各種スポーツをテレビで見ていると、よく「流れ」という言葉を耳にします。「試合の流れが変わった」「まだどちらに流れが傾くかわかりません」などです。この「流れ」は、チーム状態の変化について使われると共に、個人においても存在します。

 例えば、プロの世界においても、一流の選手ほど自分でよき「流れ」を作ることができ、二流で終わる選手はよい資質を持っていても、「流れ」を作る術を身に付けられません。したがって、年間を通して好成績を残せず、わずか数年でプロの世界から去らなければならないといいます。

 よき「流れ」を作るために一流選手が心がけることとして、毎日の準備を万全に行なうということが挙げられます。心を惑わせないように、いつも通りに同じ時刻に球場に入り、同じ準備体操をし、同じ練習をきっちりとこなしていきます。

 行なうことの一つひとつは、誰もが出来る当たり前のことですが、この当たり前のことを毎日毎日淡々と、そして心を込めて繰り返すことができる選手であってこそ、自分で今日一日のよい「流れ」を作ることが可能になります。一方で、二流で終わる選手は、この当たり前のことに毎日心を込めることができないのです。

 企業経営も毎日が真剣勝負の連続です。しかも、今の日本を取り巻く経済の「流れ」は、逆流の「流れ」となっており、何もせず手を拱いていると負の方向に流される、そんな激流の中で舵取りをしているのが、現在の経営者と言えるでしょう。

 経営者のA氏は、これまで調子の良い時は飛ぶ鳥を落とす程の力強さを発揮しますが、一度落ち込むと時には数日にわたり調子が良くなく、併せて体調を崩すという波の大きなタイプでした。

 ある日、A氏の信頼する先輩経営者から、波を失くすため、朝起きて一番に、今日一日の自分の心を決める「誓い」を立てることを教わりました。
「多くの皆様のお陰で今日も仕事ができますことを感謝致します。今日一日、どうかお客様に役立つ私でありますように…」と、A氏は教えられるままに、自身で感謝と決意の含まれた「誓い」の文章を作成。毎朝一番に声に出して「誓い」を読むセレモニーを始めました。

 しばらく経った頃、A氏は「誓い」を述べた後に心が落ち着いて来ること、やる気が高まってくることを感じるようになりました。そして、これまでのような大きな波は影を潜め、比較的よい「流れ」が毎日出来つつあるのも感じられるようになってきました。

「流れ」という存在は、他の何者でもなく自分の心が作るものです。悪く考えれば悪い結果となり、積極的な良いイメージが描ければ、よい結果が訪れます。

 プロ選手が毎日同じトレーニングを淡々とかつ元気に行なうのも、朝一番に「誓い」を述べるのも、コントロールすることが難しい心を、活気ある行動と前向きな言葉によって積極モードに切り替える意図があるのです。

よい「流れ」を作るためにも、人の役に立つ決意と感謝の思いを日々声に出すセレモニーをしてみてはいかがでしょう。

2008年9月19日金曜日

今週の倫理 (578号)より 災いを踏み台に 人生再びの跳躍を

倫理法人会の行動哲学の一つに、「運命は自らまねき、境遇は自ら造る」という項目があります。強運も弱運もすべて自分自身が招いて造っていくものであるという考え方です。この行動哲学を実践究明した人物は世界中に数多く存在しますが、江戸時代中期に活躍した観相家で有名な水野南北もその中の一人です。

水野南北は一七六〇年に大阪の地に誕生しましたが、幼少の頃に父母と死別し、両親の愛を知らずに親族に育てられるという不幸な人生を味わいました。父母の死別という悲しみから徐々に私生活が乱れていき、10歳の頃より酒を覚えました。博打と喧嘩に明け暮れている最中、18歳にして悪事をはたらき投獄されましたが、牢内で人生を変える大きな気づきを与えられたのです。入牢してくる罪人と娑婆で働いている人の相貌に、著しい違いがあることを発見。しだいに南北は観相学に興味を持ち始めていきます。

 出牢後、大阪で名高い観相家を訪ねて自分の人相を見てもらったところ、「剣難の相であと一年の寿命」であることを宣告されてしまいます。愕然とした南北は助かる方法を問うたところ、出家が唯一の方法であると言われました。その後、禅寺を訪れ入門を請い、「一年間、麦と大豆だけの食生活を続けることができれば入門を許そう」と住職から課題を与えられました。

 南北は助かりたい一心で好きな酒も断ち、約束どおり忠実に実践を一年間続けたのです。そして再度、観相家を訪ねたところ、「剣難の相が消えているが、何か大きな功徳を積んだであろう」と言われ、食生活を変えたことを話しました。そして「節食したことが天地への陰徳積みになったのであろう」と言われたことがきっかけで、観相家の道を志すことになりました。

 その後、髪床屋、風呂屋、火葬場と働きながら、人相や全身の相と人の運命との関連について研究を重ねました。そしてついには「だまって座ればピタリと当たる」と評判になり、多くの門弟を抱える大観相家の地位を獲得しました。南北は強運の人生を歩む秘訣は食の節制にあるとし、その要点を次のように語っています。

①少食の者は、不吉な人相であっても運勢は吉であり早死にしない

②常に大食暴食の者は、吉相であっても運勢は一定しない

③常に身の程以上の美食をしている者は、人相が吉でも運勢は凶

④貧乏人で美食する者は、働いても働いても楽にならず、一生苦労する

⑤常に自分の生活水準より低い粗食をしている者は、貧相であってもいずれは財を成し、長寿を得て晩年は楽になる

⑥食事時間が不規則な者は、吉相でも凶

⑦少食の者には、死病の苦しみや長患いがない

⑧怠け者でずるく酒肉を楽しんで精進しない者には、成功はない

⑨人格は飲食の慎みによって決まる。

 食の節制以外にも強運の秘訣として

①毎朝昇る太陽を拝む

②早寝早起き

③衣服や住まいも贅沢すぎるものは大凶

④倹約は吉であるがケチは凶、

などといったことも挙げています。

 運命も境遇も自身の努力精進しだいで変わっていくことを自覚し、強運の人生を歩んでいくコツを常日頃から実践していきたいものです。

2008年9月16日火曜日

9月16日 モーニングセミナー 「病気は生活の赤信号」

横浜市中央倫理法人会
9月16日モーニングセミナー    
                        (株)クリエート・エフ代表取締役
                          横浜戸塚泉栄準倫理法人会会長
                                   近藤 清様

テーマ『病気は生活の赤信号』

講話者の近藤清様は今年春先に、大病を克服され現在元気に社会復帰されご活躍中です。
病名はジストと言う10万人に一人の胃の病気で国立癌センターにて胃の摘出手術をされ、手術翌日から病院内を歩くリハビリを開始され短期間で入院生活から開放されました。
今回はご自分の体験談を7月8日(前編)に続きお話しいただきました。

○ 大学運動部で学んだ事
山の遭難には大きく分けて「滑落」「雪崩」「疲労」の三つある。入山したら、基本的に誰も助けてくれないので自己責任・自己管理となる。
3000M級の山は樹木がないので100M滑落したら命を落とす程の大怪我となる。雪崩に遭遇しないためには午前9時前に歩くこと。凍傷になると、体が熱くなる感覚で衣類を脱ぐ行動に出る。磁石が効かない地域がある。例えば、別所温泉、能の病気が治ると言われている鹿湯温泉。                              
○入社した大手ガス会社にて営業を覚える
「盲目へびに脅えず」の実例 → 入社間もなくの会社訪問でソニーの井深社長(当時)が面談してくれた。後で大物社長と分かり自分もビックリ、上司もビックリ。でも、商談成立で社長表彰受賞に結ぶ。
火葬場見学の思い出話もご披露。(詳細略)

○会社整理について・銀行との付き合い方
競売と担保評価額の査定、銀行との折衝ポイントについてご紹介。(詳細略)

○倫理との出逢い
倫理法人会との出逢いからは1年になるが、以前から、自分の行動の基本軸として、<ちょっとした気遣い>に心掛けてきた。そのことで<信頼>が生まれ仕事にも役立った数々の事例をご紹介いただきました。(例、置屋に中華まんを届ける)
今、倫理と出逢い、それらの成功体験が実証できている。

○病気は生活の赤信号
トップが健康でないと、会社もガタガタ、家族、友人との関係もガタガタになる。
今回の自分の病気と自社がたどった教訓をお話しいただきました。

近藤会長の実体験に伴う瀬戸際での対処法に出席者全員興味津々の眼差しで聴かせていただきました。

文責)副会長 田村忠雄

2008年9月12日金曜日

今週の倫理 (577号)より 人生山あり谷あり プラス発想で成功を

「人間万事塞翁が馬」。これは中国の『淮南子(えなんじ)』に書かれている故事で、「人間」は「ジンカン=世間」と解釈される説と「ニンゲン=個人」と解釈される説がありますが、主に次のような内容です。

中国の北方の国に老人が住んでいました。ある日、この老人が飼っていた馬が逃げ出してしまいました。当時の馬は交通の手段でもあり、人々の生活にとって重要な位置にあったのです。

周囲は「かわいそうに」と気の毒がりましたが、老人は「馬が逃げたことが幸福につながるかもしれない」と
言います。そしてその言葉通り、逃げた馬が隣の国から立派な馬を伴って帰ってきたのです。周囲の人々は喜んでお祝いまでしました。

しかし、老人は「これが禍につながるかもしれない」と言います。しばらくして老人の息子がその馬から落ちて足を骨折してしまいました。周囲の人々は「あの馬さえいなければ、こんな不幸には見舞われなかったのに」と嘆きましたが、老人は「これが幸せにつながるかもしれない」と平然として言ったのです。

 その後、隣の国と戦争になりました。老人の住む国の健康な若者の多くは戦いに駆り出され、戦死しました。しかし、老人の息子は足が悪かったため戦いに行かずに生き残ったのです。
人生は長い目で見ないと幸・不幸、成功・失敗は分かりません。「禍福は糾える縄の如し」の教えの如く、悪いことがあっても希望を失わず、良いことがあっても有頂天にならずに気を引き締める必要があります。
石材店を営むI氏は、二十年ほど前に友人の三千万円の保証で債務を引き受け、公務員としてどん底の生活を強いられるようになりました。給与も抑えられ、生活費は五万円足らず。家を売り払い、家族もバラバラになってしまったのです。

路頭に迷ったI氏は倫理指導を受けました。すると「お墓参りに行きなさい」と言われたのです。借金と墓参は理屈として結びつかなかった氏でしたが、藁にもすがる思いでお墓参りを続けました。何日か経った時、亡き父のことが思い出され、父に対する思いが募り、涙が出て仕方ありませんでした。

そんなある日、墓地で「墓石クリーニング」をしている人から「おたくも墓石クリーニングをしませんか」と勧められたのです。しかし、その費用がありません。〈そうだ、自分で掃除をしよう〉と思い立ち、お墓の掃除をはじめました。それが思いのほか面白く、「よし、この仕事を独立させよう」と決心したのです。その後、事業は順調に発展し、今では石材店として工場まで持つようになりました。

「どん底の生活」が「墓参」の実践に結びつき、その墓参により「自分が変わり」、「よい出会い」があり、石材店を営む「縁」を結んでくれたのです。結局、振り返って見れば「どん底の生活」が事業独立のきっかけとなったのです。

長い人生、道のりは山あり谷ありです。苦しくてもプラス発想で前向きに、良いことがあっても喜びすぎず、さらに気を引き締めて日々の実践を疎かにせず、最後には成功を手にしたいものです。

2008年9月5日金曜日

今週の倫理 (576号)より 自分が決めた通りに自分が生きていく

都道府県倫理法人会では、それぞれ会報を発行し、県内の活動ぶりや元気な企業を紹介しています。今回は千葉県の会報から抜粋したものを紹介しましょう。

その企業は二〇〇七年に「ベストバンカー賞」に輝いた千葉銀行です。同銀の竹山正氏は、平成十六年六月に頭取に就任。当時は不良債権の処理で金融関係各社が縮こまっている中、氏は逆に積極的な手を打ちました。まず支店を十月に二つ増やしたのです。また、他行は俗にいう「貸しはがし」の方向でしたが、氏は「目の前にチャンスがあるにもかかわらず、自己資本比率のためにやらないのは、将来のためにマイナスである」と、翌年十二月に五千万株の増資をしたのです。結果、自己資本比率を保ちながら、貸出を増やすことができました。

氏の経営手腕やステップアップ仕事術、風通しのよい職場づくり等は、氏の信条や生き方に一貫しているものがあります。「経営も人生も、ブレずに自分で決めた通りに生きていく」がそれです。氏は千葉県館山市の米屋の八男として生まれ、身近に千葉銀行の支店があり、毎日集金にくる行員の姿にあこがれ、大学卒後に憧れの同行に入ったのです。

氏は入行時に、皆の前で「愚痴を言わない、言い訳をしない、人の悪口を言わない。それらは絶対にしない」と宣言しました。

「この三つを口にする人には、〈常に自分は正しいのだ〉という心があります。〈景気が悪い、部下が悪いから成績が伸びない、上司が悪いから自分がダメになる〉などと言っていると、自分の成績が止まります。問題が起きた時に、〈自分に何が欠けていて、こういう結果になったのか〉を考えてこそ、ステップアップできるわけです。ところが、この三つを口にすれば、自分は正しいから努力する必要がないことになってしまう。だから、この三つは絶対にしないと決めたのです」

さらに氏は「逆に言えば、サラリーマンが口にしたがるのが、この三つなのです。私の場合は、高らかに皆の前で宣言することで、口に出せない状況をつくりました。それが自分のやりたいことを実現する秘訣です」と強調しています。

現在は、経営に大切な要素を三つ掲げて実践中とのこと。一つは「潮目、流れを見て人より早く対応し、早く決断し、人より先に行なう。そのためには自分の思うようにすぐにパッと動ける組織をつくる」です。普段は役員たちと同じ部屋で、すぐに結論を出せ、すぐ行動できるということです。

二つは「気力・体力・人間力そして、知力の充実」です。前三つはその人固有の問題ですが、知力はトップに魅力があれば借りられます。氏は朝から決裁がいっぱいあり、常に気力・体力が充実した状態で判を押すことが求められます。そのためにも生活を改め、人間力を磨くことを怠りません。

三つは「風通しをよくする」です。社員に明確なビジョンを示すためには、トップがより現場に近いところにいる必要があるとし、悪い情報も聞こえるところにいるのが自分流と語る氏です。

2008年9月2日火曜日

9月2日 モーニングセミナー 「事業経営は家庭から」

「長月」第一週の横浜市中央倫理法人会講師は、倫理研究所より大村秀明法人スーパーバイザーのご出席をいただきました。

遠い北海道よりお越しいただき、倫理研修とモーニングセミナーと二日間にわたって講話を聞かせていただきました。

講話の中では、栞の中の夫婦は一対の反射鏡(夫婦対鏡)のくだりを引用して、一番身近な人に認めていただき、家族のことに苦労をしてきた奥様を大切にしていくことの大切さを、上手にすらすらとお話ししてくださるのではなくゆったりと時には笑みを浮かべて穏やかにお話ししてくださいただきました。

お仕事は土木施工業者のためか、がっちりした体格なのですが、風貌に似合わないソフトな話し方は参加者を魅了しました。

また、大村先生は食事の問いにはお酒は全然飲めないとのこと。倫理の懇親会席上でもウーロン茶だそうです。

理由をおたずねすると漁師だった父上が大変な酒乱で見ていてつらかったとお話しされ、とてもつらかったといい、納得したとともに、なんだか自分も反省させられる気がして一杯控えめにいたしました。(苦笑

自己紹介の中で、こんな話もありました。
「北海道倫理法人会の役員会はどこが一番便利だと思われますか? 」
実は東京の羽田空港近辺のホテルと伺い、驚きました。

北海道は東北の6県を含んだ広さであり、道内の単会役員会に参加しようと思えば、
4時間から8時間、場合によっては途中で一泊しなければならないといいます。

このため、各地にある空港を利用して東京に集合するなら1時間30分程度で集まることのできる羽田空港周辺が一番便利だという話を伺った時には思わず失笑してしまいました。


最後に、次の文章を参加者に渡されました。

「夫の誓い」

1 妻あっての我が命 妻あっての我が転職であることをかみしめ ひとすじに妻を愛して人生の喜びを分かち合います。

1 気づいたことをさわやかに 的確に処置して心を曇らせず妻との時間を慈しみます。

1 天を敬い人々を愛し、妻と共に生きていて本当に良かったと言える今日一日が過ごせますように。

「妻の誓い」

1 あなたの心をふんわりと優しく包み込み聞き上手な妻として、今日一日が過ごせますように

1 人の喜びを我が喜びとし 人の悲しみを我が悲しみとしていつまでもあなたと共に人生への奉仕の道を歩み続ける美しい妻になれますように

1 今日も子供たちにあなたの輝きを語り、讃えることのできる妻でありますように

大村秀明法人スーパーバイザーご夫妻のモットーをきかせていただきましたが、我が家でも努力しなくちゃ。と考えてしまいました。(苦笑

文:横浜市中央倫理法人会 専任幹事 鵜飼稔

2008年8月29日金曜日

今週の倫理 (575号)より 組織として個人として輝く年度を迎えよう

倫理法人会は九月一日より新年度(二十一年度)が始まります。役員をはじめ会員の皆様もまた新たな気持ちでスタートを切られることでしょう。

新年度を迎えるにあたり大切なことは、この一年を意義あるものとし成果をあげるために、組織としても個人としても明確な目標を掲げることです。しかし目標をクリアすることは、決して平坦な道程ではありません。予測せぬ出来事が起こってきて挫折することも考えられます。

そこで目標の達成に向けて心得ておかねばならないことは、常にプラスの心を持ち続けることです。いくつか例を挙げてみましょう。

・どんどん良くなる
・今が最高です
・力は無限です
・難しいことはひとつもない
・皆様のおかげです
・ありがとうございます
・やるぞ やるぞ 徹底的にやるぞ
・元気です
・燃えてきた
・やる気満々です

 こうした言葉を心の中で唱えてみましょう。また、声に出してみましょう。不思議なもので、体の奥底から力が湧いてきます。仮に困難に出遭っても、「負けるものか」とファイトが漲ってきます。

 そしてさらに大事なことは、目標を達成した時の情景を具体的にイメージしてみることです。より一層達成への喜びが満ち溢れてくるでしょう。

 山形市で食品の卸売業を営む(株)マルナカ中村商店(大正二年創業・中村恒一社長)では、「ビジョンをイメージし具現化しよう」との方針で『目指すマルナカの情景54』を掲げています。全社を挙げて取り組み、その実現度は約80%といいますから驚きです。その一部を紹介しましょう。

 ・会社に来るのが楽しい
・仕事ははつらつ生き生きと
 ・セールスマンはいつもニコニコ
 ・愚痴をこぼす人は一人もいない
 ・お客様にはさっと立ってご挨拶
 ・事務所はすっきり爽やか
 ・履物が揃っている
・トイレは清潔、いつもピカピカ
・床は舐めるように輝いている
・車は外も中もいつも綺麗
・買ったものは即金払い
・仕入代金は契約前日現金払い
・手形の発行は原則なし
・お客様の声は難題でも一度は受け止める 

プラスの心を発信源とし、常に達成や実現の姿を強くイメージする。決してあきらめることなく実践を積み重ねていけば、必ずや喜びの時は訪れます。組織としても個人としても、この平成二十一年度が輝かしい一年となりますよう、心より念じています。          

2008年8月26日火曜日

8月26日 モーニングセミナー 「筆相(筆跡)を変えれば自分も会社も変わる ~輝いて生きるには~」

8月26日第303回モーニングセミナー
『筆相(筆跡)を変えれば自分も会社も変わる ~輝いて生きるには~』

全日本書文化振興連盟  全国理事
渋谷区中央準倫理法人会  副会長
志村公敏様

「書は人なり、書は心なり」と言われるように、字を見て人柄(品格・性格)が分かる。
“字”には“心”が反映されている。よって、“字”を書いているのでなく“心”を書いているとも言える。
筆跡は人間の「書く」と言う行動の結果残された痕跡です。人間の行動は常に個体ごとの個有の行動傾向を伴っている(それを性格とか人間性という)ので、書く行動においても、書く人ごとに個有の特徴がある。
筆跡に現れる特徴は、一字一字の中に出てくる特徴と、ハガキの宛名のようなまとまった文字の集合体としての筆跡特徴があり合計68種類ある。
フランスでは筆跡診断士資格は国家資格として位置付けられている。

当日は、出席者各自が事前に自分の名前を書いて講師にお渡ししておいた実物書体を元に個々個人ごとにコメントを付して返していただきました。
また、有名人の筆跡実例や白板を使って、特徴が表れ易い文字「田」や「様」のいろいろな書体からの性格診断をコメントいただきました。併せて、ハガキでの宛名書きの実例の数々からの性格コメントとバランスの良い書き方をご指導いただきました。

特に心理学の分野では「過去と他人は変えられない。しかし、未来と自分は変えることができる」と教えられます。
どうせなら、普段、無意識に書いている自分の字の特徴を把握して「なりたい自分(社風)になれる」ように改善に努めましょう。
                                 文責)田村忠雄

2008年8月22日金曜日

今週の倫理 (574号)より 経営者の牽引力が目標達成への鍵

企業は、個々の社員が役割を分担し、掲げた目標に全力で向かい、利益を生み出していく集団です。それには、会社の目的(企業精神・理念)を全員で共有し、互いが持つ能力を目標達成に向けて燃焼できる集団とならなければなりません。

当然、リーダーには、新しい仕事や困難な課題に真っ先に取り組んで、部下や後輩に模範を見せる行動が求められてきます。 北京オリンピックに出場を果たしたバレーボール全日本チームの取り組みから、リーダーのあり方を学んでみましょう。

バレーボール全日本監督・植田辰哉氏は、二〇〇四年の就任時より「監督以上に五輪に行きたいと思っている人間が欲しい。チームを立て直すには強烈なリーダーが必要だ」と明言し、主将に当時三五歳の荻野正二選手を指名しました。「全日本のメンバーに選んだぞ。主将はおまえしかいない。オレと心中してくれ」と伝えています。

 植田監督は決して荻野選手を「置物」のようには扱いませんでした。あくまでも数多くいる全日本の一選手。日々の練習でも手加減はしていません。一対一でボールを拾わせるワンマンレシーブでは直々に相手をし、サーブレシーブの練習でもイージーなボールは決して打たず、坂道ダッシュも若手と同じ量を求めました。

「最終予選前の合宿で、バレーをやっていて初めて吐いた。あまりにきつくてトイレに駆け込んだ」と荻野選手は語っています。そんな姿を見せられては、若手はついていかざるをえません。どんな言葉より、同選手の姿は周囲に大きな影響を与えたのです。

〈強くなりたい。オリンピックに出たい〉というモチベーションを誰より保ち続けている荻野選手を、植田監督がリーダー(主将)として指名したのは、「彼なら必ずやってくれる」と心から信じていたからです。そしてその信を受けた荻野選手は、日々のハードな練習でも明快な目標をしっかり持ち、率先垂範の取り組みで、周囲の期待に見事に応えたのです。

企業経営も、決して一人で前進することはできません。多くの力を必要とします。その中で、周囲の人々と夢や目標を共有し、心を一つにして推進していくには、情熱に燃えるリーダー(経営者)が必要なのです。
物や金を失っても取り戻すことはできますが、企業が社員、協力関係者などに見放されたなら、これは取り返しがつきません。企業経営は結局、人が中心です。人的資源を最大限に活かしていくには、自身の燃える姿を常に見せていなければなりません。

リーダーに必要な条件を挙げておきます。

①願望(夢・志)を持ち続けている。
目指す目標を決めたら、たとえ小さな一歩でもそれに近づく努力をしていく。困難に出くわしてもニッコリ受けて、「何が何でもやりぬくぞ」と、願望を達成させる気概がある。明確なビジョンは前進のための糧となります。

②率先垂範
経営者・幹部が行動を通して手本を見せる。社員に望むことを自らが実際に示してこそ、社員は奮い立つものです。
集団は、リーダーたる者の勢いの有る無しが、ダイレクトに反映されます。パワー満載の「人間機関車」として、会社をグイグイと引っ張っていきましょう。

2008年8月15日金曜日

今週の倫理 (573号)より 物の本質を知り愛し抜く生活を

原油高にはじまる原材料の高騰が、様々な製品の値上がりを招いています。
原料が上がれば、その分を商品価格に転嫁できればいいようなものですが、景気低迷する中ではそうもいかない企業が少なくないようです。価格を維持し続ければ利益率は明らかに下がりますし、逆に価格を上げれば顧客離れは否めません。そして、その結果として倒産する企業が、ここ数年加速度的に増加していると言われます。

 そこで各企業では、様々な価格戦略を立て、この難局打開のための取り組みを進めているのが実情です。ある企業では、これまでの生産工程における人・物・時間などの無駄を徹底的に省いて、商品価格への転嫁を極力避けるよう努めています。また商品価格の値上がりを容認してもらうべく、顧客の声を集める仕組みを作って評価を高めることに、全社員で取り組んでいる企業もあります。ともあれ、それぞれの取り組みが、確実な成果を得られるように願うばかりです。

 ただし、ここで忘れてならないのは、原材料や機械そして商品といった「物に対する心の有りよう」の問題です。経営的には、利益を中心において、物をどのように扱っていくかということになりますが、実際に仕事に携わる段階では、「物の本質」を明らかにした働きでなければなりません。

「物の本質」とは何か。それは「生きている」ということです。原材料といい、それを加工する設備や機械といい、一切の物が人と同じように生きているのです。だから、それらの物に携わる人の心の有りようが、生産工程をはじめ、商品の販売に至るまで、大きな関わりを持っているわけです。

 よく「生産性は態度なり」と言われますが、生産性の高い企業では、人のみならず物に対する心の有りようが非常に高いことを容易に想像できます。実際に、こうした企業を訪問して感じることは、働く人と機械とがあたかも一体となって、製品を生みだしているかのように見受けられることです。さらによく観察すると、設備や機械の操作は丁寧で、原材料や製品を実に大事に扱っているのです。工場内は、清掃は行き届いて清潔感に溢れ、設備や機械は磨き上げられ、小物類の整理整頓もキチッとしているのには驚かされます。このような企業では、原材料を無駄にすることもなく、不良品もほとんど出ないということです。

「事実、どんな物質でも、いやしくも人と関係のある物は、人と同じように生きており、知恵もあり情けもあるもので、まるで人間と変わりのない、むしろそれ以上の賢さ精密さをもって生存している。それで、物を愛すれば愛するだけ、その人のために働き、いじめればいじめただけ、人にたてつき、くってかかる」(『人類の朝光』P185)

 改めて物との関わりを振り返ってみれば、いちいち納得のいく教えではありませんか。今あるすべての物は生きていると知り、前述のように実践していくことで、新たな経営環境を切り開いていきましょう。

今週の倫理 (572号)より 目は心の窓である

経営コンサルタントの田中氏が駆け出しの頃、建材屋のE社より社員教育を依頼され、同社を訪問した折のことです。

 事務所に足を踏み入れた田中氏は、大きな声で「東京のコンサルタント会社より参りました、田中です」と挨拶をしました。すると奥に座っていた専務とおぼしき人物が、「いらっしゃい」でも「お待ちしていました」でもなく、田中氏の顔をじっと見つめ、「わしはあなたを好きになれそうにないな」と言ってのけたのです。

 田中氏は売り言葉に買い言葉のごとく、即座にこの言葉に反応し、「私も専務さんを好きになれそうにないので、月一回おじゃまする日が決まりましたら、その日は席をはずしていてください」と言ったのです。

 一瞬、気まずい空気が流れましたが、その後、専務の姿をじっと観察していると、専務は自分と共通の性格の持ち主だと気づかされたのでした。専務は時々、社員に向かってダジャレを発します。すると社員の間に笑いが起きるのですが、ダジャレを発した専務は声を出して笑っても、目は笑わないのです。
田中氏も当時、親しい人から「田中君、きみはおもしろいことを言うが、目は笑わないね」と指摘されていました。それというのも、氏は自分の言葉に人がどのように反応するかを常に推し量っていたからです。

 文豪・吉川英治は、「人生は目と目の対決である」という名言を残しました。また、諺や譬えの中では、目に関するものが一番多いと言われます。一種の驚きを表現する言葉で「目を丸くする」といいます。予想もしていなかった出来事や話を耳にして驚いたさまです。「目を吊り上げる」という言葉もあります。心の中に怒りが込み上げてきた状況です。「目尻を下げる」とは、手放しで嬉しくてたまらないときなどを表現します。時々、田中氏と付き合いのある経営者から、突然、携帯電話を突きつけられ、「先生、これ内孫です。かわいいでしょう」などと言われると、これが普段、社員よりワンマンと煙たがられている人物かと驚くこともあります。

「わしの目の黒いうちは…」と相手に圧力をかけるときがあります。まだまだ他の者に思い通りにさせぬということです。これら以外にも「目を皿にする」「目の中に入れても痛くない」「目は口ほどに物を言う」「目にかどがある」など、数限りなくあります。

 その時々の心の動きが、手に取るように目に表われるのが人間だといわれます。心に不安や心配があるとき、怒りがあるとき、相手に対して敵意を抱いているとき、嫉妬に捉われているとき、感謝と歓び一杯に充実しているとき等、その折々の心の動きがストレートに表われるものです。総じていえば、「目は心の窓」という言葉に集約されるでしょう。

 心が強い人間は目に力があります。目に力のある人間は活力に溢れています。充実した気力・体力は目に出ます。常に目の輝きを保つことができなければ、経営者としての厳しい責務を乗り切っていくことはできないことを心すべきでしょう。

さて、かつてはいつの時も目が笑っていなかった田中氏。しかし最近では、「その時その場を思いきり楽しめば、目はおのずと笑う」ということを実感しているようです。

2008年8月8日金曜日

今週の倫理 (571号)より 我が社の使命はいったい何なのか

経営者像やリーダーシップが論じられるとき、たびたび「使命感」が取り上げられます。よく話題に上るのは、その事柄がこのうえもなく大切だからです。

今号では、大事業家として日本経済をリードした松下幸之助氏にスポットを当て、「トップが使命感を持つ」ことの大切さについて改めて確認しましょう。

松下氏が事業を始めた頃、氏は経営について大いに悩んだといいます。いったいどう進めていけばよいか、見当もつかない。商売で金儲けをすることに、後ろめたさも感じる。自分が儲かることで、潰れてしまう者も出る。悩める日々の連続でした。

そんなとき、知人がある宗教の信者になることを勧めてくれました。とにかく熱心なため、松下氏はその宗教の本部だけでも訪ねてみることにしたのです。
実際に行ってみると、巨大な本殿があり、そこにはイキイキと無償で働いている信者の姿がありました。松下氏は驚き、そのエネルギーに圧倒されました。

「どうして宗教はかくも力強く、盛大なのか。心の教えが大切なのはわかるが、人間の幸せには物も必要だろう。にもかかわらず、こちらは倒産を心配したり、金儲けに駆けずり回っていると軽蔑されて、クヨクヨするばかりだ。なぜなのか…」

帰りの電車でいろいろ考えた末、松下氏はハッとあることに気づきます。以下はPHP研究所の江口克彦氏が、松下氏から直接聴いたという言葉です。

それは商売に使命感がないからや。宗教には人間を救うという大きな使命感がある。それや、それなんやと思った。いまのままではいくら熱心に経営を行っていても、力強い活動は行われない。
それでは、商売をするものの使命はなにか。貧をなくすこと、貧をなくすことがわしらの使命なんや。そこで悟ったんやな、わしなりに。そしてこれがわしの経営を進める基本の考え方になった。そういうことがあって、わしは自分の仕事を一段と力強く進めることができるようになったんや。(『人徳経営のすすめ』PHP研究所刊)

 経営者に使命感が必要なのは、それがなければ自分を支えられないからです。どこに向かい、何を目指し進めばよいかが不明であれば、自分自身が不安であり、そして、そんな上司には部下も安心してついていくことはできません。

進むべき方向を自覚し、部下にしっかりと指し示すことで、部下は共に歩み、今よりももっと熱心についてくるようになります。使命感を持つに至るプロセスは、人さまざまであり、また一度持てば、それで済むというものでもありません。江口氏は、使命感に到達するポイントは、松下幸之助氏のように悩み抜き、考え抜くことだと言っています。

事業経営には、苦しく悩ましいことも表出してきます。その中で試行錯誤を繰り返し、「使命感」をさらに磨き高め、自身も会社も成長させていこうではありませんか。

2008年8月5日火曜日

8月5日 モーニングセミナー 「サラリーマンOBの利尻島こんぶ乾し体験記」

2006年1月に会社を退職、今だからできる何かをやろうと、利尻島のこんぶ干しに参加してみました。 意気込みだけで65歳の私が体力的にきついと聞いていたこんぶ干しですが、島の人たちの優しさや自然に触れられて楽しみながら途中で投げ出すことなくやり遂げることができました。 利尻島でも吹いていたハモニカはモーツァルトの曲。



退職した今を充実した日々で過ごしている角田さんでした。今日のMSは南区吉野町で欧風料理店「みーしゃ」をご夫婦で経営されている加藤正代さんが入会されました。

2008年8月1日金曜日

今週の倫理 (570号)より 法律至上主義の隠れた落とし穴

Mさんの職場は、東京都内の大きな道路に面したビルの四階にあります。
ある日、休憩のためベランダに出てみると、眼下を横切る道路の脇にトラックが一台停まっています。よく見るとエンジンをかけたまま、運転手は昼寝をしています。暑い最中のことですから、間違いなく冷房もかけたままだったでしょう。

現在、関東地区の八都県市(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市)では、平成十五年十月より、定められた粒子状物質の排出量基準を満たさないディーゼル車は通行ができないことになっています。

この地域に車を乗り入れるためには、新型のものに買い換えるか、低減装置を取り付けなければなりません。
しかし、基準を満たしていればよいわけで、環境に対して悪影響のあるものが全く排出されないわけではありません。冒頭に紹介した事例の場合も、エンジンをかけたままということは、その間も排ガスは出続けているのです。法律の整備はできても、その法律は万能の代物ではないことが伺える事例といえます。

本来、商取引とは法律によって規制されるものではありません。その業界における公正な倫理観によって行なわれるべきであり、倫理観を逸脱した商行為を行なう者は、業界から締め出されていくことが望ましい形です。

ところが最近では、倫理観ではなく法律のほうが重視されていて、法律以外は信じないという風潮さえあります。こうなってくると、「法律さえ守れば何をやってもいい」「ギリギリのところで稼いでやろう」と考え、法律の抜け穴を探し出します。それを抑えるべく、新たな法律を作れば、またその抜け穴を探し出す。この「いたちごっこ」は、際限なく続くだけでなく、法律が厳罰化され、犯罪を巧妙化させていくことにもつながります。これは、商取引に限らず、様々な分野において同様のことが言えるでしょう。

古代中国、前漢の初代皇帝・劉邦(紀元前二五六年または紀元前二四七年~紀元前一九五年)は、その覇権争いの途上で、自身の領地に「法三章」を宣言したと伝えられています。

それ以前は、万般に及ぶ細かな法律が庶民を苦しめ、官僚の不正が横行していたのに対し、劉邦の示した「法三章」は「人を殺せば死刑」「人を傷つけた者は処刑」「人の物を盗んだ者は処刑」という誰にでも分かる簡単なものでした。この宣言の後、庶民にとって住みやすい世の中になったことは言うまでもありません。

わずか三ヵ条のみであったにもかかわらず、住みやすい世の中になったのです。現代社会にも通用する故事として、学ぶべき点があるのではないでしょうか。

行き過ぎた「法律至上主義」は、思わぬ方向へ行ってしまう傾向があります。法律を良くも悪くもするのは、そのベースにある「倫理観」です。

経営者として正しい「倫理観」を持ち、会社で、地域で、そして家庭で、多くの人の手本となるよう心がけましょう。

2008年7月31日木曜日

7月29日 モーニングセミナー 300回記念「私の相撲人生」


横浜市中央倫理法人会300回記念モーニングセミナーを7月29日(火)ブリーズベイホテルで開催いたしました。

講話者は鹿児島県徳之島町出身、元高砂部屋(入門時は若松部屋)の力士、現高砂部屋マネージャの一ノ矢充様(本名:松田哲博)が「私の相撲人生」と題しましてお話しされました。

一ノ矢さんは昭和以降の最高齢力士「47歳」で初の国立大学出身の力士です。

当時の日本相撲協会の新弟子入門規定では慎重173センチ体重75キロ以上が必要でしたが、一ノ矢さんは身長166センチと7センチも足りないためそのままでは入門できない。それでもあきらめる気のない一ノ矢さんは身長を伸ばす体操をしたり、足にひもを縛り付けてホルモン注射を打つなど、あらゆる努力をしましたが、5ミリ程度しか伸びませんでした。
暫定的に身長を伸ばすために行った舞の海さんのシリコン話は有名ですが、舞の海さんのときにはすでにノウハウが確立されていて、頭皮の皮下に液状のシリコンを注入する袋をあらかじめ仕込んでおき、この袋にシリコンを入れるので、あとで袋ごと回収すれば元通りだったのですが、一ノ矢さんのころにはまだこんなノウハウは確立されていない頃でしたので、液状のまま頭皮下にシリコンを流し込んで、シリコンが流れてしまわないように、計測日まで横になり、さらにシリコンを入れた部分を保持するためにお椀を逆さにして押さえておくなどの工夫をして計測に臨みました。

こうした熱い思いと努力が通じたのか、新弟子検査で認められ、若松部屋に入門。一ノ矢さんの夢は叶いました。

最高位3段目六枚目小兵で出世はままなりませんでしたが、自らの選んだ相撲道をかたくなに貫き通しました。

現役時代は押し、出し投げ、肩すかしを得意としていましたが、毎場所のようにケガに悩まされました。
30歳代では、ケガを仲間と思い仲良くつきあうことを覚え、40歳代ではケガを自分自身ととらえて、身体と対話し見つめ直すチャンスだと思えるようになったといいます。

40歳を超える頃から相撲記者から年齢に関する取材が増え、その頃から相撲を「武道」と位置づけ、年齢に関係ない筋肉の付け方や使い方を知れば、まだまだ強くなれることを証明したいと思うようになり、年を取るのが楽しくなったとも語っていました。

2007年、47歳の結婚を機に引退した一ノ矢さんはこれからも相撲に関わって体の使い方など後進の指導に当たっていきたいとお話しされました。

(文:専任幹事 鵜飼稔)

2008年7月25日金曜日

今週の倫理 (569号)より 人を人たらしめるもの それは人の愛である

 今から八百年程前、ローマ帝国のフリードリッヒ二世が、多くの新生児を集めて恐ろしい実験を行いました。
集めた新生児に対してスキンシップを全く施さず、言葉も掛けることなく、世話係がミルクを与えて胃袋を満たし、排泄の処理だけして育てたのです。その結果、ほとんどの新生児が心を病み、多くが死んでいったというのです。

 この事実から、人は栄養補給と身辺処理だけではまともに生きてはいけず、スキンシップは魂の正常化をはかる上で極めて重要であるということは明らかです。新生児は親からの愛情を得ようと、精神的乾きを何とかして潤そうと必死なのです。

現在の日本を見渡すと、あらゆるところで魂の叫びが聞こえてきているという現状です。家庭・学校での教育が崩壊しつつある今、職場での教育が最後の砦ではないかとも言われています。
社員教育で頭を悩ませていたA社長の会社では、とくに若手社員の離職率が高く、無断欠勤・遅刻、トラブル等が後を絶たない状況でした。そうした中、経営者モーニングセミナーで輪読する『万人幸福の栞』の一節に氏は光明を見いだしたのです。

人を生み、育て、やしなう、これは親の愛である。家庭をつくり、社会をいとなみ、人の世の幸福と文化を生み出すもとは、人の愛である。
それからというもの、社員を我が子のように思い、専務である妻と二人で時には親代わりに叱り、時には誰よりも応援しました。A社長夫婦の家族以上の関わりに若手社員も心打たれ、「裏切れない」という思いから、問題が激減したのです。

 倫理研究所創設者の丸山敏雄は、その著『純粋倫理原論』「愛の倫理」の中で、愛を段階的に説明しています。最も低い愛情を自己愛であると述べ、これは己一人の為に愛を支配・独占、すべて我が物としようとする我情の変形であるとしています。恋愛は、この段階で終わるものが多く、男女の愛は、じつは動物愛を誇張したものであるとも言っています。

 次の段階として愛が人間のものになってくると、まず、滲み出るのは憐憫の情で、「気の毒だな」「かわいそうだな」という同情心となります。この時、人間の心は動物の心とは離れ、これが高められて友愛となり、師弟の愛となり、主従の愛となり、ついに親子絶対の愛になるというのです。

 多くの親は、子供のためならば、己を捨て子供を守ろうとします。子供が病気になろうものなら「自分が代わりに病気になります。だから子供だけは助けて下さい」と念じ、子供が危険にさらされようものならば、命がけで助けに行くでしょう。そこには自己愛など無く、我が子に幸せになってもらいたいという思いしか存在しません。

どのような人にも父親と母親は存在します。また親代わりとされる人が存在します。会社では社長が親であり、社員はかわいい子供たちです。社員の幸せを願い、親のような思いに至ったとき、真心の働きが姿を現わすのです。

2008年7月18日金曜日

今週の倫理 (568号)より 住職はお天道様

食品業界の一部企業による、賞味期限の改竄や産地の偽装。公立学校の教員採用に関する贈収賄事件。はたまた居酒屋タクシーなるものの、日本の中枢官庁街である霞ヶ関界隈への出没。連日、性懲りもなくと思えるほど、モラル低下の深刻さが報道される日本の現況です。

一九四六年、アメリカ人の文化人類学者ルース・ベネディクト女史は、著書『菊と刀』の中で独自の日本人論を展開し、日本文化を「恥の文化」と規定しました。しかし戦後六十年以上が経過した今、日本人が持っていたといわれる「恥じる」という高い精神性は、地に落ちたといった様相です。

しかし、それらをあげつらい、手をこまぬいて嘆いてみても状況は変わらず、いよいよ悪化の一途をたどるばかりです。まずは私たち一人ひとりが、身近な足下から改善をはかっていくことが大切です。
倫理法人会に入会して約一年が経過するK氏は、入会後まもなく「倫理は実践が大事」と聞き、先輩会員の勧めもあり、日常の身近な実践を徹底して行なってきました。

その実践とは、まさに足下の実践として「脱いだ靴を揃える」ということ。玄関に上がったら、腰をかがめて自らの手を使って、次に履きやすいように「出船」の状態にしておくというものでした。さらには、家族の靴が乱れていたら、何も言わずに整えるということも加え、付き合いでどんなに酔っ払って遅く帰っても、それを終始一貫続けてきました。

これが習慣となり、自宅以外で靴を脱ぐ際にも自然に行なえるようになり、自身の仕事においても一つひとつの仕事の後始末が苦手ではなくなっていました。
さらに嬉しいことには、この実践が新規得意先の獲得につながるということまで起こってきたのです。
K氏は仕出し料理屋を経営し、お祝い事はもとより、法事等でも料理を提供していました。そんな中で、あるお寺に半年ほど前からお取引頂けるようになり、現在では大きなお得意さんになっていました。そのお寺の住職が先日、料理を依頼するようになった経緯を初めて漏らしたのです。

それは見本を持って何度も訪れていた頃のこと、本殿の前で住職に商品の説明をしていた折、たまたま檀家のご家族がお参りにみえ、住職が案内に立った時です。一人残された氏は、いつもの習慣から、ご家族が脱いだ靴をサッと揃えたのです。この時の自然な姿を、住職が見ており、「この人物の会社なら安心して頼むことができる」というのが、決定理由だったとのことでした。氏は驚き、そして喜びつつ、陰日向なく、事業に臨む大切さを実感したそうです。

トップの日常の姿勢が企業の全体像として浮き彫りになることは、様々な企業不祥事を見ても明らかです。「お天道様」という言葉が最近聞かれなくなりましたが、他人の目があろうがなかろうが、自己の良心に恥じない行動をとることが、大切な実践といえるでしょう。

2008年7月11日金曜日

今週の倫理 (567号)より 倫理経営者として 世を照らす光たれ

昨今の国内における社会情勢を鑑みると、人としてあるまじき行為が巷で横行し、企業においては法令無視をはじめ、組織ぐるみの虚偽や隠蔽が常にマスコミの標的となって世間を賑わせています。
 さらに、原油や食材など原材料価格の高騰や建築基準法の改正の影響などにより、廃業せざるを得ない中小零細企業も増えつつあります。今後の日本を支える経済は、霧に包まれた時代に差し掛かっているといっても過言ではありません。

 企業は「勝ち残る企業」「生き残る企業」「潰れる企業」の三種類だといわれます。中でも、「勝ち残る企業」は全体の5%足らずとされ、大多数の企業は日夜、喰うか喰われるかの生き残りをかけた壮絶なサバイバルを展開しています。

 しかし景気がどんなに悪くとも、絶妙の経営感覚をもって変化の波に乗り続けて成長・繁栄を手にしている企業は存在します。『会社の品格』(小笹芳央著、幻冬舎)に紹介されている、成長・繁栄する企業や経営者の五つの源泉を紹介しましょう。
 
一、専門性(企業として経営者としてある特定の分野に長けている、ある分野で高い評価を得ている、メンバー以上に経験が豊富である。そういった専門的な技術や資格、知識、情報をもっているかどうか)

二、人間性(経営者として人間的魅力、身体的魅力、人間的資質など、人間観の構築にどれだけ努めているかどうか)

三、返報性(社員が「この社長の期待に応えたい」「この会社の発展に貢献したい」という強い感恩と報恩の情を、どれくらいもっているかどうか)

四、一貫性(経営者として言行一致の姿勢を貫き続けているかどうか。また、経営理念や社是・社訓など「何のために」という大義や方向性を企業として持ち続けているかどうか)

五、厳格性(経営者として信賞必罰を妥協や迷いなく実行できているかどうか。自分に対する厳しさを持っているかどうか。社内にいい意味での緊張感や空気を作っているかどうか)

 ここに紹介した成長・繁栄する企業や経営者の五つの源泉をすべて取り入れるということは、なかなか難しい部分があるかと思われます。しかしどれか一つでも、経営者として企業として取り組んでみることで、現況の打開策に活用してみてはいかがでしょう。

倫理とは、人間間の道理や根本原理を指しますが、倫理法人会の会友は、その倫理に基づいた経営のあり方、経営者としてのあり方を学ぶことにより、地域経済ひいては日本経済を支えることを一つの目的として活動を展開しています。

 明るさの乏しい現代において、太陽のような力強い熱気と八方を照らす光をもった経営者であり続けたいものです。

2008年7月4日金曜日

今週の倫理 (566号)より 両親との関係が人間関係の根本

先日起きた秋葉原での連続殺傷事件についての報道でもクローズアップされていましたが、人との絆が薄れ、孤独になるとエゴが増長し、物事を正しく見られなくなります。一方、人と人との絆が強まることで、自分の周囲に様々なよい流れを作ることが出来ます。人は人と交わることによって本当の人になるのです。

 親子関係で問題を抱えていたA氏は、子供の頃は可愛かった長男に対して、「もうこの子はいないほうが、我が家は幸せになるのではないだろうか。幸いにも次男がいることだし、長男はどこかに出て行ってくれないものだろうか」と真剣に思うようになりました。

 この時、A氏の夫婦中もまた冷えていました。夫婦として一緒に住んでいるものの、ただ同居しているだけといった関係でした。さらには、長年の懸案事項であった両親との関係も未解決のままで、とくに父に対してマイナスの感情がぬぐい去れないでいたのです。

そんなA氏の悩んでいる姿を見た友人が、A氏を地元のモーニングセミナーに誘いました。そこで「両親との関係の良し悪しがあらゆる人間関係の根本をなす」と知り、さっそく疎遠になっていた今は亡き父の墓参りに出向き、これまでの心間違いを詫びます。その後も定期的に墓参を続ける中で、それまでは嫌っていた元気な頃の父の言動は、実は自分たち兄弟への愛情の表われだったことに気づきます。

この気づきとほぼ時を同じくして、妻との関係も長男との関係も改善の方向に進み、今では夫婦関係はもとより、長男との関係も良くなり、家族としての幸せをしみじみと味わっています。 

 わずらわしさや苦手意識、また人の好き嫌いなどから、他人との絆が希薄になった状態は、自分では気づかないものの自己中心的な生き方になっています。そのあり方は、自分を守り、尊重するようで、実は自他の生命をも疎かにする行為となります。

 この私たちを取り巻く絆には、大きく分けて縦(上司・部下などの関係)と横(同僚・友人などの関係)という二種類の絆があります。この二種類の絆を共によくするには、わが両親との関係をより良くすることです。両親との関係を良くできる人は、自分の周囲に起こった出来事に対して、何を意味するか気づきやすくなります。

 自分の身に起こってくることは、苦しいこと(自分にとっては苦しい出来事)であっても、不必要なことは何一つなく、《全ての出来事には自分を成長させる何かの意味がある》ものです。
しかし、両親との関係がよくない場合は、様々な出来事に含まれる大切な意味に気づかず、見過ごしやすくなります。その出来事が苦しみ事ならば、単なる苦しみのままで終始し、せっかくの自己成長の機会を逃すことにもなります。

そこで両親との関係をよりよいものにする実践として、もしもこれまでに間違った感情を親に向けていたならば、A氏と同じように素直に詫びることです。両親の現在の生存の有無に関わらず、頻繁に顔を見せる、(墓前に)報告をするなど、できる限り喜んでいただける精一杯の努力と実践を継続していきたいものです。  

2008年7月1日火曜日

7月1日 モーニングセミナー 「狂言の世界」



本日の講話者は大蔵狂言師の善竹十朗様です。(※重要無形文化財総合指定保持者)

「能楽」は21世紀になり、国連世界無形遺産に認定され、日本でもにわかにクローズされてきました。

そもそも「能楽」とは、「能」「狂言」のふたつを併せて「能楽」といい古くから大衆芸能として今で言うミュージカルやコントのような位置づけで愛されてきたわけですが、明治以降、時の政府が幕府の大事にしてきたものより、まず外国のものを紹介して、これらに追いつけ追い越せという政策を行ったため現代のように「能楽」を知らない人が増えてしまいました。

しかしながらここにきて、世界無形遺産のこともあり、日本古来の伝統芸能を楽しんでみようという機運もたかまってきたようです。
たとえば、横浜能楽堂の館長(元アサヒジャーナル編集長)は「能楽」への造詣が深く、新しい能楽の楽しみ方を発信するなどの取り組みを行っています。


「狂言」は人間の弱い部分を表現し、それをみんなで笑うといったコメディなので、いつの時代にも受け入れられるものであり、堅苦しく考えずに楽しんでいただきたいと思います。

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「狂言」の演目のくだりなどを実際に間近で詠っていただき、とても楽しいMSでした。


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※重要無形文化財総合指定保持者とは、国の重要無形文化財を正しく継承している人を認定する制度です。

2008年6月27日金曜日

今週の倫理 (565号)より 人天に順えば、天また人に和す

梅雨の季節を迎え、鬱陶しく感じている方も多いのではないでしょうか。

 新聞の記事によれば、沖縄や奄美地方では例年五月前半に入梅し、九州南部も五月末には入梅することが多いようです。本州でも五月には「梅雨の走り」といわれ、三日に一度は一ミリ以上の雨が降り、一ミリ未満の弱い雨が降る日を含めると、東京辺りでは二日に一度は雨が降っています。

 さて、私たちが学ぶ純粋倫理という、よりよく生きるための心の生活法則では、自然の恵みである天候気候に対し、不足不満を思わず、恵みであると感謝して、日々、天候気候に順応した生活をしていると、不思議と天候気候に恵まれた生活を送れるようになると説いています。

 これは「人天に順(した)がえば、天また人に和す」などと表現されますが、この言葉は、自分の力ではどうすることも出来ない自然の営みに対し、不足不満に思って不機嫌に心を曇らせて生活することの愚かさを戒め、どうにもならないことは、そのまま、ありのままを素直に受け止め、明るく朗らかに屈託なく生活することの大切さを教えてくれます。

 明るく朗らかな心の持ち主には、明るく朗らかな環境が開け、そうでない人には違う環境が用意されていることを、先人たちは経験的に知っていたのでしょう。
天候や気候に対し、「鬱陶しい」「寒くていやだ」「暑くていやだ」などと不満に思っている人は、こうした経験則に基づいて、心の在り方や据えどころを変えてみてはいかがでしょうか。きっと今までと違った、明るい環境が開けてきます。

毎日のように変化する天候や気候に不満を持つ人は、日々そうした心のあり方を積み重ねていくだけに、心のあり方が悪い方に積み重なり、もう癖になってしまっている場合も少なくないようです。その日の天候に感謝するか、不満に思うか。一見、小さなことに思えることに意識を向け、変えていくことが自己改革の近道です。

漢方薬のように、効き目はゆっくりですが、確実に効果が上がります。
小さなこととは、日常足下の当たり前に思えるようなことです。こうした小さなことに意識を向けて磨きをかける訓練をするには、むしろ梅雨の季節は絶好といえます。

「今日は天気がいい」「また雨か…」など、私たちは毎日の天気に一喜一憂して心をマイナスに動かしたりプラスに転じたりしています。中には雨が好きという方もあるでしょうが、梅雨時は毎日のように雨が降り、気温も湿度も高く不快指数が増す季節。これを逆手にとって、自分を変える楽しい季節としてみたいとは思いませんか。

自己改革というと、山に籠もるとか滝に打たれるなど、非日常的かつ特別なことをしないと叶わないように思いがちですが、「小さなことに意識を向けて変える」という、ほんの日常の些細なことからも可能なのです。
自己改革に取り組み、明朗で闊達な心境に達したとき、「天また人に和す」不思議な世界も開けてきます。
この季節、「雨もまたよし」と朗らかに受け切り、実際に声に出すと、その気になってきます。試してみてはいかがでしょう。

2008年6月24日火曜日

6月24日 モーニングセミナー 「後始末の効用」

本朝は倫理研究所法人局、松本光司研究員の講話です。

後始末とは物事の終わりではなく、次のスタートの準備です。

たとえば1992年当時のニューヨークでは殺人事件の数が2154件、重罪事件の数が626812件ありました。
この状況を憂い、当時の市長は110億円以上を投入して地下鉄の落書きを消すなどの清掃活動を行いました。
その結果、5年後には1997年には殺人事件が70件と約60パーセントの減少、重罪事件においては355893件と約半分になりました。

これが世に言う「割れ窓理論」ですが、これを企業経営にも反映させて考えてみると、まず汚い場所にいるとやる気が出てこないものです。その結果として営業力の低下、健康被害、注意力の低下や散漫、ひいては労働意欲の低下につながるのです。

いらないものを捨てて、よどんだところを作らないように気を配り、社内をいつもすっきりさせておくと大切なひらめきも生まれてきます。

では、どんなものを捨ててすっきりさせたらよいでしょうか?

研究員は、4点挙げています。

1 過去の栄光や思い出
2 レベル(品位)を下げるもの
3 いつか使えると思うもの
4 もったいないと思うもの

一見、エコに反していそうですが、会社にも自宅にも入れ物としての限界があります。
もったいないだけで、何年も使わないものなら、取捨選択をされるとよいでしょう。という講話でした。

2008年6月20日金曜日

今週の倫理 (564号)より 職場の教養の活用が社員の変化を呼ぶ

倫理法人会の会員には、特典のひとつとして会費一口につき『職場の教養』という小冊子が三十冊贈呈されます。
 同誌は職場の朝礼に活用するもので、社会人としての行動指針や人としての心のあり方など、毎日多岐にわたるテーマで一カ月分をまとめてあります。

 使い方は各社で自由ですが、基本的にはリーダーを決めて、そのリーダーが本文の最初と最後の段落を読みます。途中の段落はリーダーが「ハイ」と区切り、それを受けて次の読み手が積極的に「ハイ」と返事をして読み進めます。
全文を読み終えた後にリーダーが感想を一言述べ、最後はリーダーの音頭に合わせて、具体的な実践の目標が示された「今日の心がけ」を全員で唱和します。

 多くの倫理法人会会員企業が活用していますが、様々な喜びの声が担当者のもとに届いています。
 次に紹介するのは、三十代の女性社員から送られてきたミニ体験です。

 私は中途採用で今の会社に入社しました。ところが二十二歳の女性社員で、なんとなく苦手な子がいました。

年は私が上なのですが、彼女の私に対する視線には「後から来たくせに」という冷たいものを感じます。しっくりいかないまま数日間が過ぎました。

 そんなある朝、『職場の教養』の「今日の心がけ」に「先手で挨拶をしましょう」とあり、ハッとしました。挨拶もせず、言葉も交わさずでは、ますます気まずい雰囲気になってしまう。勇気を出して自分から声をかけてみようと決意しました。そして翌朝、私は思い切って彼女に「おはようございます」と挨拶をしたのです。すると彼女からも「おはよう」と挨拶が返ってくるではありませんか。これを境に彼女の視線から冷たさが消え、古くからの仲間のように温かく気軽に接してくれるようになったのです。

 以前の職場では朝礼はありませんでしたし、もちろん『職場の教養』を読んだこともありません。今この職場で『職場の教養』に出会えたことをとても嬉しく思っていますし、たった一言の「おはよう」がこんなに人間関係をスムースにするとは、私にとって初めての体験でした。

 どの職場でも初めて『職場の教養』を導入した時には、社員からは様々な反応があるものです。「仕事と何の関係があるんだ」「こんなことをやっても時間の無駄では」など。しかしここでトップが挫けてしまえば、すべてが水泡に帰します。

 ものごとはいったん始めたらとにかくやり続けることです。やり続けるうちに、必ず社員にもその良さや必要性は伝わります。また、そう信じてトップが真剣に取り組むことが大切です。
続けるうちに「社員が積極的になった」「自分の考えをハッキリと言うようになった」など、その変化を感じられるのはトップにとっても最高の喜びです。一日一日の積み重ねですが、その成果は計り知れないものがあるのです。

2008年6月13日金曜日

今週の倫理 (563号)より 繁栄への道は早起きから始まる

倫理というと、堅苦しいものと思い、少し構えてしまう人があるようですが、そんなものではありません。特別むずかしいことでもないのです。

倫理の学びは、朝起き、あいさつ、返事・笑顔・後始末といった、人として社会生活をおくるために当たり前のことを、しっかり実践していくことなのです。

この教えをあらゆる業界の経営者が企業経営に活かし、基本的な事を実践して素晴らしい企業風土を育んでいるのです。そして日々の実践活動を通じて社会のために仲間づくりを楽しみつつ、「日本創生」に向かっていこうというのが私たちの目的です。

まずは、朝起きの実践です。「朝起きは繁栄の第一歩」という標語をかみしめましょう。朝、目が覚めるということは、自分の力ではなく大自然の力によるものです。大自然の大きな力で生かされているのが私たちなのです。

グズグズしていて何の得があるでしょうか。毎日のグズグズ時間によって、精神的・物理的に失うものの蓄積は、ばかになりません。

今日一日が私の、あなたの人生です。そして、今日は二度と戻ってこないのです。「やり直しができない」と気づいたら、のんびり朝寝などしてはいられないでしょう。朝は一日の出発、スタート。お互いに持っている能力や個性を発揮する第一歩と心得て、模範となる朝起きの実践に磨きをかけていかねばなりません。
朝起きを実践している人は、仕事を追いかける人になっていきます。仕事を積極的に追いかける人は、仕事が順調に進み、人が都合よく来てくれます。営業の話がより良くまとまり、外回りでの交通の流れまでがスムーズに運んでいくのです。

T氏は、六年前から朝起きの実践に真剣に取り組むようになりました。倫理法人会が主催する「経営者モーニングセミナー」に積極的に参加しています。

午前六時からの「経営者モーニングセミナー」への参加を一つのきっかけに、毎日午前四時には起床。会社に一番乗りをすると仕事も効率よく進むことを身をもって体験しました。
S氏は、健康不安をいだきながら消極的になっていたことを反省し、生活を朝型に変えて積極性を高めました。するといつの間にか、先手の挨拶と「ハイ」の返事が身についてきたのです。健康への不安は、いつしか消えていったことはいうまでもありません。

N氏は、倫理は実践することで身につくものと心し、様々なことに挑戦しています。
朝起きの実践、そして夫婦での朝の挨拶、トイレ清掃と、すべてに喜んで磨きをかけているのです。
「自分に負ける人は何をやっても大成しない。朝起き一つ出来ずに何ができるか。『ねむたくばいつまでも眠れ墓の中』」(「清き耳」丸山敏雄著)といわれるように、倫理の実践は日常のごくごく当たり前のことであって、誉められたり、はやし立てられたりするものでもありません。朝起きは繁栄の第一歩と心得れば、おのずと私たちがするべきことは見えてくるはずです。

2008年6月6日金曜日

今週の倫理 (562号)より 心ひとつになる時 社全体が輝きを増す

 時代の変化は、年々早まってきているようです。ひと昔といえば十年だったものが、現在では一年一昔となり、十年は大昔にさえ思えるほどです。この急激な変化の中、厳しい競争に勝ち残るためには、社長の人間力を中心に全社員が一丸となり、いかなる経営環境の変化にも対応できる組織力を持つことが大切です。

 中小企業の強み「三条件」としてよく聞くのが、「労使の一体感」「機動力」「マーケット感覚」です。

「労使の一体感」とは、いうまでもなく社長中心に全社員の一枚岩体制です。「機動力」は、即実行・即対応であり、徹底した顧客サービスなどです。「マーケット感覚」とは、顧客ニーズを肌で感じて、それに対応していくことでしょう。経営者の誰もが、この「三条件」を軸に、様々な経営危機を乗り越えて、今日の基盤を造ってきたわけです。

 ある地方で、民間車検工場中心に板金・塗装工場を経営するT社長は、「うちは、いかなる経営環境の中でも、勝ち残る自信がある」と言い切ります。その理由として、「顧客のために」を念頭に、親切・丁寧・真心のサービスを実行していることを挙げます。それも社長の命令や指示によるものでなく、社員各々が積極的に話し合いながら取り組んでいるというのですから、社長の自信も頷けます。

 社員の仕事は、始業時間前のミーティングから始まります。その日の仕事の確認をはじめ、予約客に対しては到着時間を見計らって入り口に立って迎える、帰りの際は出口まで行って丁寧に見送るなどまで話し合うのだそうです。また、その日のすべての仕事が終了しても、すぐに帰るのではなく、ミーティング通りに仕事が進められたかどうかを全員で反省します。良かった点は続行し、悪かった点は即座に改めるなどの努力を重ね、現在の「三条件」を満たす社風を作り上げてきたのです。

 同社には社員の応対力の高さがあります。待合室のみならず工場内がきちんと整理され、チリ一つありません。その待合室には飲み物が準備され、ゆっくりとくつろげるソファーもあるのです。さらに驚いたことに、その待合室から工場内がすべて見えるようになっているのです。客の誰もが、自分の愛車を大事に扱ってくれている様子を確認でき、嬉しくなるでしょう。あたかも工場内において、人と物とが一体となって、喜んで働いているかのようです。T社長は「私はただ、社会貢献を目的に経営を進める一方、社員の物心両面を高めることに努めてきただけです」と控えめです。

「事業の倫理」に、「『この仕事は、あくまで、世のため人のためにするのだ』という目的がはっきりと立って、いつまでもそれ(初志―創業精神)を貫きとおす、これが繁栄の秘訣である」とあります。さらに「一つ心にかたまって、思いきって行なうとき、ここに奇蹟が現われる」とも教えています。これこそが、経営者の人間力を高める大きなポイントであり、また社員が心一つになって顧客志向の実践に向かう不動の柱となるものなのです。

2008年6月3日火曜日

6月3日 モーニングセミナー 「海の安全・安心について」


本日は前海上保安庁長官 石川裕己さんの講話。


日本近海における多くの事件・事故の発生と海上保安庁の活躍を海保ジャーナルという海上保安庁広報誌を使って、ご講話いただきました。

海上保安庁は不法入国船舶の監視の必要性から、バラバラだった行政組織を統一して昭和23年5月に海上保安庁が発足しました。

海上保安庁旗は旧海軍とは違うという意味から、色は赤ではなく青とし、マークは錨ではなくコンパスなのです。(現在も警察の一機関)

昭和35年くらいからタンカーの事故も多く発生し、火災および海の汚染というのが問題となり、昭和40年代には全日空の羽田沖墜落事故も起きました。

日本は四方を海に囲まれた島国であるため、領土は238万平方キロメートル(世界で61番目の広さ)しかありませんが、排他的経済水域(200海里)は447万平方キロメートル(世界で6番目)、海岸延長キロは3万5千キロ(世界で6番目)の長さを有する国であり、また日本は貿易立国ゆえ、輸出入で成り立っている国であるため、国際貨物の99パーセントが海上運輸に頼っています。

また、油類、セメント、鉄鉱石などの基礎物資は日本国内においても80パーセントが船舶で運ばれているわけです。

食料においても、約60パーセントが海外からの輸入に依存している日本では、そのほとんどが船で運ばれてきていて、エネルギーにおいてはその90パーセントが船便です。

こうした日本の生命線、海上の安全を1万2千余名の海上保安庁のみなさんが守ってくれています。

普通に生活していると気がつかないのですが、日夜日本の安全を守ってくれている人たちがいることを思い起こすモーニングセミナーでした。

2008年5月30日金曜日

今週の倫理 (561号)より 心に正直に生きる時思わぬ力を得る

 経営コンサルタントの中村氏が駆け出しの頃、出会った人物の一人にО氏がいました。初対面の時から、このО氏には中村氏は驚かされ続けでした。

 О氏と中村氏が出会った時、まずは氏の挨拶に違和感を覚えました。お辞儀はお辞儀でも、頭を下げないお辞儀だったからです。膝だけを曲げて「コンニチハ」です。

見ていると、誰に対しても頭を下げず、膝だけを曲げる挨拶をしています。見るに見かねた中村氏が「Оさん、挨拶というものは相手に敬意を払うものだ。頭をわずかでも下げるものだよ」と言ったところ、О氏は
「自分は六十年以上このスタイルを通してきたので、誰が何と言おうと今さら変える気はありません」と言い返しました。

 その後、会うたびにО氏には驚かされっぱなしです。ある時、地元の警察署長を呼んで講演会を開催することとなり、О氏は進行役として大いに張り切っていました。講演が始まると、どこからか一匹のハエが紛れ込んで、署長の周りを飛び回り始めたのです。原稿の上に止まったり頭に止まったりで、署長も手でさりげなく追い払うのですが、ハエはなかなか壇上から離れようとしません。

すると、進行役のО氏が突然ノートを丸めて壇に上がり、演台の角に止まったハエを叩いたのです。中村氏は、今まで色々な所で講演をしてきましたが、後にも先にも、進行役がハエを叩きに壇上に出てきたのはО氏だけです。

 署長もハエ叩きに驚いたのか、その後はヤル気が萎えたようで、予定より早めに壇上を降りてしまいました。中村氏は署長と聴衆の皆さんに申し訳なく、О氏を厳しく叱りましたが、О氏はいっこうに堪えた様子も見られません。

 ある早朝のこと、鍵当番のО氏が遅刻して来たときのことです。遅れてきたО氏は明るい声で「待ったー?」と言った後、「待つのも勉強」と言ってのけたのです。さすがの中村氏も、もう叱る気も起きませんでした。

 とにかく会うたびに驚かされるО氏の言動でしたが、不思議とО氏を取り巻く人々がО氏の批判めいた言葉を口にすることはありません。それどころか、時には「Оさんは立派だ」と褒め称える人までいたのです。というのも、もともとО氏は大変な資産の家に生まれ、本来であればその資産を受け継ぐことができましたが、「坐って半畳、寝て一畳あればいい」と、その資産をすべて町のために寄付したのです。そのお金で、多くの貧しかった子供たちが勉強の場を与えられたといいます。

 中村氏は、О氏のマナーの悪さと資産すべてを投げ出した両面のギャップに戸惑いましたが、彼の持つ奔放さと明るさは、金も常識も、そして恥さえも捨て切ったところから来ているのだと理解しました。

「人は褒められて一物も得ず、腐されて一物も失わず」という言葉があります。人間は自分の心に正直に生きる時、思いもしない力が湧き起こるといいます。大らかな心で、今という一瞬を精一杯生きましょう。

2008年5月23日金曜日

今週の倫理 (560号)より 知ってることはやらなきゃ意味ない

四月に入社した新入社員も、一カ月を経過して、少しずつ職場の雰囲気にも慣れてきたころではないでしょうか。
音楽情報サービスのオリコンがインターネットを利用して、二〇代、三〇代、四〇代の男女各一五〇人、合計九〇〇人を対象に「新入社員に対して求めたい力」というアンケート調査を行なったところ、第一位には「挨拶力」がランクしました。

技術的な能力よりも、人としての基本的な能力といえるものが一位となったところに、深く注目すべきでしょう。続く第二位は「行動力」、三位は「人間力」となっており、《どれだけ仕事ができるか》よりも、《人として当たり前のことができるか》が必要であるという結果です。

しかし、これは見方次第では「社会人となる年齢になっても当たり前のことが出来ていない」からこそ「求めたい力」となっているともいえるでしょう。

さらにもう一歩突っ込んだ見方をすれば、「当たり前のことが出来ない新社会人」を生み育てたのは、他でもない「求めたい力」として回答した、いや、もっと上の世代をも含む「人生の先輩たち」であるという事実が浮かび上がります。

戦後復興の中、わが国は物の豊かさを追い求め、心の部分をどこかに置いてきてしまいました。人としての基本的な能力よりも、試験をパスするための学問(技術)を詰め込まれ、いわゆる良い学校、良い会社に入ることが、豊かな生活への入り口だと信じてきたのです。

確かに生活は豊かになり、多くの物やサービスを手にすることが出来るようになりました。ただ、その半面、失われたものの数は計り知れず、たとえば倫理や道徳などの範疇に含まれるものは、もともとが目に見えないものだけに、何を失い、何を取り戻さなければならないのかが実は分からないという、非常に厄介な状況に陥っています。その改善策として、冒頭で紹介した「求めたい力」の調査結果は非常に有効なものと考えられます。

どうやら「挨拶力」という基本的な部分が大切であるという点は、多くの人が分かっているようです。ただ、分かってはいながらも「行動力」が伴わず、挨拶を交わすことが少ないので、コミュニケーション能力である「人間力」も欠けてくる、という図式になるのです。

答えは簡単です。要は、正しいと思っていることを「行動」に移すだけです。机の上で分かっていることも、動いてみてこそ初めて意味を持つのです。

今や義務教育以上の就学率は、中等教育(高等学校)で限りなく一〇〇%に近くなり、中等教育卒業者のうち二人に一人は高等教育(大学・短大・大学院)へ進学する時代です。この数字と世相を見比べれば、必ずしも知識の高い人が世の中を良くするとは言えないようです。

世の中を良くしていくのは、最後は一人ひとりの「行動」です。「挨拶をする」「ゴミを拾う」「ポイ捨てをしない」など、日常の中にある当たり前のことを、当たり前にできる社会の一員として、世の中に貢献したいものです。

2008年5月20日火曜日

5月20日 モーニングセミナー 「徳の自覚」



昨晩の倫理経営講演会のあと、続いて那須先生にご講話いただきました。
本日は朝から嵐模様で参加するのも一苦労ですが会員のみなさんはものともせず参加しています。

先生は、倫理研究所でいう「徳」とは原因のことを指している。といいます。

原因と結果、因果で言うと因の部分の自覚が重要です。

人は現在を生きていて、これからどうするか。といった未来に対しては行動をおこすことが日常的に誰もが行っています。
一方で過去は変えられないから、過去のことは関係ないと考えがちです。

ところが、今の自分は過去(両親や祖先など)があるから今があるわけですから、原因となることをないがしろにしてはいけないのはもちろん、自らの親を通して祖先を自覚し、自分は多くの支えがあって今を生きていることを知りましょう。という講話でした。

2008年5月19日月曜日

平成20年度倫理経営講演会 日本創生の心 ~家族~



今日は、横浜市中央倫理法人会の年中行事、イブニングセミナーに、講師として倫理研究所研究員、那須隆さんをお呼びしてご講話いただきました。

鍼灸師でもある先生は、男性の肩こりは比較的簡単に直せると言います。

男性の場合、食べ過ぎ飲み過ぎ、仕事のしすぎ、この・・すぎを少し控えて、不足しているもの
(たとえば、睡眠や休暇など)を補ってあげれば男性の肩こり腰痛はたいていすぐに良くなってしまいます。
ところが女性の肩こりはそうはいきません。
これを直すのに一番いい薬は、ご主人の悪口を辞めることだそうです。

私のお話ししたとおり、料理を一品増やすとか、ちょっと優しい言葉をご主人に掛けるなど、ほんの少しでいいから家庭を顧みて、喜ばせてあげてみてください。。。。こういうとなかなか実践していただける方は少ないのですが、10人中1,2人は実践していただける方がいらっしゃいます。
この方たち、一週間位すると「先生の言うとおりやってみたら、本当に腰痛や肩こりが直りました。」という報告を数多くいただきます。

でもこれは私が直したわけではありません。私は倫理を学び、その人たちは自らの中にあったことを少しだけ改善することで、腰痛や肩こりが直ってしまったと信じています。
この方のやっていることを倫理実践というのです。

また、倫理研究所の教えている純粋倫理とは、端的に言って「捨てる」学びです。

私たちの生活のなかで、自分の捨てるべきモノは何か?
人間の共同生活を営む上であってはならない心持ちをもっていて、それが家庭を会社経営の歯車をおかしくしているといった原因は、じつはその方の心の持ち方にあるのです。

奥さんやご主人に対する、何かが気にくわない。とか、もう少しやってくれれば。。
といったよくない心持ちを捨てて、今に感謝しよう。という学びです。

ですから、何も覚えなくてもいい、何も足さなくていい、補わなくていいのです。
自分で捨てるべきモノは何か。。。恨み?つらみ?ねたみ?

純粋倫理の学びで、人間はそのままで完全である。そのままがすばらしい。ありのままが尊いのだ。とあり、もう少しこうなってくれたら、満足するとかではなくてそのままを受け入れましょう。とする考えがあります。

家族の中でもこうした心の持ち方で暮らせば、よりよい家庭を築けるとお話しいただきました。

2008年5月16日金曜日

今週の倫理 (559号)より 気は行動を変え行動は人生を変える

 暖気―寒気、景気―不景気、元気―病気、本気―浮気、売る気―買う気…など、私たちの周囲には「気」の付く言葉がたくさんあります。

「気」とは、私たちの心中から外部に向かって働きかける触手のようなもので、言葉や表情、態度や雰囲気にすぐさま表われ、相手に伝わっていきます。

一日の仕事を始めるに際しては、まず冷水で洗面するかのごとくピシッ!と「気」を整え、さらには、奮い立たせていくことが大切です。

行政改革の神様と謳われた土光敏夫氏は、かつて東芝の社長に就任した時、「ヤル気のない社員はやめてくれ!」と言いきって社員の意識を啓蒙し、ついには東芝を超一流企業に育て上げました。
また、明光商会名誉会長の高木禮二氏は、新しく入社してきた社員に向けて次のような言葉を贈っています。
人間は、考え方の動物ですから、考え方が変われば、行動が変わり、行動が変われば、習慣が変わる。
人間、習慣が変われば、それに対応して、人格が変わる。
人格を昇華させられれば、結果が変わり、人生が変わる。
行動する際には、その決意(自覚)の大きさ、意志(心構え)の強さが、行動力の強さにつながり、成果の大きさにもつながっていきます。

さらに「時の刻みは命の刻み」と言われるように、どのような決意・意志をもって日々の生活を積み上げていくかが、充実した人生を送る上で重要になってくるのです。

 時として、誰しも心の中にフッと油断や気の緩みが生じます。そうした状態を早期に食い止めるためにも、自分自身の姿を振り返る指針が必要でしょう。
そこで、自己チェックのために、さらには「気」を高めるためにも、次の「プロ十訓」を活用してはいかがでしょうか。

① プロとは仕事に命を賭ける人である。
② プロとは自分の仕事に誇りを持つ人である。
③ プロとは先を読んで仕事をする人である。
④ プロとは仕事にムラのない人である。
⑤ プロとは時間より目標を中心に仕事をする人である。
⑥ プロとは高い目標に向かって邁進する人である。
⑦ プロとは成果に責任を持つ人である。
⑧ プロとは報酬が成果によって決まる人である。
⑨ プロとは甘えのない人である。
⑩ プロとは能力向上のために常に努力する人である。

仕事に限らず、何らかの理由でへこたれそうになった時に、挫けそうになった時に、自分を奮い立たせる言葉を持っている人は実に強いものです。

「プロ十訓」の一字一句を噛み締め、そしてどのように実行に移すかを真剣に考えて、職場生活や自身の人生に積極的に活かしていきましょう。

2008年5月13日火曜日

5月13日 モーニングセミナー 「ガン体験中」



今日のMSは、堂脇志農夫さんの講話です。

堂脇さんは昭和62年に倫理法人会に入会しました。
堂脇さんは横浜市中区長者町で理髪店を経営されています。

理髪店業界も冬の時代で、最盛期には県下の理髪店組合員は4300店もあったところ、今では3500店にまで淘汰されてきているといいます。

堂脇さんは倫理法人会に入会されてから、倫理法人会の教えで「夫婦仲良く」「活力朝礼」「掃除」を実践して行こうと決め、お店で活力朝礼と掃除を徹底させて、この難しい時期にも業績を伸ばしてきました。

先日、ガンと告知された時はショックで仕事をする気もなくなってしまったそうですが、多くの倫友に励まされ、今では倫理法人会の生みの親である、滝口長太郎さんの「打つ手は無限」を言葉を思い出し、ガンになったからといって何も打つ手がない訳じゃない。と、西洋医学と漢方など様々な手で「打つ手手は無限」を実践していて、実際にガン細胞が減ってきているとのことでした。

※打つ手は無限 滝口長太郎 作

すばらしい名画よりも、とてもすてきな宝石よりも、
もっともっと大切なものを私は持っている。

どんな時でも、どんな苦しい場合でも、愚痴を言わない。
参ったと泣き言を言わない。

何か方法はないだろうか、何か方法はあるはずだ、周囲を見回してみよう。

いろんな角度から眺めてみよう。人の知恵も借りてみよう。
必ず何とかなるものである。何故なら打つ手は常に無限であるからだ。

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本日入会された岩下接骨院、岩下恵子さんのご挨拶をいただきました。

2008年5月9日金曜日

今週の倫理 (558号)より プロフェッショナルは笑顔を作り上げる

 経営コンサルタントの中村氏が駆け出しの頃、当時、売れっ子コンサルタントとして数多くの自己啓発・セールス本を著していたN氏と共に、印刷業会の例会で講演を行なったときのことです。

 中村氏とN氏は初対面だったため、控え室では主催者を間にはさみ、とりとめのない会話をしていました。主催者が席をはずし二人だけになると、それまでのぎこちなさに加えて何も語るものがなくなり、互いに向き合って目の先のお茶を飲むだけでした。二人とも鞄から講演の資料を取り出し、最終チェックに没頭するしかありません。

そうするうちに、突然N氏が自分の顔を叩いたり揉んだりし始めたのです。中村氏は〈いったい何が始まったのか〉とN氏の顔を凝視していると、さらに両手の人差し指を口の中に入れて「ウンウン」と言いながら引っ張ったり、中村氏に向かってニィーとしてみたり、低い声で笑ったりと、奇妙な行動はエスカレートするばかり。中村氏は正直、その意味するところがまったく理解できず、〈この人は頭がおかしいのでは…〉と思ったほどです。

 講演が始まり、まずN氏が一時間にわたって話をしました。滑らかな口調で、誰もが知っている話題から切り出した氏は、グイグイと聴衆を引きつけていきます。横で聴いていた中村氏も、その語り口の柔らかさと表情の豊かさに、思わず引き込まれてしまいました。徐々に難しいテーマに移っているにもかかわらず、N氏は終始さわやかな笑顔だったからです。

 続いて中村氏の講演も無事終了。にぎやかなパーティー会場に移り、再度、中村氏とN氏は同席することとなりました。先ほどから心の中に引っかかっていた控え室でのN氏の不思議な行為に関して、中村氏は率直に尋ねてみました。
 するとN氏は満面の笑顔で、「先ほどは大変失礼しました」と言いつつ、その行為について次のように解説を始めました。

「じつは私は以前から人前に立つと、どうしても顔がこわばってしまうため、少しでも柔らかくしようという思いで、先ほどのようなことを始めたのです。ふだんは人目につかないところでやってはいるのですが、今日は時間もなかったためとはいえ、失礼を省みずに申し訳ありませんでした」

 この言葉を聞いた瞬間、中村氏は「プロの厳しさ」を垣間見た気がしました。
 ひとくちに笑顔といっても、たゆまぬ努力を重ねて作り上げられるものなのです。そこには、少しでも相手の心が和むようにという、思いやりの心が存在します。

私たちは一人で生きているのではありません。多くの人々に支えられて「生かされている」のです。人によって生かされているのであれば、もっともっと心のこもった言葉や表情で人に接するべきでしょう。
ひとつの世界でプロフェッショナルとして生きていくことは、容易ではありません。実務に精魂を傾けるのは当然ですが、言葉や挨拶、そして表情などのさりげない部分が付加価値を生みます。ゆめゆめ怠りなく、私たちも力を入れていきたいものです。

2008年5月6日火曜日

丸山敏雄先生墓参「倫理の源流を求めて」

今日はMS終了後、ただちにバスに乗り込んで丸山敏雄先生のお墓参りに行き、会員全員が先生のお墓に手を合わせてきました。

私たちがお墓に到着したときに、松本市倫理法人会の専任幹事さんも先生のお墓参りにお越しでした。
こうした縁というのも、丸山先生のお導きかもしれません。





お墓参りのあと、神代植物公園で散策。天気にも恵まれて、気持ちの良い植物園見学になりました。




今日は、倫理資料館は休館日だったのですが、横浜市中央倫理法人会のためにわざわざ開けていただき、さらに貴重な「万人幸福の栞」の原稿や書物、丸山先生の書かれた掛け軸、晩年にお使いになった桶、など貴重な品々を惜しげもなく見せていただきました。







この倫理資料館は武蔵境駅から徒歩15分に位置し、富士山の倫理研究所までは行けない人でも、ここなら行きやすいのではないでしょうか?ここには倫理の原点を見ることができる貴重な資料がたくさんありますので、ご興味のある方は是非一度行かれると良いでしょう。(^^)

5月6日 モーニングセミナー 会員スピーチ「父母を語る」

本日は振替休日ですが、MSは通常通り開催されました。

今日の講話者は田村忠雄さん(NPO法人生涯学習塾神奈川 代表)と高橋徳美さん(高橋徳美事務所 代表)の「父母を語る」です。

高橋さんは小さかった頃、母親からたくさんの手伝いをさせられて、とても厳しく育てられましたが、自分の子供たちのみならず、近所の子供の学費まで工面した高橋さんのお母さんのことを、今になって振り返り「私の母は徳之島で一番の働き者」であるとお話しされました。

田村さんは、親の教えを「帯と大根」と称し、絵にして表現されました。

生家が農家だった田村さんは、物心ついた頃から子供をおぶる帯に子供をおぶらず、畑でとれた大根を背負い、近所に分け与えるために届けるのが日課だったといいます。

田村さんは「今、その人のために何ができるか。」これが一番の親の教えであり、これは倫理の教えである「自他一如」に通じるのだとお話しされました。

そして、今も親の教えを守り「今、その人のために何ができるか。」をNPO法人を通じて実践されています。

2008年5月2日金曜日

今週の倫理 (557号)より 伝説の武勇伝が社の伝統を醸成する

『会社の品格』の著者で、モチベーションにフォーカスした企業変革コンサルティング会社を経営する小笹芳央氏は、著書の中で、「そもそも会社とは、人々の欲望を実現するための装置として人間が発明したシステムであり、何よりもまず利益追求が優先され、経済合理軸一辺倒で動く性質をもつもの。よって、もともと会社は不祥事を起こしやすい宿命を生来負っている」と指摘しています。

企業の不祥事が多数報道される昨今。個々の事例を見てみると、「会社」が持つこの性質が野放しにされ、さらには本来この性質を御する立場にある経営者が、目先の利益を獲得せんがために逆に先導してしまったり、見て見ぬふりをした結果であることも多いようです。

しかし、同じ企業内部に身を置く社員一人ひとりは、決して経済合理軸だけで動いているわけではありません。勤労の目的は金銭のみではなく、「誰かの役に立ちたい」「誇りある仕事がしたい」「仕事を通じて自己を成長させたい」など、各人のモチベーションを持っているものです。ここに、会社と社員との意識にズレが生じることとなります。事実、これまで起こった企業の不祥事は、内部の人間による通報という形で露呈したものが少なくありません。

こうした現状を踏まえると、企業の不祥事をトップが未然に防ぐことは当然ですが、適正な利益を目指しつつ、社員の使命感、貢献感、自己成長感などを満足させることが、永続的な繁栄を目指す企業にとって重要なポイントと言えます。

その一つの方途として小笹氏は、「品格ある企業社には決まって、その会社で働く人々を束ねる旗印の役割を果たし、組織内部で語り継がれる伝説や武勇伝のようなものがある」と指摘しています。
これらの伝説や武勇伝は、その企業が窮地に陥った際、当時の社員たちが果敢に取り組んだ末に、社会から賞賛を受けた行動であることが多いようです。

新潟県を本拠地として全国へ冷暖房器具の製造販売を行うC社。昭和三十六年・三十八年の記録的な豪雪により、輸送路が寸断された際、全国から届く石油ストーブの注文に何とか応えようと、猛吹雪の中、社員全員がストーブを一台ずつ担いで歩いたという「武勇伝」が残っています。2キロの道のりを最寄りの駅まで運び、鉄道がストップすると、4キロ先の信濃川にある船着場まで同様にストーブを運び、船で出荷して注文に間に合わせたのです。この逸話は、お客様を第一に思う伝統として、現在の社員にも誇りとして脈々と流れています。

経営学の巨人といわれるドラッカーも、「たとえ天使が社長になっても、利益には関心を持たざるをえない」と言っています。企業にとって利益は不可欠です。ただ、その作り出し方は多様なのです。

「企業は人なり」のたとえ通り、トップから新入社員に至るまで、全員の事業に対する姿勢が社風を作り出し、事業の様々な場面で発揮され、利益にもつながっていくものと心しましょう。

2008年4月29日火曜日

2008年4月25日金曜日

今週の倫理 (556号)より 後始末に徹すれば人生に残すものなし

昨今、テレビやマスコミにおいて、不祥事を起こした企業が大々的にクローズアップされることが多くなっています。

企業のトップである経営者や経営陣が記者会見をし、平身低頭しながら謝罪するシーンを目にするたびに、「この企業は再生できる」「ここはもうダメだ」と、大抵の人は予測ができるのではないでしょうか。

 それは、謝罪シーンにおける経営者や経営陣の頭の下げ方や責任の負い方、言葉の使い方などに差があるからです。
 頭を下げてはいても、本心からの下げ方でなければ、その姿勢はすぐ見破られますし、言葉の一つひとつに責任回避や責任転嫁と取られるような表現が随所に見られると、心の内はすぐに暴かれてしまいます。
 このように生死の境目となる大難大変(ピンチ)に陥った時、その人物の持ちあわせている器の全てが露呈するのです。

 昔から日本には「立つ鳥跡を濁さず」「有終の美を飾る」「終わりよければすべてよし」など、物事の締めくくりの肝要さを述べた諺が多くあります。この後始末の仕方で、栄光から挫折へと転落する経営者もいれば、挫折から這い上がって栄光をつかむ経営者もいるのです。

 後始末というと「物の後始末」をイメージしますが、とくに金銭の後始末が非常に難しいといわれます。
 太平洋戦争中、連合艦隊司令長官の任にあった山本五十六元帥は、幼少の頃より非常に頭が良く、小学校での成績は常に首席でした。しかし、家庭には中学に進学させるだけの経済的な余裕がなく、進学を断念せざるを得ないと思われた時、担任の教師から「旧長岡藩の設けた学費の貸与制度を活用してはどうか」との誘いがあったことで、山本元帥に進学の道が開けました。その後、海軍大学を優秀な成績で卒業し、海軍少尉に任官することとなったのです。

 任官以降、山本元帥は、初任給から毎月一度も滞ることなく長岡社に返金をしました。さらに、元金はとっくに完済していたにもかかわらず、戦死するまで毎月のように戦場から資金を送り続けたといいます。
元帥のように、借りた金銭を返すことは当然のこととはいえ、現代社会においては金銭の後始末を軽視しているケースが多々見られます。

後始末ができていない人の性格的特徴として、①心配性②決断力がない③約束を守れない④落ち着きがない⑤計画性がない⑥金使いが荒い⑦物を落としたり失くす⑧服装がだらしない、などが挙げられます。これらを克服するよう自身が意識することが、確実な後始末にも通ずるでしょう。

 後始末にも様々ありますが、人間としての最後の後始末は「晩年」という人生の後始末です。齢を重ねれば重ねるほど、無欲になって生命力が高まり、体から太陽のような光と温もりを放つ人もいれば、欲得にかられ表情が貧相で輝きを失い、生命が枯渇していく人もいます。

 人生最後にふさわしい晩年を迎えられるよう、日頃からやり残しや積み残しのない、爽やかな生き方をしていきたいものです。

2008年4月22日火曜日

4月22日 モーニングセミナー 「地球温暖化対策と地域主権」


本日の講話は、阿部守一氏(横浜市副市長)です。

地球温暖化の現状と、これまでの横浜市の取り組みをお話しされました。

象徴的だったのは、「成長の限界」という書籍の中の引用でした。

水蓮は、成長が早く毎日2倍の速さで成長する。
この水蓮がどんどん成長していくと、30日で池を完全に覆ってしまう。
蓮で池がすべて覆われてしまうと、水の中のほかの生物を窒息させてしまうので、
なんとかしなくてはならないが、25日までたってもその兆候は3パーセントでしかない。

そして、気がつくのは29日目。
水蓮はほんの小さなものだったのに、この池を救うのにはたった1日しか残されていない。

この状況になる前に、手を打たなければいけない。

環境対策こそが必要とされる21世紀型社会システム作り。というお話でした。

2008年4月18日金曜日

今週の倫理 (555号)より 閉塞に満ちた日常を感謝の心で打ち払う

現代日本を「うつの時代」と評することがあります。うつ病の総患者数と入院患者数を足した総患者数は、一〇〇万人を超えているという報告もあります。

 経営者Aさんは、仕事が順調になるに従い、妻をないがしろにして飲み歩き、わがまま放題の生活を送るようになりました。そんな自己中心な生活が精神のバランスにまで及び、仕事はままならなくなり、人間嫌いに陥ったのです。ついには「うつ病」と診断され、何をする気になれず、〈もう死んでしまおう〉〈このままでは妻に逃げられてしまう〉といったマイナスイメージだけが心の中を占めるようになりました。

 ちょうどその頃、友人から「倫理」の存在を教えられ、これまでの生活の間違いを振り返るよい機会を得ました。〈ああ、これまでどれほど妻にわがままを言い、苦労をかけてきたことだろう〉と、結婚以来初めて妻の身に立ち、妻の本当の幸せを思い浮かべるようになりました。妻と心が通い合い始めると共に、不思議と仕事を含めた様々なことが順調になり、今では病を患ったことが嘘のように完治しています。

 うつ病とは、心が病んで、本来の力が出せなくなりますが、どうしてそのような状態に陥るのでしょうか?
『万人幸福の栞』に「病気の原因になっている心のまちがいは、生活(家庭や仕事)の暗影(不自然さ)が、自分の肉体に赤信号としてあらわれている」とあります。うつ病の原因の一つに、Aさんのように自分のわがままで相手(妻など)を責め嫌うことにより、人との接し方や人からのアプローチに対する受け止め方がヘタになることがあります。

何事でも「そのまま」に受けることは、自己の力をおおいに出す秘訣ですが、苦手や嫌いなどの理由で相手を避け、その人のことを差し引いて受け止めると、それに比例して持てる力も差し引かれ、それが心のモヤモヤ感を呼ぶのです。

 そして、もう一つのうつの要因として考えられることに、自己が「その時その場」に立って(合って)いないことが挙げられます。私たち一個の人間は、同一人物でありながら、社長役、夫役、子供役、幹事役等々、さまざまに立場を変えて日々生活を送っています。  

 与えられたその時々の立場を自覚し、配役にすなおになって行動するとき、その場にフィットした力が出せます。しかし逆に、立場を忘れたり、間違った配役を演じるとき、それは自己を見失った状況といえ、力が十分に出せない状態です。その状態が繰り返されると、心を病んでしまうことにもつながります。

 現代において、うつを他人事と捉えるだけでは惜しいと言わざるを得ません。うつと診断されないまでも、自己の持てる力を出し切れず、〈何か閉塞しているな〉と感じる時は、そこに受け止め方のまずさや立場の不自覚がないかを振り返ってみましょう。

閉塞感を打破するためのキーワードは、ズバリ「感謝」です。目の前の人や遭遇する事柄に対し、すなおに感謝できる人こそが自己の持てる力を最大限に発揮できるのです。「世の中、ありがたいなー」「嬉しいな、自分は」と深く思う心があるとき、モヤモヤ・イライラはきれいに吹き飛び、透明で爽快な視界が目の前に拓けるでしょう。

2008年4月15日火曜日

4月15日 モーニングセミナー 「愛和は繁栄のもと」


本日は能野恵美子(社団法人倫理研究所法人局参事)さまの講話です。

倫理の基本は、「明朗」「愛和」「喜働」です。
なかでも「愛和」はすべての繁栄のもとであり、一切の幸福を生むといいます。

倫理原点154ページを読むように。とお話しされていたので、以下に引用します。

よくないから愛する

愛することができない。それはなぜであろう。愛は無条件である。盲目ともいえよう。
良いから愛するのではない、良ければ愛する必要もない。良くないから、愛するのである。
唯一なるがゆえに、天上天下、取り替えるものがないから愛するのである。
愛せずにはいられないのである。(以下、略)

この他にも、長い倫理活動から含蓄のあるお言葉をいただきました。

倫理は病気を治すものではない。心の改善を促すもの。病気は医者にかかるもの。
苦難は生活の赤信号であり、倫理がこれを取り去ってくれるものではない。
しかしながら、苦難と立ち向かって心向きを直すことで自ずと道が開けてくる。

こうした倫理への誤解もわかりやすくお話しいただきました。

2008年4月11日金曜日

今週の倫理 (554号)より 環境に適応した者が強く生き残る

企業淘汰の激しい時代、経営者の中には「戦う」という言葉を使って、現状の厳しさを表現する方々がいます。「この業界は厳しい戦いを余儀なくされている」「戦いに勝ち続けるために、他社の二倍は営業に廻れ」などです。

 ここで疑問に思うことは、「戦う」とは、いったい何と戦っているのであろうか、相手は誰かということです。

 経営者は、ライバル企業や、原材料の値上げや金利、人の問題など、自社を取り巻く環境と戦い続けています。一方、経営者の中には、経験則や知識見識から「経営とは環境に適応することである」と表現する人もいます。「戦う」と「適応」では、大きく意識は違います。共に環境を意識してはいても、前者と後者では環境に対する受け止め方に違いがあります。一方は対立し、一方は受容するのですから、意識の方向性が正反対といえましょう。

純粋倫理という心の生活法則(心のあり方)を学ぶ者の立場は、環境を受容し、自身の実践をもって変化させることにより、自社を環境に適応するよう変化させるスタンスです。「戦う」と「適応」のどちらの道を選択するかは各人が判断すればよいことですが、いずれの立場を選択しようと、環境は常に変化し続け、結果として、生き残る者とそうでない者に分かれるのが自然の法則です。

意識の違いは、環境に対する対処法のプロセスの違いとなり、結果の違いにも影響を及ぼします。

進化論を唱えたダーウィンは、「強いものが生き残るのではない。優れたものが生き残るのではない。環境に適応したものだけが生き残るのである」と言いました。真に環境に適応しようとする経営者は、自分や自社を取り巻く環境を、自分や自社を更にレベルアップさせるための「情報」と謙虚に受け止めて、環境に適応するための自分づくりに取り組む人です。

環境は情報なのです。自分を取り巻く環境が厳しければ厳しい時ほど、自分を変化させるチャンスであると捉えましょう。倫理研究所の創始者である丸山敏雄は、苦境が自分を取り巻く理由を、

一、赤信号としての苦難

二、自己向上の足場としての苦難

三、美としての苦難

と喝破しました。

「赤信号」とは、怠惰な心の状態を教えてくれ、そこで立ち止まり、方向転換をせよという情報の意味。

「自己向上の足場」とは、目標を決めてチャレンジする者には、どこを変化させればもうワンランク上がれるかを教えてくれる情報という意味。

「美」とは、苦しい状況を嫌がらず、真正面から取り組んだとき、環境に適応できる自分ができるという意味。

これがよいと現状を率直に受容した時、解決手段が見えてきます。苦しい状況があるからこそ、幸せがクローズアップされるのです。経営者は、現状がどのような苦境にあろうとこれを嫌がらず、自らをよりよく変えるチャンスと、いよいよ希望に燃えていく素直さを涵養したいものです。