2007年12月26日水曜日

12月26日 モーニングセミナー 「栞の中の報徳仕法」



本朝は龍屋物産代表取締役会長、法人スーパーバイザーの二階正氏の講話。

二階氏はつい先頃、バンコクのホテルで火災に遭い、九死に一生を得て間もないのに、当法人会のMSへ参加していただきました。

倫理に入って25年、今年は倫理1万7千にも選ばれた二階氏は縁あって小田原の倫理法人会に入会、たくさんの報徳の勉強をしてきたといいます。
今日は二階氏が報徳の勉強をする中で倫理の教えにも通じる、小田原を代表する二宮尊徳翁のお話しを
お聞かせいただきました。

二宮尊徳さんの話には、倫理法人会で勉強する「万人幸福の栞」とだぶる話が多いそうです。

中でも秀逸なのは、経営哲学の尊徳夜話。夜話といっても夜の話ではなく、二宮尊徳氏のすぐそばでかずかずの講話、雑談などをまとめたもの。

○「湯船の教え」の逸話。

禽獣(とりけもの)のたぐいは腕がこちら側にしか掻けないようにできている。
これは人間だけに押し返す機能を与えたものなのだ。
神様から授かった機能だから、これを人間は使わなければいけない。

湯はあちらにかけば暖かい湯は一見あちらに行ったままになってしまうかのように思うがそうではない。
向こう側に書けば必ずこちらに戻ってくる。

今度は、湯を自分の方にかこうとすれば、全部自分の方にくるように見えるがその実すぐにむこうへ行ってしまう。

奪うに益ナシ
譲るに益あり


「たらいの水」の逸話。

たらいの水はしゃもじでかき回すと簡単に水が回る。
一方、箸でかき回してもなかなか水は回ったりしないものだ。

ところが、回らないからと言ってやめるのではなく、回るまで根気よくかき回すと
少しずつだが、回り始めてくるものなのだ。

難解な事柄も何度も何度もあきらめずに繰り返せば、そのようになっていくものだ。

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他にも夜話のテープを使って、二宮尊徳翁の報徳逸話を栞の話に照らしながらわかりやすくお話しいただきました。

今週の倫理 (539号)より 日々の仕事に徹し、「与える幸せ」を得る

児童文学作家のシエル・シルヴァスタインに、『おおきな木』という絵本があります。主人公はりんごの木と少年。二人は大の仲良しで、少年は毎日、木登りやかくれんぼをして遊び、とても幸せでした。
やがて少年は青年に成長し、木登りよりも買い物がしたい、お金が欲しいと言い出します。木は言います。「こまったねえ。私にお金はないのだよ。あるのは葉っぱとりんごだけ」。そこで木は、自分のりんごの実を少年に与え、町で売ってお金にするよう薦めます。
少年は成長するたびに、欲しいものが変わります。少年が家を望むとあれば木は自分の枝を与え、旅に出たいと言えば幹を切り落として船をつくるようにいいます。かつての少年は、自分が何か欲するときだけ、りんごの木を訪ねるのです。それでも木は自らの全てを与えます。丸裸になり、幹も切り倒されたりんごの木はしかし、それでも「HAPPY」でした。
長い年月が経ち、老人となった少年が、りんごの木を訪れます。欲しい物もなくなり、疲れ果てた彼が人生の最後に欲したものは何か。それは、座って休む静かな場所でした。実も、枝も、幹も失ったりんごの木でしたが、最後に残った切り株を老人の休む場として与えるのです。ラストシーンは、老人が切り株に座っている絵。そして次の言葉で物語は締めくくられます。「木はそれで嬉しかった(and the tree was happy)」。
この物語の最大のポイントは、りんごの木が与えることに「HAPPY」であること。それが、悲劇的感情を伴う犠牲の行為とは異なっているという点です。
「欲しい」と思った物を手に入れる、「したい」と思ったことを実現させる。このような「得る」幸せがあるのなら、その対極には「与える」幸せもあるはずです。例えば、企業において「お客様のために」「社会のために」を謳った立派な社是、社訓、経営理念があるのはその証左でしょう。しかし、それが単なる飾りとしてのみ存在するのであれば、非常にもったいないことです。なぜなら、幸福の半分を捨てているのと同じことなのですから。
社会貢献、顧客第一主義などの経営理念を本気で追求していれば、昨今の数々の企業不祥事等は起きなかったに違いありません。得る幸福ばかりを追い求めてしまうと、どこかで狂いが生じます。本物の倫理経営が求められる今だからこそ、澄んだ目で自社の創業精神を見つめる必要があるのです。そこにはきっと、小さくても確かな「~のため」があるはずです。
私たちは、与える幸福を体感する場を持っています。各々に与えられた日々の仕事がそれです。これこそ与える行為、その幸福を感得する究極の「行」でしょう。自らの仕事の尊さを悟り、そこに徹する時、「HAPPY」が生まれます。「喜働」とは、そのことに他なりません。我慢ではない、忍耐ではない、負け惜しみではない「喜びの仕事人」を目指し、質の高い人生を送りたいものです。
(シエル・シルヴァスタイン著『おおきな木』篠崎書林刊、原題『Giving Tree』)

2007年12月19日水曜日

今週の倫理 (538号)より 明朗心ノススメ

倫理法人会の学びと実践の元になるのは、純粋倫理と呼ばれる生き方の法則「くらしみち」です。この「くらしみち」の重要な原則の一つが、「何事においても心が先行する」ということです。しかし人の心は、物事に左右されがちです。
 では、その心をどのようにすればよいか。「くらしみち」は、三つの指標を掲げています。それが、明朗(ほがらか)愛和(なかよく)喜働(よろこんではたらく)なのです。
これらを実践の指標として、自らを磨き高めていくのですが、特に大切なのが「明朗」です。明朗な心が周囲の人に向くとき「愛和」となるでしょうし、働きに向かえば「喜働」となるからです。
そして自己をよりよくするばかりでなく、その波動は周囲を善き方向に導き、組織をそして地域をよくする源泉となるのです。自己満足的、また表面的な実践では、その明るく朗らかな波動を発することは出来ません。幸福な状態にあるから、心が明るく朗らかなのではなく、心が明朗だから、そこに幸せが添うのです。
 その明朗と対極にあるのが、不足不満や心配、憂えといった心持ちだといえます。よき未来を切り開くには、そうしたマイナスの心のあり方を、いかに早く切り替えるかが大切です。
 未来のことを心配して「イライラ」せず、過去に囚われて「クヨクヨ」せず、リーダーとして、まず自らが徹底してその心を明るく朗らかに練り上げ、自分はもとより周囲をも「ワクワク」させるような波動を放ち、組織を「グイグイ」と牽引していく力強さが求められるのです。
そうした明朗心を養う秘訣は、あらゆる出来事に対してスピーディーに対応処理しつつ、どんな出来事であっても「そのまま受ける」ことが大切になります。そのおおもとにあるのは、自身の命の元に対する心の構えなのです。
製造業を営むB氏は先日、気鋭の若き後継者に社長の椅子を譲りました。創業から来年で二十年を迎えようというB氏が、どんなことがあっても毎月必ずやってきたことがあります。それは、毎月の支払日にその月の支払伝票と、社員に渡す給与袋をB家の墓前に供え、今月も無事に支払いをし、社員さんに給料を支払うことが出来ることに感謝し、来月の精進を誓ってきたことです。
中小企業には、まだまだ厳しい風が吹き付ける中での後継でしたが、計画的に作業を進めたB氏の目には、憂いは感じられません。新工場の建設が進む中、これからは新社長がその仕事も受け継いでいくそうです。
 年の瀬の後始末の季節です。感謝の思いを深めつつ、「クヨクヨ」「イライラ」を捨て、「ワクワク」「グイグイ」の新年を迎えようではありませんか。

2007年12月18日火曜日

12月18日 モーニングセミナー 「地方自治行政について」


横浜市副市長 阿部 守一氏をお招きしてのMSです。

東大を卒業して自治省に入省し、山口、岩手、神奈川、愛媛県等の勤務を得て、01年1月に長野県企画局長に就任し、副知事を務めた後、今年の4月に横浜市副市長に就任。

 地域がおくれている状況で、地域の人が望みを持って、元気に活動していることが理想だと痛感。そして、地域に住む人達が協力していくことが大切で、お金ではない!そこの住んでいる人の“思い”や“志”が、これからは必要になると実感。

 今後は横浜と長野県にある泰阜村で子供の自然体験学習を開催しているNPO法人とを繋げる活動をして、都会の子供達へ、田舎には田舎の良さがあり、都会には都会の良さがあることを教えていきたい。

 財政力指数を横浜と泰阜村で比較してみると、横浜は0.9、泰阜村は0.16になり、経常的指数は横浜93.5%、泰阜村75.3%となり、決して都会だけがいいのではなく、この数字からいろいろなことが見えてくる。そして田舎である泰阜村の方が、いろいろなことをやれるのではないかと思う。

田舎と都市ではどっちが恵まれているとかいう議論で、それぞれを対立させるのではなく、それぞれ違いを認め合って連携していくことが大切。
今後20年〜30年先を考えると都市が大変になってくるのではないかと考えられる。

 以前のような交付税をバラまくのを懸念しており、また中央政府では現場がなかったので、これからは横浜の職員の方々や、多くの方々と触れ合いながら現場でがんばっていきたい。とお話しされていました。

 (熱い思いを持った4歳児のお父さんのである阿部さんは、とても親しみやすく素敵な紳士でした。実は、今回の45分間では、時間が足らずに、来年4月に再度講演が決まっていますので、今回聞く事の出来なかった方は、ぜひ、ご参加くださいませ。 by 高橋幹事)

2007年12月12日水曜日

今週の倫理 (537号)より 目標は努力の母、そして進歩の父

人の心は、空間も時間も超えて存在できます。過去にも、また未来に心を飛ばして夢を描くことさえできるものです。
ゴルフ界で一躍人気者になった、「ハニカミ王子」のニックネームで親しまれている石川遼君(十六)は、杉並学院高一年生です。
彼は、ことゴルフでは、卓越した実績の持ち主。その主なるところを列挙してみると、次のとおりです。
2004「横尾要カップ小学校選手権」「埼玉県ジュニア選手権(中学の部)」優勝。
2005「関東中学校ゴルフ選手権競技」「全国中学校ゴルフ選手権大会」優勝。
2006「埼玉県アマチュア選手権」「埼玉県ジュニア選手権(中学の部)」優勝。
2007「全国中学校ゴルフ選手権大会・春季大会」そしてプロの「マンシングウェアオープンKSBカップ」「日本ジュニアゴルフ選手権競技(男子十五~十七歳の部)」で優勝と、圧倒的強さを見せています。
彼の魅力は、平均飛距離と最後まで攻めの姿勢を貫く積極果敢さです。その強さの秘密は、陸上で鍛えた強靭な足腰ですが、そうした体力を築き上げているには、理由があります。そのことを裏付けるものが、埼玉県松伏町立松伏小の卒業文集に明記されています。
  将来の自分   
                   石川  遼
二年後…中学二年生、日本アマチュア選手権出場。
三年後…中学三年生、日本アマチュア選手権(日本アマ)ベスト8。
 四年後…高校一年生、日本アマ優勝、プロのトーナメントでも勝つ。
六年後…高校三年生、日本で一番大きなトーナメント、日本オープン優勝。
八年後…二十歳、アメリカに行って世界一大きいトーナメント、マスターズ優勝。
これを目標にしてがんばります。マスターズ優勝はぼくの夢です。それも二回勝ちたいです。みんな(ライバル)の夢もぼくと同じだと思います。でも、ぼくは二回勝ちたいので、みんなの倍の練習が必要です。
みんなが一生懸命練習をしているなら、ぼくはその二倍、一生懸命練習をやらないとだめです。ぼくはプロゴルファーになって全くの無名だったら、「もっとあのときにこうしていれば…」とか後悔しないようにゴルフをやっていこうと思います。
来年には埼玉の東京GCで行なわれる「埼玉県ジュニア(中学の部)」で優勝したいです。今は優勝とか関係ありません。中学生になってからそういうことにこだわろうと思います。高校生で試合に優勝すると、外国に招待してくれます。その試合で世界から注目される選手になりたいです。
ぼくは勝てない試合には今は出ません。ぼくの将来の夢はプロゴルファーの世界一だけど、世界一強くて、世界一好かれる選手になりたいです。
 彼は、これからもこの文集で述べていることをきっと、やり続けることでしょう。
 人の心には、信じられないほどの多くの能力・パワーが秘められています。「将来」は若者のためだけにあるのではなく、大人にも将来はあります。彼から学ぶのは、「目標は努力の母、進歩の父」ということです。
 常に意欲的な目標を掲げ、具体化して、大胆に取り組んでいきましょう。

2007年12月11日火曜日

12月11日 モーニングセミナー 「あとしまつは次への準備」



本朝のMSは、堂脇副会長のほがらかな挨拶から始まりました。

堂脇副会長が横浜市倫理法人会の事務長としてご活躍の頃、倫理研究所の先生に「堂脇さん、【万人幸福の栞】を仏頂面で呼んではいけません。笑顔で読むように心がけてください。」と諭されました。

言われたらすぐやる。との実践を心に決めている堂脇副会長は、それからというもの栞を輪読するときも、笑顔で読むようにしているそうです。

私の知る堂脇副会長はいつも朗らかな顔ですが、心がけがいつしか日常になったのですね。

さて、今朝は(社)倫理研究所法人局 井上茂勝 首都圏方面長の講話。

最近の企業倫理などを憂い、なぜそうなってしまうのか?ということに言及。

少しずつ軸がずれて行ってるのではないだろうか?

人間の心は強いようで、弱いもの。

本来変えてはいけないものを、変えてしまっていることに起因しているのだろうと、分析していました。

これを、倫理研究所では【易不易】と言うそうです。

【易】とは変えていくべきもの。商売で言うなら商売の方法。ハウツー。
こうしたものは時代の変化やニーズに合わせてどんどんと変えていくべきものであるといいます。

【不易】こちらは、変えてはいけないもの。

企業倫理だったり理念だったりというもので、商売の心持ちのことです。
たとえば安心して食べられるおいしい食品を提供しようと始めた会社が、この部分を変えてしまうから、消費期限の改ざんなどに発展してしまうといいます。

変えてよいモノ、変えてはいけないモノ。このあたりをしっかりととらえましょう。

そして、本題の「あとしまつは次への準備」。

本を忘れず、末を乱さず。という倫理の基本の話と、「モノの整理は心の整理。感謝を込めて後始末。」

仕事で使った道具は心を込めて後始末をすることで次につながる。
モノも喜ぶ、意識も高まる。というお話しでした。

年末は雑然としがちですが、しっかりと後始末をしていきましょう。(^_^)

2007年12月8日土曜日

12月7日 忘年会

師走に入り随分と寒くなって来ました。

6日に横浜市倫理法人会の毎年恒例の忘年会を開催しました。
当日は23人の方が参加してくださり、盛大に開催されました。

今回の会場は、野毛の“鳥しげ”さんでした。

このお店は我々横浜市倫理法人会(毎週火曜日の6時半〜桜木町のブリーズベイホテルで開催)のお膝元である野毛にありますが、当会の顧問である松本純衆議議員の親戚ということで紹介して頂きました。

美味しいお料理とお酒を楽しんでから、今回のメーンイベントの一つである“私のイイところ3つを当ててね!(自分の自慢を3つ記入して貰い、誰のことか当てるゲーム)”を行いました。

「私は優しい」「私は物知りである」「私はイイ男でお金持ち?」等の質問に、正解すると「そうだ!そうだ!」の相づちもあれば、「うそだ〜!」との悲鳴も聞こえてきて、日頃から仲良く、楽しく活動をしている我が会ならでは(?)で、盛り上がりになりました。

今年度会長になりました上村会長の口癖である「楽しく倫理を学ぼう!」を飲みながらも実践できたように思います。

最後の恒例のチャリティーオークションでは、会員の皆様に持参して貰った品物を、ワイワイ盛り上がりながら購入して頂き、盛況のうちに終わりました。

オークションで集まった資金は、会の運営費にさせていただきます。

皆様の温かいお心使いに感謝!感謝の1日でした。

2007年12月5日水曜日

今週の倫理 (536号)より 変化に対応できる組織こそが生き残る

「意識改革」は、いまや経営者の集まりにおいて、必ず話題に上る言葉です。「ウチの社員は意見が少ない」「危機意識が足りなくて」「社員の意識改革を急がねば」など、悲観的な会話を耳にすることも少なくありません。
現実に、旧態依然の経営から脱却できず、売り上げ目標の達成意識が低下し、やがて淘汰されていった企業の話は多く聞くことでしょう。
 多くの経営者が、このままでは倒産を招いてしまうとの危機感から、何とか社員の意識を変えなければと考えています。そこで、自ら「経営者セミナー」に参加したり、講師を招いての社員教育を実施するなど、その取り組みも必死です。
そのようにして意識改革に成功した企業は、急激な経営環境の変化にも対応できる強い組織力を回復し、順調に売り上げを伸ばしています。そうした企業の主な共通点は、経営者自身の姿勢の変化にあるように思われます。
 ある地方で、自動車修理・販売を手がけるT社長。業界の不況を嘆く前に、いかなる経営環境の変化にも対応できるよう、組織力を強化していく必要があると考えていました。そしてそのために、従業員一人ひとりが自らの仕事に誇りを持って積極的に取り組むよう、自身がいかにリードするかを考えていました。
 T社長は、まず自ら〈ウチの会社は、県下のオーナードライバーのために、この点で絶対に必要だ〉と強く思い込めるよう、徹底的に自問自答しました。そしてさらに「絶対に必要だ」との信念を固めるために、従業員をはじめ来店するお客様に対して、一切の態度を自分中心から相手中心に変え、加えて機械や工具等に対しても丁寧な態度で接するように努めたのです。
 やがてT社長は、〈ウチの会社は、県下のオーナードライバーに、絶対に喜んでもらえる〉という信念を持つに至り、そこで従業員にも自社の存在意義について話し合う習慣を、作りあげていったのです。最初こそ、消極的な意見が出たりしていたのが、徐々に建設的な意見が多くなってきました。現在では、お客様に対する態度、物の扱い方、仕事場のあり様など、自分たちで話し合い、決まったことはすぐに実行に移しているのです。
 それに比例して利用客も増え、遠くからも来てくれるようになり、売り上げも伸びたということでした。T社長は今、「意識変革についての思いが経営には大切だ」と語っています。
 進化論を唱えたダーウィンは、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一、生き残るのは、変化できる者である」という教訓を残しています。いかなる経営環境下にあっても、変化できる組織であれば生き残ることができると信じる。そして自己変革に本気で取り組み、得た信念のもと社員の意識改革に取り組んでいくことこそが、最も大切な道程なのです。   

2007年12月4日火曜日

12月4日 モーニングセミナー 「会社勤め40年で得た教訓」



今年もあっという間に師走、本当に早いものです。(汗

本日は元(株)ファンケル役員、山本 尚様の講話です。

山本氏は50歳のときファンケルに総務部次長として誘われました。

その物腰の柔らかい話し口と、誠実そうな人柄からは、企業買収や生産拠点をすべて子会社化(別会社)してコスト意識の高揚を狙ったり、SPC法を使って本社ビルの取得の際のスリム化を図るなど、思いがけない言葉が次々と出てきて驚きました。

しかしそれは、お客様とは関係のない部分でのコスト対策。

ファンケルという会社が直接のお客様に届ける化粧品に対する声を大切にしていち早く不良品の回収にあたる。

高額なサプリメントを誰にでも手の届きやすいモノへ変えていく。

こうしたファンケルの企業理念(安全、安心、やさしさ)を具現化するために、役員としての危機感を持ち続けた結果、最新のコスト対策などを行ってきたことなのだと言うことがわかりました。

山本氏は最後に、「企業理念、それは企業の原動力である。」と締めくくられました。




今朝のMSには久しぶりに横須賀市倫理法人会の小田専任幹事もお見えになりました。(^_^)

2007年11月28日水曜日

今週の倫理 (535号)より 事実を直視しつつ真実を見定める

 企業コンサルタントの松浦氏は、人と会うことが仕事の大半を占めます。今でこそ人並のコンサルタントになったものの、かつては若気の至りで数知れぬ失敗を重ね、その都度多くの方々に導かれ、育てていただいたのです。そんな松浦氏にとり、忘れたくとも忘れられない人物にK氏がいます。

 K氏は北陸の小さな町で、生鮮食品を中心とした店を経営していました。見るからに人の良さそうな好人物で、周囲の人間が無理難題を持ちかけても、一切それに逆らわず、いつもニコニコしているのです。

 松浦氏も時々、担当地域の会員増強が思うように進まないと、厳しい声で「Kさん、申し訳ないが、一人で百名程度増強してください」と声を掛けます、するとK氏は、間髪入れずに「ハイ」と返事をするのです。 普通であれば、「自分だって仕事をしている身です。そんな時間も金もありません」と反論してもおかしくないのですが、ものの見事な受けっぷりなのです。

 ただしK氏の最大の欠点は、受けても実行に移したためしがないことでした。周囲は、そんな氏の性格を知っていたため、どこか見下すような思いで接していたようです。若い松浦氏も、K氏は返事ばかりで頼りにならない人物であると思うようになっていきました。

 ある雪の舞う冬のこと。松浦氏は仕事を終え、宿への戻り道で、小さな川に架かる橋を渡っていました。なにげなく川面に目を向けた時に、飛び込んできたものがあります。雪の舞う川の中に膝まで浸かり、一所懸命に洗い物をしている人がいます。こんな凍えるような中で、いったい何をしているのだろうと目を凝らすと、なんとそれはK氏その人だったのです。思わず松浦氏は、大きな声で「Kさん!」と呼びかけました。K氏は悪戯っ子が悪戯を見られたように、チョコンと頭を下げるだけでした。

 松浦氏はK氏のことが心にかかり、周囲に何気なく氏のことを尋ねてみました。K氏の母親は数年前に倒れ、全身マヒで寝たきりの生活。下のほうの世話を嫁であるK氏の妻がやろうとすると、「私は嫁の世話にはならん」と拒むため、長男であるK氏がその世話をしている。洗い物がたまると、シーツやオシメの下洗いのために、川の中で洗濯をしているとのことでした。

 松浦氏は一瞬、頭を殴られたような感覚にとらわれました。〈自分はどれだけK氏のことが分かっていただろう。表面だけを見て、あの人物はこうだ、ああだと決めつけていた〉と、浅薄な自分を恥じたのです。
 世の中には「事実」と「真実」があります。事実は実際に起きた事柄で、あの時あなたはこう言った、ああ動いたなど、確かに間違いはないことです。しかし必ずしも事実が真実ではないことを、私たちは心せねばなりません。事実の奥に隠された部分に、本当のものが潜んでいることがあります。その真実を突きつめる作業が、経営者には不可欠なのです。

 人の痛みや悲しみを共有できる感覚を磨くためにも、相手の立場に立ってものを考え、行動することを銘肝したいものです。

2007年11月27日火曜日

11月27日 モーニングセミナー 「原 三渓のおもてなしの心」



今日のMSは原三渓のひ孫にあたる西郷槙子様の講話。

西郷さんは、現在も中区本牧の三溪園の隣、原三溪の住まいだった隣花苑を運営されています。
この隣花苑では原三溪が考案し、招待客に振る舞ったそば(三溪麺)を今も伝えています。

紅葉が見頃のこの時期、三溪園を散策し、隣花園でそばを食べて、かの時代のもてなす心を感じてみるのも良いかもしれません。

2007年11月24日土曜日

いざ、称名寺へ! レクレーション委員会


 温かい日差しの中、倫理法人会のメンバーとその関係者の方々と、金沢文庫散策に出かけました。

下は小学校2年生の男の子から上は酒井 麻雄先生までと、幅広い年齢層の参加で、とても賑やかで和気あいあいとした雰囲気で金沢文庫を満喫しました。

 まず最初に、“文庫”という名前の由来から知る事ができ、とても勉強になりました。
今から730年前に北条実時が中国や日本の書物と、仕事で使う種類や記録を納めていた文庫を建てたことからついたそうです。その後鎌倉幕府が滅び、金沢北条氏の菩提寺称名寺が文庫をひきついだそうです。(※称名寺マップ金沢文庫参照)

 今回私たちにガイドをしてくださった酒井 宣子さん(横浜商工会議所金沢支部「エリア21街づくり委員会」)は、歴史に大変造詣が深く、いろいろな事を丁寧に、分かりやすく教えて下さいました。

そんな宣子さんの、称名寺を大切に思い、金沢文庫の歴史を語り継いでいる姿に感動しました。そして、今回のこの会を企画しました会員の加山 誠さんに感謝!感謝!です。

 私は現在でも多くの人に愛され続けている称名寺、北条実時の残した書物を大切に保管して現代に残してくださった多くの先輩方へ尊敬の念でいっぱいです。そして、自分の住んでいる地域をよく分かっていない自分が恥ずかしくなりました。もっともっと勉強しなくては・・・という思いが込み上げています。

これからも横浜市倫理法人会で、多くの事を学んでいきたいと思いますし、このような生の歴史体験も楽しみたいと感じましたので、レクレーション委員会では楽しい企画を実践していきたいと思います。(wriiten by Norimi Takahashi)

2007年11月21日水曜日

今週の倫理 (534号)より 絶対信頼こそが良き後継者を生む

経営者の最大の課題は、企業の存続と発展にあります。
企業は公器であり、創業者といえども自分の思いのままに会社を左右することなど出来ません。したがって、経営者にとって後継者の育成は大きな任務の一つとなります。

 東京市長として関東大震災後の復興に取り組んだ後藤新平は、「事業家は、金を残して死ぬのは下だ。仕事を残して死ぬのは中だ。人を残して死ぬのは上だ」という言葉を残しました。「人を残すこと」つまり、すぐれた後継者を育て上げることは、企業を永続的繁栄に導く最大の要件となります。

 金沢市でテイクアウト専門の寿司店「芝寿し」を経営する二代目社長・梶谷晋弘氏(法人スーパーバイザー)は、四十歳で社長に就任しました。しかし「社長継承記念と創業三十年」を期に、商品増産をはかるため新工場を建設したにもかかわらず、逆に減産の方向に進んでしまいました。

その原因は、新しい機械に慣れていなかったことにあり、そのうち慣れるだろうと高をくくっていましたが二、三週間経過しても生産量が予定通り上がらず、お客様からのクレームの電話が直接社長のところにかかってくる始末です。

 当時、年商二十億円の半分を掛けた投資でもあり、「何としてもこの窮地から脱出しなければ」と決意を新たにし、新工場の会議室にベッドを持ち込み、なぜ生産が計画通り進まないのかを自分で確かめたのです。    

 新工場が稼動し始めて四カ月目のある夜、いつものように生産ラインを見回っていたとき、腰が折れ曲がり足取りもおぼつかない年輩の女性の後姿が目に入りました。「人手が欲しいのは分かるが、腰の悪いお年寄りを働かせて、もしケガでもされたらどうする」と工場長に言うと、思いがけない言葉が返ってきました。

「あの方は社長のお母さんですよ。一カ月も前から深夜に出勤され、お手伝いをしてらっしゃるのです。息子である社長には言わないで欲しいと、口止めされています」

 百名近い女性が同じ白衣を着て働いているため、まったく気がつかなかったのです。来る日も来る日も家に帰れない息子を、黙ってみていられない母の思いが、パートさんと一緒に働かせたのです。社長はその時、母の小さな背中に手を合わせて、「一日も早く工場を稼動させます」と誓ったのです。

その後、従業員一丸となって取り組んだ結果、順調に稼動し始めました。一方、相談役の父親は「息子が直面している試練は、必ず本人が克服しそこから何か大きなものを学び取っていくに違いない」と、子に対する絶対信頼の心を持ち続けたといいます。母と父による「動」と「静」のサポートが、息子をさらに成長させたのです。

 人の育成に最も大切なものは「信」です。後継者に対して信の愛情を以て接するとき、道は拓かれます。「信は動いて愛となる。そして、すべてをうるおし、すべてを充たす。信には欠けるところがない。信は成し、信はみたす」(『万人幸福の栞』)のです。 

2007年11月20日火曜日

11月20日 モーニングセミナー 「平安時代 中期」



本日は酒井相談役の歴史シリーズです。

平安時代中期は政治的に非常に安定していた。
この頃が日本でもっとも女性が活躍していた時代である。

近代日本では、昨今女性が台頭してきたと思われがちだが、20世紀中は戦争が続き、いくさとなると男性社会になりがちなので、その頃の記憶から一見、男性が強かったと思いこんでいるふしがある。
日本の歴史の中では女性が中心にいて家業を取り仕切ることも多かったのだと相談役は言う。

(昔は良かった。ではなくて、昔から頭が上がらないのが男性軍なのでしょうな。(苦笑)

さらに、この頃の日本は階級制もあったが、女性が養子となりステップアップを繰り返した結果、海女が天皇家に入ることもできた。それは良い意味での抜け道であり、それ自体は良かったのかもしれない。
今の日本のようにキャリア・ノンキャリアなどで一線を画し、一切の抜け道も許さないような状況は、昔と比べて悪くなっている。と締めくくった。

歴史の話も今の状況に照らして聞くと楽しく聞けるものです。

2007年11月14日水曜日

今週の倫理 (533号)より まってました5万社、次の舞台は10万社

十一月九日~十日、東京のグランドプリンスホテル新高輪に於いて、「倫理法人会五万社達成記念大会」が開催されます。

 昭和五十五年十月、千葉県に倫理法人会第一号が誕生し、その記念式典の席上、滝口長太郎会長が「全国で一〇〇社の会員を単位とする倫理法人会を百ヶ所つくろう」と呼びかけてから、二十七年の歳月が経ちました。
 その間、平成二年に一万社を達成、十一年に二万社、十六年には四万社を達成しました。平成十九年度での五万社達成は、二万社達成記念大会に於いて誓われたのです。

 これまで倫理運動を支え、倫理法人会活動を推進してきた多くの先達や、献身的な普及活動を展開してきた倫友の方々の感慨・感動は、筆舌に尽くせないものがあるでしょう。

 今大会のキャッチフレーズは、「まってました5万社 次の舞台は10万社」です。これには倫理法人会が歩んできた歴史に対する万感の思いが込められています。また同時に、戦後六十二年を経て、完膚なきまでに骨抜きにされてしまったわが国の根幹を、倫理経営を推進する会員の輪を広げることにより、創造的に再生していくという強い決意を宣言したものに他なりません。

では、「次の舞台」の幕を開けるに向けて、私たちは何をなすべきでしょうか。 改めて言うまでもないことですが、それは「日本創生」を実現するためにこれまで保ち続けてきた緊張の手を、いささかも緩めることなく、さらにさらに倫理法人会の仲間づくりに驀進することです。

 なぜなら、日本を創造的に生まれ変わらせ、これからの国の根幹を支える人財を育てていくことが出来るのは「倫理経営を社是とする企業」しかないからです。

いまやわが国は、家族の絆が断たれ、人間教育の基盤とも言うべき家庭が崩壊の危機に瀕しています。ゆえに、企業こそがその最後の砦といっても過言ではない状況に陥ってしまっているのです。

 倫理法人会の「活動指針」に、次のような文言が謳われています。
 一、倫理の学習と実践の場を提供し、よりよい生活習慣とゆたかな人間性をそなえたリーダーを養成する。
 二、深く家族を愛し、篤く祖先を敬い、なごやかでゆるぎない家庭を築く人を育てる。
 まさに倫友企業こそが、真の人間教育を担い得る、そして「日本創生」を果たし得る、旗手であると言えるでしょう。

「仲間づくり」は、言葉でいうほど簡単ではないことは周知のとおりです。しかし、苦境にあえぐ経営者を一人でも多く救い、少しでも住みよい国柄を後世に残すことこそ、今を生きる私たち一人ひとりの重要な責務です。
 倫理法人会の皆様、こぞって「次の舞台」の幕を開けようではありませんか。

2007年11月13日火曜日

11月13日 モーニングセミナー 「深願」


本日のMSは法人スーパーバイザーの大熊富夫氏による講話です。

大熊氏の父は氏を中学までしか行かせてくれませんでした。
商売人に学歴は要らない。すぐにでも商売を覚えるべきだと、父は子を中学を出たとたん、日本橋近くの御茶屋さんに丁稚奉公に出します。

そこで氏は大人の世界で商売の基本を習いました。

また父からは「これからは土地が儲かる。100万円の土地を100回買ってでも一億円の土地を手に入れろ。」
と当時にしては壮大な夢物語を父から聞かされ続けました。

父は他の兄弟たちのように高校への進学は許してくれませんでしたが、氏の商才に気がついていたのでしょう。
自らの体が弱いこともあって早いうちから氏を鍛えるため働かせたのです。

父の亡き後、陰ながらずっと進学させてやらなかったことや氏の体を心配して眠れなかったという父のことを聞きました。

そしてそのとき大熊氏は千尋の谷へと突き落としてくれた父の深い愛情を知ったと言います。

今でも氏は商売で困ったことがあったときはお墓参りに行き、詳細に報告をしています。

そして、いまでは亡き父の願いの通り、数億の土地を手に入れ、さらに事業の拡大を続けているそうです。

2007年11月11日日曜日

11月9日 5万社達成記念



11月9日、10日の2日間かけて東京で開催された“倫理法人会5 万社達成記念大会”に参加してきました。
日本全国北海道から沖縄、私の故郷の鹿児島まで約2000人の方が参加しており、熱気とパワーのある大会でした。特に、体験者発表には“感動”いたしました。先輩方のいろいろな体験に涙したり、大声を上げて笑ったりと、参加して良かったという思いが込み上げてきました。私は、その中である会社を経営されている方の体験から「感動の花一輪」という言葉が心に残りました。この言葉には、その方のいろいろな深い意味が込められていますが、私は私なりに解釈をして、「これからの人生の中で実践していこう(出会う人達へ“花一輪”の優しさや思いやりを持って接する)」という気持ちになりました。

懇親会では懐かしい先輩方と会う事が出来ました。1年ぶりにお会いする先輩方にとても懐かしく、お元気でがんばっているお姿にこちらが新たなる“勇気”と“元気”を貰いました。仲間っていうものは、お互いの距離ではなく、同じ“志”なのだと再確認いたしました。またの再会を約束しましたので、今度お会いするまでに自分自身も成長していたい
と思っています。

 私は、この二日間を通して倫理の素晴らしさは“実践”なのだと改めて感じました。この多くの先輩方の話を聞いて感動するだけでは、何にもならない。自分が実践してこその“倫理”なのだと。そこで、早速自宅に帰ってから、“花一輪”の願いを込めてある人へ電話をしました。
私の妹は現在鹿児島に住んでいます。この11月1日にご主人が会社を辞め、独立をしました。
私にとっては、とても可愛い妹です。その妹夫婦が大変な時に、遠く離れた横浜からでは、何の応援もする事ができな
いと諦めていました。
が、その妹のご主人へ電話で“倫理”を紹介することができました。「これから会社を大きくしていくことも大切だが、
経営者として“倫理”を学んでいって貰いたいとう思いと、素晴らしい“仲間(友情)”を多く作って貰いたい」という話をしました。この実践こそが、この大会へ参加した私の一番の正直な気持ち(行動)だと思います。
これからも“花一輪”の思いを、素敵な仲間と共に“実践”しながら、がんばっていきます!それは自分の為、家族の為・・・ そして、“日本”の為だと信じて・・・。

(by 高橋幹事)

2007年11月8日木曜日

11月7日 定例役員会

7日の役員会では、レクレーション委員会から、忘年会の人数確認(最大20名)と、オークションを開催が決定しました。
また、金沢文庫町歩きは、加山氏にある程度スケジュールの企画をお願いすることになりました。

また、新年会は1月23日(水)の役員会の後になったとのことです。

レクレーション委員長、お疲れ様でした。(^_^)

定例役員会の際、配布される法人局局長 中西氏の書いたファイルを高橋幹事よりいただきましたので、こちらも併せて引用アップしておきます。

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「推進力は自らの実践力」   中西浩

経営とは、真面目だから、努力したからといって報われるものではない、といわれる。たしかに真面目も努力も成功するための必要条件ではあるが、十分条件とはいえない。

志(目的)と方向(手段)が時代の変化を見据え、正確に捉えているか。
多くの成功する経営者は、具体的な目標やビジョンを明確にもっているものだ。

そして、当たり前のことを、当たり前にアッサリやってのけている。また、失敗を重ねる経営者は「やってはならないことをやり、やらねばならないことをやらなかった」人である。
私たちにとって大事なことは、「そのことは知っている」というレベルでとどまるのではなく、それをいかに実行し、それなりの成果をあげることだ。

幹部役員の皆様は、それぞれの立場で精一杯努力なされておられますが、必要条件の段階でとどまっている幹部が、少なからずいます。どうせやるのであれば、もう一歩力強く踏み込み、倫理法人会憲章を徹底的に身読し、自らのものとして実践力を引き上げてほしいものです。

結果のでない実践など、服の上から腫れ物を撫で回しているようなものです。

我々が学んでいるこの「純粋倫理」は、やっただけ必ず結果が出るという、誤魔化しのきかぬ凄まじきものです。

気をゆるめず、現状に安住せず、前進しましょう。そして、自らの実践で自らの環境を突き動かしていきましょう。

今月は、皆様のおかげで、「5万社達成記念大会」が東京の地で開催されます。

心から厚くお礼を申し上げるとともに、今後とも「目本創生」に向けて、力強い働きをお願いし、共に歩んでまいりましょう。

2007年11月7日水曜日

今週の倫理 (532号)より 文化の本質を理解し日々の生活に活かす

十一月三日は文化の日です。

倫理研究所の定款に、「倫理研究所は、倫理の研究ならびに実践普及により、生活の改善、道義の昂揚、文化の発展をはかり、もって民族の繁栄と、人類の平和に資するを目的とする」とあり、信条(会員として日々心掛ける目標)の第四に「我等は、日本文化の本質を明らかにし、世界の文化を摂取して、生活の向上に努めます」と記されています。

では、日本文化の本質とは何を指すのでしょう。純粋倫理の創始者・丸山敏雄は次のように述べています。
日本神話は、世界各民族の中でも卓然とした特異性をもつ。その二つの焦点は、「太陽崇拝」と「生成の思想」(国産神話)である。これが倫理の世界に直ちに投射し、前者は親子・主従・上下を貫く「敬信の倫理」となって日本倫理の縦軸(宙)を打ちたて、後者は男女夫婦、性の絶対倫理を拡充して横にあまねく展開し、「場(宇)の哲理」を得て、「合一の倫理」を出現した。

太陽崇拝や性崇拝は、世界の古代民族すべてに共通する思想ですが、原始の姿のまま純粋に伝統され、しかも民族生活の中に溶け込んでいるのはわが国の他にないと断言しています。
先人が残したわが国固有の文化は、のちに移入された仏教文化、儒教文化やキリスト教文化を取り入れ同化し、新たな文化をつくりあげました。そしてさらに、西洋科学技術文明をも取り入れて、世界屈指の文明国家・日本を築いてきたことは周知の通りです。 

さらに「世界の国々には、まだまだ日本の文化に勝るとも劣らない優れたものがある。これらを取り入れて、なお生活の向上を図り、世界に貢献していこう」と、戦後間もない時期に丸山は提言したのです。
日本文化の本質について、とくに学ぶ機会のなかった私たちは、その心を日常生活の場に活かすことができませんでした。純粋倫理を知り、親に対するあり方や夫婦愛和の生活の大切さを学ぶようになって初めて、日本文化の本質を理解できるようになったと言えましょう。

太陽崇拝や生成の思想が、「敬信の倫理」や「合一の倫理」の根本にあるということを、あらためて私たちは見直さねばなりません。現在、私たちが個々の人生を歩めるのも、命の源である親祖先につながり、多くの人、物、自然の恵みを受けているからだという感謝の心を培うことが肝要です。

社会生活の基地である家庭において、親子・夫婦が心を一つにできなくては、もろもろの幸福は生み出されません。世の仕組みに則った生活を深めていかなければ、幸福への道を歩むことはできません。
「道は近くにあるのに、遠くに求めてしまうのが人間である」と、孟子は戒めています。遠い祖先によって育まれてきた日本文化の本質を徹底理解し、そして今度は自分たちが後世に伝えていけるよう、心して生きていきたいものです。

2007年11月6日火曜日

11月6日 モーニングセミナー 「倫理の上にも3年」




本日のMS講師は、横浜市磯子区倫理法人会・大上副会長でした。
ご自身が約4年前に入会され、300回以上のMSに参加された中から
心に残るMSや倫友との出会いのお話をしていただきました。

冒頭の自己紹介では、1943年生まれで『ALWAYS三丁目の夕日』に
出てくるような街並みでの少年時代について、可愛らしい同級生の
女の子(もしかしたら初恋の人?)と遊んだことなどをとても嬉しそうに
懐かしそうに語っていらっしゃる姿がとても印象に残りました。

そして、倫理法人会との出会いの中から「歴史を学び自分自身の中に
何らかの形で活かしていこうという気持ち」「人としてどうあるべきか」など
数多くのことを学ばせてもらったというお話を具体的な事例を交えて
お話いただきました。

それにしても300回のMSの講話を振り返ることができるだけキチンと
記録を残されている大上さんには脱帽いたしました!

いつも力むことなく自然体で「良いものは淡々と実践していく」大上さんの
実直なお人柄がひしひしと伝わってくるとても良いMSでした。



講話終了後には、入会式が行われ、加山さんご紹介の瀬在さん
の入会式が行われました。

2007年10月31日水曜日

今週の倫理(531号)より 恩の自覚は純情への登龍門

静岡県御殿場市にある富士高原研修所では毎年、「企業セミナー」が開催されます。
昨年度は約千名の経営者が訪れ、倫理実修を通して自他共に本気で向き合い、新たな発見と感動を促し、魂の洗練の場としています。

当セミナーでは、倫理経営の根幹となる〈不易〉の学修として、注がれた愛を体感し、実感するカリキュラムが組まれています。倫理学習と実践を精力的に行なった二日目の夜には、両親や恩人、また身近すぎて感謝の言葉を面と向かって言えない方に、手紙に記すという形で感謝の思いを吐露し、さらに自覚を深める実習があります。
経営者としての辛苦と感謝が克明に記され、受講者の共感の涙を誘います。

      ◇

友人の強い勧めで初受講したM氏は、建築会社を営む二代目の社長として、十数年にわたり手腕を振るってきました。M氏が先代である父へしたためた手紙の一説です。

「負債を抱えたまま、あの世に旅立ったあなたを私は恨んだ。その後、家族と兄弟がどんなに苦しんだか。孤独だったか。だが、ただ父への反骨精神で今まで経営し、ようやく会社の基盤が固めることができた。倫理を学び、父が死に直面した時の真情になりきって省みた時、残る親族に対して胸が張り裂けんばかりの思いがあったに違いない。今おかれている立場から考えればよくわかる。親父の心を今まで振り返ることのなかった自分を許してほしい。研修後、墓参りにいくよ。その時は、子どものときのように叱り飛ばしてくれよ」
       ◇

毎年のように受講しているT氏。妻への手紙を読み上げ始めるなり、込み上げる感情を抑えることができません。
「今まで悪かった。お前が癌であることを医者から聞かされて、愕然とした。研修所で学び、妻あってのわが命だと思い、これまでつきあってきたが、今回のことを聞いて、お前がいかに俺にとって大切であるかわかる。先に行くな。会社が傾くまで好き勝手にしてきた俺がなるならわかる。なぜ、お前なんだ。治るためなら俺は何だってするよ。元気になってお前の好きな海外旅行にいこう」
あとは…言葉になりませんでした。

       ◇

 わがいのちに注がれた愛を実感するとき、心が洗われ、気力が腹の底から湧いてきます。気力の根本は、恩の自覚にあります。その気力こそが、己を変え、人を感動させ、運命を変え、そして苦難をもろともしない不動の信念へと昇華します。この報恩の心こそが、使命の自覚、個性の開花へとつながっていく原動力となるのです。
『万人幸福の栞』第十三条で、丸山敏雄は「ほんとうに、父を敬し、母を愛する、純情な子でなければ、世に残るような大業をなし遂げること事はできない」と喝破し、純情になる道筋を示しています。
父母・夫・妻・子どもあってのいのちであることを噛み締め、今日一日を完全燃焼し、共尊共栄の道を歩んでいきましょう。

2007年10月30日火曜日

10月30日 モーニングセミナー



今日のMSは今期より横浜市鶴見倫理法人会会長に就任されました高松靖郎氏です。

高松氏は昭和34年4月東京芝浦電気(株)に入社され、高圧電気の受電設備のお仕事をされてきました。

その後、昭和52年に(有)高松電機工業を設立、今年の3月で30周年を迎えられました。


倫理法人会との出会いは、横浜市倫理法人会の佐藤克男氏に紹介されて入会、以後、横浜市北倫理法人会、横浜市鶴見倫理法人会へと移り変わってきました。


高松氏の「座右の銘」は『私は奴隷になりたくない。だから奴隷を使う身にもなりたくない。』(リンカーン)という高松氏の講話は、氏の木訥な人柄を示しており終始偉ぶらず、誰からも好感の持たれる話しぶりで、ご自身の半生をお話しされました。



今日はMS終了後、幹事の守田氏が、テレビデオを持ち込んで2月に開催予定の特別セミナー、てんつくマンの紹介ビデオを披露、幹事全員で視聴しました。

てんつくマンとは、天国はつくるもの。と様々なボランティア活動をされている方でのようです。
詳しくは、守田幹事から説明があると思いますのでそのときにでもご紹介したいと思います。

2007年10月25日木曜日

平成19年10月度法人局連絡事項

高橋幹事から、毎月の役員会で配布される法人局の連絡事項がとてもよい。というお申し出がありましたので、掲載しておきます。


社団法人倫理研究所法人局 局長 中西浩
「危機感をバネに」

トップの持つ危機感は、ネクラが持つ甘ったるい危機感ではない。
それは、すさまじいばかりの現状否定の中から、これでよいのか、このままで生きのびられるのかと、あらゆる角度から徹底的に検討調査分析し、自社の強みは、自社の弱みはいったい何かと徹底的に掘り下げ、只今何を為すべきか厳しく追及し、打てる手は妥協なく打ちつづける、前向きな危機感である。

まちがっても、自社には問題は何もありませんなどと、寝言を言っているような甘さは微塵もない。問題がなければ問題を創出させればいいだけだ。
「敵を知り、己を知れば、百戦あやうからず」という言葉があるが、常に敵には敵の論理があるものだ。希望的憶測で間違っても事にあたってはならない。

自社の評価を過大評価せず、過小評価せず、等身大でやり抜くことである。
旧き日本の闘いは欧米と異なり、殿様の首をとったら勝敗が決するという潔さがある。それだけに、トップの優劣で事が決する場面が多いものだ。

倫理法人会も幹部役員の気力・能力・努力・魅力によって年度目標達成の成否が決まる一面があります。

地域の特殊性や不況を、できない理由づけにせず、倫理法人会の動向は、幹部役員である我々の一挙手一投足にあると自らに言いきかせ、このままでは日本は本当に再起不能になるという危機感を強め、日本創生のために、まず一歩を踏み出されるよう期待してやみません。

2007年10月24日水曜日

今週の倫理(530号)より 社員を怒鳴りつける経営者の皆様へ

経営者のT氏が、タクシーを利用したときのことです。運転席の背に、乗客が自由に持ち帰ることができるA6版の小冊子がはさんでありました。人材派遣会社の広告用冊子です。日頃、社員の育成に頭を悩ませている氏は、思わず手に取りました。
題して『週に2回以上社員を怒鳴りつける経営者の皆様へ』(株式会社ワイキューブ)。冊子を開くと、左ページには「今日の一喝」というタイトルで文言が並んでおり、対する右ページには一喝をした経営者への戒め的な回答が載っています。
   ▽
【左ページ】
a「同じことを何度も言わせるな! もっと頭を使え!」
b「ダラダラするな! やる気を見せろ!」
c「少しはお客様の気持ちになって考えてみろ!」
それらの言葉を放ったとする経営者へのコメントが、非常にドライです。
【右ページ】
aへの回答…それは言うだけ無駄です。極端な話、バカな人に「賢くなれ」と言ったところで、そんなことは不可能です。
bへの回答…残念、いくら尻を叩いても、本人が決めた目標を、他人がムリヤリ上げることはできません。
cへの回答…それは酷な話です。コミュニケーション能力の低い人に、相手の気持ちは読めません。
結論…育たない人材は、どれだけ時間をかけたところで育ちません。その人材が「できる」かどうかは、採用段階で100%決まっているのです。
     ▽
人材派遣会社の広告的文章でもあり、極端な表現だとは思ったものの、T氏は経営者としての自分の姿を思い起こしました。
確かによくよく考えてみると、社員を採用したのはトップである社長本人です。裏を返せば、有能な社員に恵まれないのは、自分自身に見る目がなかったということになるのです。「良くも悪くも、社長である自分の目にかなった人材が会社に集まっているのだ」と思ったT氏。それだけで少しは気が楽になったといいます。
社員の成長のためには、研修や教育も必要です。また、目に余る行為については苦言も必要でしょう。その結果、これまで役に立たないと思っていた社員が、何かのきっかけでガラッと変わるケースもあります。しかし根本としては、「他人」を無理に変えようとしても変わらないものです。
「自分が変われば相手は変わる」という言葉に基づいて、自分が変わろうと真摯に実践した結果、どうしても変わらない相手には、相手に対する「見方」を変えるしかないのです。「ノロマだと思っていたが、裏を返せば慎重な性格だ」「細かい作業ができない=おおらかな性格なんだ」等々です。
強い精神力を持つ経営者になりたいと思ったTさんは、「すべては自己責任」「社長も人間、社員も人間」という言葉を噛みしめ、他人のせいにしないということを改めて心しました。

2007年10月23日火曜日

10月23日 モーニングセミナー



今日は指揮者・湘南エールアンサンブル音楽監督の中島良能氏による講話、「指揮者と企業管理者のリ-ダーシップについて(指揮者によってなぜオーケストラの音が変わるのか)」です。

レジメより・・

指揮者は演奏家でありながら自らは音を出さない。にも拘わらず演奏結果に対して全責任を負っているという点で組織のトップに似ている。指揮者のリーダーシップを企業管理者のそれと対比しながら、どこまで個々のプレイヤーを支配できるのか、又プレイヤーとのコミュニケーション等について説明し、同時にヨーロッパと日本のオーケストラの実力の違い、小澤征爾氏の指揮者としての実力にも触れる。

講演後、中島様より講演のテキストをお送りいただきました。
ご厚意に甘んじでそのまま掲載させていただきます。




指揮者と企業管理者のリーダーシップについて

指揮者によってなぜオーケストラの音が変わるのか
    中島良能(指揮者)

オーケストラの指揮者は、100-150年くらい前に現在のような形となった。それまでも「拍子とり」としての指揮役はプレーヤーの兼任などで存在したが、楽曲や編成の複雑化に伴い専業の指揮者が表れ、自らの音楽観によって音楽を表現するようになった。
指揮は通常、指揮法というメソードで行なわれ、その中では打点(音を出す点)の表示が明確で、細かいところまでキチッと表現、指示ができ、リーダーシップがとれる日本の斎藤指揮法が一世を風靡した。日本では夫々のプレーヤーは勉強したバックグランドが異なるので、これをまとめなければならず、またアマチユアや子供のオーケストラの指導に特に威力を発する。又指揮コンクールのような短期決戦にも強く小澤征爾氏ほか多くの日本人指揮者が、それにより世界の舞台に踊り出た。
しかし、ヨーロッパのプロのオーケストラでは、指導力が強すぎて逆効果となる事が多い。もともと彼等は体内にリズムや音楽的感性を充分もっているので、それを引き出す事が重要で、支配過剰となっては良い演奏は期待できない。

又日本のオーケストラの実力は、日本人が勤勉で、競争もあり教育環境が整っていて、楽器も良いものを持っている割には高くない。この理由は各プレーヤーの学んだ背景が夫々異なるからで、ある人はドイツで学んでその奏法を身につけ、ある人はフランスでと、音楽観や奏法の異なるプレーヤーが一緒になってひとつの音楽を奏でるので、良い調和が生まれにくい。それを補うのは練習だが、経済的な理由で、練習回数は多く取れない。

それに対してヨーロッパでは、同じ地方に育った音楽家は音楽的感性がもともと一致しており、合奏の基本条件をはじめから備えているし、スポンサーシップもしっかりしていて練習回数も多い。

私が最初に指揮をしたルーマニアのオーケストラは西端のオラディアと言う町の国立オーケストラで、町の雰囲気もオーケストラの音もウイーンに似ていて、軽やかであった。つぎに指揮をしたのは今度は東端のボトシャニというウクライナに近いオーケストラで、ここのオーケストラの音は重く、同じ国と思えないものだった。このような感性の違いは指揮者に演奏上の全権があるからといって、変えられるものではなく、むしろそれを前提に、夫々の良さを活かすという観点から違う音楽作りをするのが正しい。

加えてそのオーケストラがどんな音楽的特性をもっているかを早期に見抜き、対応するコミュニケーション能力が重要である。この為には指揮者であるからといって相手を支配するのではなく、相手を聴くという心構えが大切である。

考えてみると企業管理者の場合でも、昔は理想の部長などという概念もあったが、昨今は情況対応型リーダーシップ論が主流であり、例えば新入社員の多い課の課長とベテランの多い課の課長は当然そのリーダーとしての行動は当然異なるべきである。又部下との間、例えば部長と課長の間で、達成すべき目標の方向が部長は右だと思っていたのに、課長は左だと思っているようでは、幾ら努力してもすれちがい高い評価は得られないばかりか不信感が増大し、又全体の行動にも悪影響がある。年初は一致していた目標も新製品や競争相手の出現により、どんどん変わっていくので、常に充分コミュニケーションを取り合う事が重要である。
それは、曲の時間的進行によって変っていく指揮者も全く同じであり、考え方に於いて会社での管理職経験が大いに役立ったと思っている。


・・・中島様、すばらしい講演をありがとうございました。




本日は先の参議院選挙で当選された水戸まさし氏がお見えになりました。水戸氏は戸塚区倫理法人会の会員であり、まれに中央倫理法人会へも参加されています。
ほんの少しでしたがご挨拶いただきました。





本日のMSには横浜市倫理法人会の小野会長と横浜市磯子倫理法人会の副会長大上氏がお見えになりました。

合同のイベント、「ゴルフコンペ」を企画されたとのことで、お誘いいただきました。

2007年10月19日金曜日

横浜市青葉区倫理法人会から週報が届きました。

横浜市青葉区倫理法人会の会長が井上さんに替わってから、週報が送られてくるようになりました。
良く纏めてありますので参考までにご覧下さい。(by 前嶋前会長)

。。。ということなのでUPしました。

ファイルはこちら

2007年10月17日水曜日

今週の倫理(529号)より 謙虚な心で夫婦道を歩もう、実践しよう

夏の終わりのこと、T氏は定期健診で胃に影が見つかりました。夫人と二人で精密検査の結果を聞くと「末期の胃癌により、余命四ヶ月」と宣告されました。氏は仕事を整理して、闘病に専念することにしました。それからT氏が亡くなるまでの歳月は、夫婦二人が歩んだ道を振り返る日々となったのです。
 T氏は戦災孤児で、親の名も知らずに育ちました。氏が結婚を意識する年齢となり、何回かのお見合いの後、最後に言われたのが「どこの馬の骨ともわからぬ奴に、娘はやれない」との言葉でした。お見合いの失敗を七回繰り返した後に、氏は親友の熱心な紹介によって夫人との縁を得ました。
後年の体験報告の中で、「『嫁にもらってやった』という言葉がありますが、私のもとには誰もお嫁に来てくれませんでした。ですから、私は妻を『お嫁にきていただいた』という気持ちで迎えました」と氏は語っています。
 守るべき家族を得たことを機に、T氏は以前にも増して懸命に働き、同時に家事にも積極的に取り組みました。妻の負担を少しでも軽くしたいと願ったからです。
結婚して一年後には子宝に恵まれ、小学生になると子供たちに家事の手伝いをさせました。月末になると毎月のように「お母さんをいつも助けてくれてありがとう」と子供たちに丁寧に御礼を述べてから、お小遣いをわたしたと言います。
氏は目覚めるとまず、隣に妻がいることを確認します。「よかった。今日も自分のもとにいてくれた」と感謝して一日が始まります。仕事を終えてからの帰路、家の灯りが見えると、「自分には家族がいるのだ」とたまらなく嬉しくなり、足取りが軽くなります。夕飯は努めて家族と共にして、団欒を楽しみました。病気の時以外は夫婦で一組の布団で休み、眠りにつくまで語らいました。
 やがて子供たちは成人式を迎え、そして結婚。孫も授かり、その伴侶と合わせて家族が再び増え始めました。そしてガンの宣告…。
それからの日々は、仕事に子育てにと毎日が忙しかった夫婦にとって、最も穏やかな日々となったのです。親友や恩人のもとへ挨拶に赴き、二人の思い出の地を巡りました。
 そして迎えた最期の朝、氏は力を振り絞り、「貴女と結婚できてから、僕の人生は毎日が最高だった。僕のもとにお嫁にきてくれて、本当にありがとう」と最愛の妻に感謝の言葉を伝えて旅立っていきました。
数日後、夫人は告別式の出棺の折、次のように述べました。
「六十一年の人生、お疲れ様でした。子供たちも立派に成長しました。安心して、ゆっくり休んでください。貴方にお嫁にもらっていただいてからの三十五年間、私は幸せでした。ありがとうございました」
 縁あって出逢い、永遠の愛を誓って始まったのが夫婦生活です。たった一人の妻を、夫を愛し続ける。これに勝る夫婦愛和の実践はありません。「恵まれたから感謝する」のではなく、「感謝するから恵まれる」のです。
〈世界中でただ一人選んでいただいた、結婚していただいた〉という謙虚な気持ちを生涯見失うことなく、夫婦道(どう)を一歩一歩踏みしめていく人生を送りたいものです。

2007年10月16日火曜日

10月16日 モーニングセミナー


今回のMSは現東北薬科大学顧問、元第一三共製薬役員の立花鉄夫氏の講話でした。

「今や日本は世界で2番目の薬の消費国。望みさえすれば、ほぼ何の痛みも感じずに毎日を過ごせるまでになった。リウマチですら、現在専門医であれば、症状を悪化させない薬品も開発されています。」

「最近ではジェネリック薬品として、特許の切れた薬品を安価に販売することも多くなり、より多くの人によい薬が提供できるようになってきました。これらジェネリック薬品は3割ほど安価になるのですが、薬効は同じでも求められる効果に達するまでの時間が違うなど、隠し味的な部分は各社少しずつ違うのです。」

「もちろん、薬は飲まないに越したことはないし、血圧など必ず抑えていかなければならないような薬品以外は一旦飲むのを止める。というのも有効な手段だったりします。」

「地上の植物などの研究はほぼし尽くされた感があり、近年では深海に新しい薬品になるモノを探すというのがトレンドになってきています。」

等々、こんな薬箱のこぼれ話をおもしろおかしくお話しいただきました。

2007年10月11日木曜日

2007年10月10日水曜日

今週の倫理(528号)より 家庭を発進基地とし攻撃力を強化する

軍事用語に「攻撃の限界点」という言葉があります。これは、クラウゼヴィッツの『戦争論』において提唱された言葉で、文字通り、軍隊という組織の攻撃能力の限界をいいます。もし、戦いにおいてこの限界点を見誤り、超えてしまうと、それまでの優劣が逆転することにもなります。

 『道徳という土なくして経済の花は咲かず』(祥伝社)の著者である日下公人氏は、同書において、限界点を越えてしまう前兆の第一に「まだまだやれる」と思っていること、第二に、追い詰められた敵が新兵器や新戦法を繰り出してきてもそれに対して「鈍感」になっていること、第三の前兆として、自分の弱点を指摘されたときに怒ること(同書二十二頁)と述べています。

経営においても、攻めれば攻めるほど状況が悪くなる場合は、限界点を超えてしまっていることを考える必要があるでしょう。それは、攻めるだけの組織の「地力」がないということです。限界点を決定するポイントとなる地力を見直し、強化する必要があります。

戦争の場合、攻撃力が減衰する原因としては、戦闘による損耗、後方連絡線の維持と防衛の負担、兵站基地との距離の増大などが挙げられます。企業組織では、商品開発力、資金力、人材等にあたるでしょう。企業活動を下支えする組織の地力はさまざまに考えられますが、倫理経営の視点ではその中に「家庭」という独特の要素を加えます。家庭は、心の兵站基地と捉えるからです。

例えば、社長が玄関から会社に入る第一声である「おはよう」の挨拶。この社長の第一声を社員は見逃しません。なぜなら、それがその日一日の社内の空気を決め、自分たちの仕事の成否を決定づけるからです。社員は、社長の声色、表情、足音など、どんな些細な仕草からも社長の機嫌を読み取ります。この社長の機嫌が端的に示される「おはよう」は、元々はどこが発信源なのでしょう? 
間違いなく、家を出る際の「行ってきます」にほかなりません。その時の心境が仕事にも影響を及ぼすのです。

倫理経営の視点では、新たな顧客・仕事・利益を生み出すことに、「経営者夫婦の心の一致」が深く関わっていると見ます。物事は、陰陽の対立と合一を経て生成に至りますが、企業経営におけるその雛形を経営者夫婦の「心のありよう」に見るからです。
また、経営者の親子関係が、上下関係の構えの原点ともなり、社員への対応に反映するという見方もするのです。
企業の攻撃の限界点を引き上げる地力とは、結局は経営者の心の地力だと言えます。心の中の本音がズバリ露呈するのが家庭なのです。

もちろん、家庭は憩いの場であり、四六時中肩肘を張る必要はありません。また、家族サービスだけを行なって経営が好転するわけでもありません。大切なことは、生命と生活の基地である家庭との精神的つながりを強化し、その意識の質を高めて仕事にあたるということです。
具体的な実践は十人十色、工夫によって無限に展開できるでしょう。
過信と誤信を信念と勘違いして蛮勇を奮うことなく、問題から目をそむけて問題を取り繕うことなく、攻めを継続しつつ無限の見えざる底力を磨き続けたいものです。限界点なき無敵の攻撃隊を目指して…。

2007年10月9日火曜日

10月9日 モーニングセミナー



本日のモーニングセミナーの講話は、当会副会長の千賀肇副会長の「社長の条件」というテーマでお話をいただきました。

開口一番、社長の条件は「素直であること」とされ、ご自身がそう思い至った経緯をお話されました。

1988年に米国いすゞ販売会社社長として渡米し、5年半販社の統合などで実績を残し帰国。
帰国後も名古屋・神奈川など国内販社で数々の統廃合で行い、人員整理などから生じる心労から喘息になりながらも定年を迎えるまで経営者としてそれなりの実績を残してきた自負を持っていらっしゃったそうです。

しかし、定年を迎えご自身のなさってきた仕事を振り返った時、「人の整理」と「シェア争い」しかしていなかったことに気付かれ自省の念を抱いていた頃のある日、奥様とショッピングをしていた際にご自身の店員に接する態度を奥様から厳しく叱責されました。
自分自身の態度やしていることは自分自身が一番良く知っていると思っていたが、自分の気付かない部分を知らされ、「素直」に反省することの重要性に気がついた。といいます。

ちょうどそのような時期に、倫理法人会と出会い入会することで、自分自身を変えていこうと決意されたそうです。
それからというもの、社長として「お客様に接する態度」と「社員に接する態度」の大きな違いを反省し、自分からの挨拶を実践、先入観を持たずに人と接しようと(内心ギモンを抱きながらも!)努力を続けてこられました。

社長というものは、社業の発展に伴い生活も華やかなものに変わっていきがちなものだが、どこかの時点で経営の原点に気付き自戒し再発展できる人と、放漫経営をしながらも自らを肯定し没落していってしまう人に分かれていくようことに気がついたのです。

そこで重要な社長としての資質として「素直」を持ち合わせてさえいれば、周囲の意見に耳を貸し自らを改めることができるという思いに至った。という講話でした。

最後に、松下幸之助氏もTOPの条件として 1、誰よりも組織をよくしたいという強い想い 2、素直な心 の2つを挙げられており、ご自身と体験は違うものの「素直」ということが経営者にとって(人として)とても大切なことだと思いお話させてもらいました、と締めくくられました。

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(株)中央電機設備、田中社長の紹介で本日入会されたさつき美装(株)の山根社長に上村会長から倫理法人会のバッチ授与がなされました。
「朝早くから始まるお仕事なのでなかなかモーニングセミナーに参加できないかもしれませんが・・・」という入会のご挨拶でしたが、ちょっとだけムリしてぜひご一緒に朝から清々しい気持ちで一日をスタートさせていきましょう!

2007年10月3日水曜日

今週の倫理(527号)より 心のスイッチ入っていますか?

中日本のある街に、その地域はもとより、全国的に知られる優良企業があります。トップの経営に対する考え方はもちろんのこと、四十七年連続で増収増益を続けていることが強烈なインパクトとなっているのです。経営者であれば誰もが羨むような業績に、講演依頼や企業見学の申し込みがひきもきらないといいます。
しかし「羨ましい」と感じる一方で、「現実にはウチのような会社では…」と考えてしまう方も多いでしょう。不景気、地域性、業種として内在する諸問題、会社内部の課題など、「~だから難しい」というマイナス要因は挙げればきりがないでしょう。先に挙げた優良企業はいうまでもなく、そうしたハードルを一つひとつクリアしてきました。
しかしながら、企業経営の中で起こる問題を乗り越えていく前に、打ち破らなければならないものがあります。それは、私たちが無意識のうちに作り上げている心の限界線です。
倫理法人会においては、経営者諸氏が純粋倫理と呼ばれる生活法則をよりどころにしています。人間力を磨き高め、倫理経営を推進していく上で、その核となるのは「純情―スナオ」な心の構えを実践によって練り上げていくことです。それが人間の本来持っている大きな力を発揮させる可能性を高めていくことと直結しているのです。倫理運動の創始者丸山敏雄は、そこで大切なのが「命の自覚」であると訴えました。
「自分の物と思い込んでいた肉体は、実は我が体ではなかった。偉大極まりもない大自然の生んだ命であった。それをうっかりして、小さな限られた力、定まった働きと見くびっていた。
 ここに気がついて、一切の気がかりをすっぱりと投げ捨てた時、自己の存在が実になる。命が自覚し、(中略)本当に、心のスイッチの入ったときである。このとき生命力、我が命の生きる力のことごとくが、在りのままに働き出す。(中略)これは大宇宙の本体、宇宙生命と一つになる事である。大生命に生きる、とも言えるのである」
(丸山敏雄著『人類の朝光』一二七頁)
 親から受けた命、偉大な力によって授けられた命、この自覚こそが己の無限の可能性を発揮せしめるもとになるのです。
 小さな我(わがまま)に引きずられ、心が後ろ向きになっていては、充実した人生などあろうはずがありません。
 目の前に次々と現われる状況を、これこそ己の生命を燃え立たせるチャンスと捉えて果敢に進んでいくとき、周囲は動き、思いもよらぬ応援者が現われ、環境を劇的に変えていくことができるのです。
 生命を何のために使うのか。その志をしっかりと定め、企業・家庭・地域を変えつつ周囲をグイグイと引っ張っていくリーダーとして、「日本創生」を成し遂げていきましょう。

2007年10月2日火曜日

10月2日 モーニングセミナー



昨日の特別研修に引き続き、(社)倫理研究所法人局の松丸首都圏副方面長の講話、「実践は命、継続は力」です。

松丸先生が若かりし頃、「わかっているよ、わかっている」というのが口癖だったそうですが、松丸先生の倫理の師と仰ぐ、草山とし先生から「あんた、『わかってる。わかってる。』といったって、何もやってないんだからそれはわかってないのと一緒だよ。」と諭され、ハッと気がついたといいます。

ですから、「いにしえの 道を聞いても唱えても わが行いに せずば甲斐なし」という島津忠良の言葉を引用し、知っていることと、やっていることの違いをお話しされました。

また、継続については、倫理の栞を用いて、3条の「目の前にきたあらゆる機会をとらえて、断乎として善処する人、終始一貫やってやってやり抜く人、これが世に言う成功者である。」
、13条の「終始一貫ということは、成功の秘訣であるが、これが出来ないのは、皆本を忘れるからである。」はじめたら多少のことではやめない。これが重要だとお話しされました。

ただ、なかなか人は終始一貫の実践が難しいので、まずは「一日一回」やってみる。
一日一回、同じことをくりかえす。
これは人間の生活がおのずからにしてかくなっているのであるがーーーたとえば、朝に起き夜はいねるーーーこれにさらに、今日まで為したことのない他の新しいこと、一定したことを一定の時にきっちり行う。これは生活に節を入れるものである。ゆるんだ生活にしまりをつけて全生活を引き締める、活を入れる、生命を揺すぶりたてることになる。即ち、これより全生命をあげてことに当たるとき、不能ということはない。『純粋倫理原論』266頁~268頁







加山幹事の紹介で本日入会された(有)信栄商事の関 信行社長です。
これからも一緒に倫理の勉強をしていきましょう。(^.^)

2007年10月1日月曜日

10月1日 特別研修@Lプラザ



倫理法人会では月に1回倫理研究所の講師をお招きして、幹部研修を行います。この幹部研修は通常、翌朝にMSがある日を設定するのが慣例となっています。




今日の講話は、【経営の眼目】です。

物事の肝心なところを「眼目」という。経営にも眼目があり、それは「何のために経営をするのか」ということ。地球の安泰なくして国はなく、経営そのものも成立しない。そこで経営主眼をどこに置くかが、最も重要な課題になる。

1 大眼目は、地球の安泰。

経営は事業の繁栄だけを眼目としてはならない。まず先に地球安泰を置き、そのもとでの繁栄をするのではなければならない。

2 経営は国のため。

国家に尽くすことは、自分を愛することであり、自分のために尽くすのと同じことになる。
愛国心のしっかりしている者は自分の仕事もしっかりできる。

3 使命の自覚

事業が、社会のために尽くしているとの認識をすることが、経営者にとってもっとも大切なことである。その自覚が全従業員に根本的に反映する。

4 事業の目的

事業を創設する時には、まず目的をはっきりさせる。何かにつけて事業目的、創設の精神を再確認、再々確認することを怠らないことである。


。。。やはり特別研修は難しいです。





今日も2次会へやってきました。場所は石川町駅横の「すっとこどっこい」という居酒屋。
難しい話の後は、やっぱりこれですね~。(笑)

2007年9月26日水曜日

今週の倫理(526号)より 用なき人に用あり 人の縁は味なもの

組織にはとかく内輪もめがつきものです。
 人は、何故もめるのか? 周りを敵と味方に色分けしたがることや、損か得かだけで判断したがること。また、組織を「我が物」として支配したがるからです。
 経営者や組織のトップが心しなければならないことは、「すべては預かりもの」という考え方です。会社も社員も、実は「預かりもの」「天与のもの」という、報恩感謝の軸をブレさせないことが経営者をはじめ役職者の大切な心得です。
      ▽
建設会社の経営者T氏(六九)は、四十歳のときに同級生に勧められ、倫理を学び始めました。T氏は当時、経営上の悩み(とくに資金繰りや社内のもめごと)があり、倫理指導を受けたのです。
すると、研究員から「周りの人に対して、差別した挨拶を交わしていますね。お得意さんはじめとするお金になる人には、丁寧な応対をされるが、逆にお金にならない人には無意識のうちに無愛想な態度をとっていますよ。昔から『用なき人に、用あり』といいます。これからは、前者の人たちに勝るとも劣らぬ挨拶を、後者の人たちと交わしてみなさい」と指摘を受けたのです。
T氏はさっそく、勇気を出して実践に取組んだといいます。社員はもとより、会社に出入りするさまざまな人たちへ、「こんにちは、いらっしゃいませ」と、努めて笑顔で声かけを始めたのです。
ところが、かけられた側の人たちは、戸惑いを隠せなかったといいます。
T氏の豹変ぶりに、毎日のように来社する郵便配達員、宅配業者、ヤクルトレディたちが、〈家でも売りつけようという魂胆かもしれない…〉と勘ぐったため、自然と返す言葉も歯切れが悪かったのです。そうとは知らず、T氏はなおも挨拶を余念なく続けたのです。猜疑心で受け答えしていた出入り業者らでしたが、いつしか不安も剥がれ始め、温かく迎えられていることを実感しはじめたのです。
そんな時、ヤクルトレディのKさんが、一戸建て建築の仕事を紹介してくれたのです。Kさんも様々なお客に商品を届けています。そんな得意客の一人から、よい建設業者を探していることを打ち明けられた彼女は、「それならT社長の会社がお勧めですよ」と熱っぽくT氏の会社を推し、紹介の労を取ったのです。
T氏はそのことを知り、思わぬご褒美をいただいたと感謝の気持ちでいっぱいになりました。「用なき人に、用あり」という言葉をかつて教えていただいたが、まさに本当だなぁ…という思いです。
人の縁は、どこでどうつながるか計り知れません。T氏は、倫理指導で教えてもらったことを改めて噛み締め、実践に磨きをかけ、相談した問題を一つひとつ解決させていったのです。
     ▽
T氏が倫理と出会って三十年。社員の幸せを預かるという、経営者としての使命に燃えています。周囲の人々を損得勘定で計っていた昔を捨て、現在は多くの人に倫理経営を伝えるべく、倫理法人会の活動を通して貢献する毎日です。

2007年9月25日火曜日

9月25日 モーニングセミナー


本日は横浜市民プラザ事務局長 高木まさ子さんの講話。

連休明けの一番集まりにくいMSの講師としてお越しいただきました。

横浜市民プラザとは横浜の精神文化の発展に貢献し、かつ、横浜より世界に情報を発信したいとの願いから、1988年横浜博覧会の前年に、横浜の財界人を中心とする有志により設立され、今年は20周年を迎える。

初代、会長は故、サカタのタネ会長、坂田正之氏、設立当時の役員には上野豊氏、日本発条の坂本寿氏、横浜銀行の吉国次郎氏、ヨコレイの吉橋伊佐男氏、川本工業の川本譲二氏、横浜植木の渡迦健次郎氏、崎陽軒の野並豊氏、横浜市立大学学長の高井修道氏等がいる。現在、会長は野並豊氏が勤める。

会では主に、春秋各8回、年16回の講座を開催している。
毎年社会の二一ズを先取りしたメインテーマの下・各界の一流の講師陣を招いての講演会は深く、高い視点とグローバルな視野が得られると好評を得ている。
また、各期の終了時に開催される交流パーティーは異業種交流の場として定着している。

2007年9月20日木曜日

平成20年度通常総会・新入会員歓迎懇親会

昨日、平成20年度通常総会をLプラザ・特別会議室で行いました。
総会という形は、前嶋前会長の提案により前期より始められましたが、会場の雰囲気も相まって厳粛に行われました。

議事では、平成19年度の事業報告・決算報告ならびに監査報告、平成20年度の活動計画予算案が審議され議案通りに承認されました。

現在のモーニングセミナーの開催を始めとした通常の運営をするのが精一杯という台所事情を見てしまうと、会員を増やすことが目的ではないけれども、もっと広く多くの人に活動の趣旨を理解してもらい、仲間を増やしていかなければならないということを改めて感じました。










総会終了後は会場を換えて懇親会を行いました。
総会が終わって飲み会の場になっても、どうやって倫理法人会の存在をより多くの人に知ってもらうか、職場の教養をムダにすることなく多くの人に読んでもらえるようにするために何をすべきかなど大マジメに議論している姿を見ていて、本当に倫理法人会が好きな人ばかりが集まっているんだな~と改めて関心してしまいました。(他人事みたいですけど・・・by 守田幹事)

2007年9月19日水曜日

今週の倫理(525号)より 学ぶべきは先代敬の心が社を伸ばす

中小企業にとっての深刻な問題の一つに、後継者問題があります。事業を創業した多くの経営者が、現在、世代交代期を迎えていますが、経営を譲りたいと思っても、後継者がいない場合も少なくないのです。
中小企業庁のアンケート調査では、約五割の企業で後継者がいないといいます。こうした背景には、若者に興味深い業種の増加や、技術革新・グローバル化・少子高齢化といった厳しい環境の中、後継者には高い資質が要求される、などがあるようです。
 確かに、二代目と目される人たちからは、「父親の会社に興味はないし、苦労もしたくない」「現在の社員の上に立って、会社をリードしていく自信はない」などの声を聞くことも少なくありません。しかしこれらの人の多くが、創始者としての父親の生き方やこれまでの経営経過を、ほとんど知らないのです。
仮にそれらを知れば、父親の仕事に対する興味も湧いてきますし、後継者としての自信も出てくるでしょう。これまで長い期間、経営者としての父親の下で育ってきたことでもあり、父親が造りあげてきた会社の経営資質は、すでに備わっているはずです。ただそれを、どうしたら自覚できるかの問題なのです。
 ある地方都市の寝具製造販売会社に、二代目を約束された専務がいました。大学を卒業して、大手の同業他社で五年ほど働いた後、父親が経営する会社に帰って来ました。入社して専務職を受けるまでは、後継者としての定まった道を、何ら疑問を持つことなく受け入れてきました。仕事はできるタイプで、先輩や仲間からの評価も高く、本人も後継者としての自信と自覚は十分にできていました。
 専務となって間もなく、後継へ向けた下地作りとして、いろいろなセミナーを受けることにしました。しかし「リーダーシップのあり方」「社長の人間力」「活力組織の社長学」など、社長の重責を認識するごとに芽生えてきた自信が潰えていったのです。
 ちょうどその頃、誘われて参加したのが「経営者モーニングセミナー」でした。これまでに聞いたことのない切り口で、人の上に立つ者の心のあり方に接したのです。
 セミナー後、個人的に相談を願い出ました。講師は「社長学を学ぶことは大切だけれど、それは一般論でしょう。あなたが学ぶべき社長学の先生は、先代であるお父さんですよ。まず為すべきは、先代を尊敬する実践に励むことです。それには経営者として父親としての先代をよく知ることです。自分の人生を先代の目を通して振り返るようにしてください」と言われたのです。
さっそく、その日から実践に取り組みました。すると、これまで各種セミナーで学んだことも併せて理解できるようになり、すっかり自信を取り戻せたのです。
 自己啓発は、感謝の実践によって、生じるものです。私たちは誰もが、共に生活する中で、親の持っている能力を得ていることを忘れてはなりません。その能力を発揮できるか否かは、その恩を自覚して感謝できるかどうかにかかっているのです。

2007年9月18日火曜日

9月18日 モーニングセミナー



本日の講話者は(社)倫理研究所法人局参事の松本和子さんです。
題名は「常識を超える倫理」。

夫婦間においてよくありがちな間違いは、相手方に対して「正義の味方」になってはいけない。言い換えれば「相手の味方」になる。
それが多少間違った行動だとしても、完全に反社会的な行動でないなら、「そんなことをしては世間に顔向けできない。そんなことは正しくない。」と切り捨ててしまうのではなく、相手の話をよく聞いて「お父さん(お母さん)のいうとおりです。思うとおりやってみてください。」と受け入れる。

確かに相容れないこともあるだろうが、まずはお互いの信頼関係を築くことが大切であり、常識論は夫婦間に必要がないことの方が多い。そして倫理は無条件に実践することが必要。
相手を否定することではなく受け入れれば、自ずと道は開けてくる。まずはやってみなさい。
と今日の講話者は語った。

今日の講話題名に合わせたかのように、自社の不思議な体験を語ってくれた副会長の堂脇氏。
ユニークな語り口で明るく盛り上げていただきました。

2007年9月13日木曜日

9月度役員会@Lプラザ

新体制となってはじめての定例役員会がエルプラザにて開催されました。
定例役員会はそのほとんどが倫理研究所および神奈川県倫理法人会からくる書類をもとに、報告事項が中心となります。

また今年度はインターネットを使った情報公開について、神奈川県倫理法人会の下部組織としての公開ではなく、別に稼働しているこの横浜市中央倫理法人会サイトを徹底して差別化、検索結果の高い位置に表示され、ひいては法人会への参加者を募るためにどう周知させていくかということを今後検討していく、と後藤幹事より報告がありました。

2007年9月12日水曜日

今週の倫理(524号)より すべては授かり物、感謝の心で生きよう

茨城県の水戸市に、佐藤宗明という歯科医がいました。この佐藤氏は、知る人ぞ知る名医でした。О氏は若い頃、その佐藤氏の家に出入りをしていて、佐藤氏よりいろいろと教えを受けていたのです。
ある日のこと、О氏は放っておいた虫歯が痛み出して、食事も眠ることも出来なくなりました。とうとう我慢できず、佐藤氏のところに駆け込んだのです。О氏は「先生、おまかせします。何本でも抜いてください」と叫びました。
佐藤氏により手際よく抜歯の処置を受けると、あれほど騒いでいた痛みが嘘のように引いたのです。強烈な痛みが去り、身も心もスッキリとしたО氏は、「あーあ、楽になった」と思わず声を発しました。
そんなО氏を見ながら、佐藤氏は厳しい表情で「あなたは普段、多くの人に純粋倫理の話をしているが、自らの実践は今ひとつだね」と言ったのです。О氏には、その言葉の意味がすぐには理解できませんでした。
佐藤氏はさらに話を続けました。
「私は永年この地で歯科医院をやらせていただき、数多くの人の歯を治療してきた。抜歯の経験も数え切れないほどある。その数多くいる患者さんの中で、ただ一人、忘れ得ぬ人がいる。その人は抜いた歯に深々と頭を垂れ、『なんと私は親不孝者であろうか。大事に使えば一生使える丈夫な歯を両親より頂きながら、自分のワガママのために、このように抜かなければならなくなった。本当に申し訳ない』と詫びたのである」
 そして「その人物に比べ、君はいったい何だ。あー楽になったと、その程度の心境なのか」と指摘したのです。
 О氏は自分の至らなさを恥じるとともに、世の中には想像を絶するような人がいるものだと思いました。今まで自分は、何でも出来ている、解っているという慢心がどこかにあったが、本当は何もできていない、何も解っていないということを、痛烈に思い知らされたのです。
 何事においても、「自分はできている」と錯覚しているところが私たちにはあります。とくに身近なものほど「当たり前」と思っている節があります。口では両親に対して感恩感謝の気持ちを持っていると言いつつ、実際にやっていることはお粗末極まりないレベルです。
物が見える、好きな所へ自由に歩いていける、おいしく食事ができる等々、どれを取っても自分で創ったものは何ひとつとしてないのです。すべて授かりものなのです。自分だけの力で生きてきたと思い込んでいる人間が、あまりにも多くこの世にはいます。
 授かり物であれば、もっと心を込めて大切に扱わなければなりません。見落としているところがないかどうか、もう一度、身近なところを振り返ってみましょう。そして小さな気づきを大切にして、できることから取り組んで見ましょう。必ずや、今までとは少々違う世界が拓けてくるはずです。

2007年9月11日火曜日

9月11日 モーニングセミナー


今日のMSは横浜市議会議長、藤代耕一氏をお招きしての講演です。

横浜市は大阪市に比べ、夜の人口は多いが昼間の人口が少なくその結果、市内消費も税収も少なかった。これでは市の財政に支障をきたすため、もっと多くの人に横浜市内で仕事をしてもらえるよう大企業を誘致しようと動いていて、この成果がすでに現れつつある。
平成18年度からは税収もアップ、平成19年はプラスに転じている。

横浜市は中田市長になって象徴的な仕事といえば、やはりG30である。これは各界から高い評価をいただいている。

これまでの市長は人生最後の仕事という趣が強かったが、中田市長はまだ先のある市長。建設業界などからは箱物行政がほとんど姿を消した関係で現市長は不人気であるが、全体的に見れば行動力もあり、中田市長になってよかったと思っている。。。

と、現在の横浜市について多岐にわたってお話しされました。



セミナー終了後の食事会にも参加していただき、会員の皆さんの市民としての意見をお聞きになっていました。

2007年9月6日木曜日

今週の倫理(523号)より 前向きな言葉が未来を決する

ふだん私たちは、言葉の持っ影響力について、どれくらい意識を払っているでしようか。
言葉は、コミュニケーションの道具としてだけではなく、自分や相手の心に強く働きかける力を有します。ちょつとした一言が、社員をヤル気にさせるこどもあれば、意気消沈させることもあります。言葉の使い方が自分や相手の心に与える影響について、今回は考えてみましよう。
とかく人は、ある事柄に対して「これはこのようなもの」と、自分なりに勝手な解釈をしがちです。何かの問題に直面して落ち込むと、言い訳をしたり、自分を責めたり、自滅的な考えを作り上げたりすることすらあります。
そして更に、その解釈を正しいものと思い込むばかりか、〈他人も同じだ〉〈世の中は全てそうなっているんだ〉などと勝手に思い込み、他人にも自分の解釈を知らず知らずのうちに強要することすらあるのです。そのような心の悪循環に陥らないようにするには、否定的な思い込みをしない訓練が重要です。
心理療法の一つに「論理療法」というジャンルがあり、自分の心の中における文章記述を改めることで心を活性化させる方法です。
司法試験に何度も落ちた若者が、「ああ、希望通り弁護士になれなければ、もう将来はおしまいだ」と煩悶しているとします。彼が〈弁護士になりたい…〉という思いを持つのはよいとしても、〈もしなれなかったならば、自分の将来はもうおしまいだ〉と思い込むのは論理的に大きな間違いです。
人生には他の可能性もあるもの。「もし弁護士になれないなら残念だけれど、もっと自分に向いた仕事があるのかもしれない。そっちを選んでおおいに能力を発揮するのもいいじゃないか」という考え方もあり得ます。彼は「弁護士になれない」ことと「もう将来はおしまいだ」という、論理的に結びつく必然性などない二つのセンテンスを、勝手に結びつけているのです。商売の場合であれば、「景気が悪い」という事実と「もうダメだ」という思いが、論理的に結びつく必然性もないでしょう。
論理療法の考え方が示す大事なことは、「自分勝手に可能性を無にしてしまう」という誤りです。「世の中はいろいろな悪があるが、最大の悪は可能性を奪うことだ」とは、心理学者であり哲学者のエーリッヒ・フロムの言葉です。
自分からも、そして相手からも可能性を奪ってしまうかもしれない言葉として注意したいのが、「どうせ」という一言です。「どうせ、オレなんか才能がないんだ」「どうせ、お前なんかに言っても分かりっこない」「どうせ、この先も景気がよくなる
はずがない」etc。
職場や家庭から、そして日常の自分の頭の中からも、この「どうせ」という言葉を捨ててしまおうではありませんか。経営者やリーダーの口から「どうせ」が出なくなるだけで、職場はずっと明るくなるでしよう。自他の可能性を奪わないことから、未来への光は見えてくるのです。

2007年9月5日水曜日

9月4日 モーニングセミナー


今日は上村新会長、以下新役員の就任後、第一回目のMSです。
上村会長は「丸山敏雄先生の教えを忠実に守り、倫理を学べる会運営をしていきたい。」と挨拶されました。

今年度は専任幹事の大役を鵜飼氏が引き受け、会の運営にあたります。


みなさまお楽しみに。(^.^)

2007年8月30日木曜日

今週の倫理(522号)より 「やるぞ」の朝礼が社の空気を変える

業界紙にも取り上げられるほど、現在は企業朝礼の効用が全国的に認められつつあり、様々な企業が朝礼に取り組んで来ています。
しかし、その内容はというと、ほとんどが連絡事項を主とし、およそ朝礼の目的とは程遠いやり方をしているところが少なからずあります。
『こんなことをやっているのなら、仕事をしたほうがまし」と、「させられている朝礼」に不満を持つ仕員もしばしば見受けられます。

これを払拭したのが倫理法人会の活力朝礼で、社員に活力を与えつつ業績アップにつながります。その秘訣は『させる」ではなく、「せずにはおれない」という仕員主導型の朝礼スタイルにあります。

M氏はある目、倫理法人会入会勧誘のために、某企業を訪問、説明するより活力朝礼を見てもらったほうが分かりやすいと判断し、実演をしました。

終了後後、社の幹部に話を聞くと、「軍隊形式ですね。やれぱ良いのは分かりますが、このようなことは社員にはさせられない」と、にべもありません。
活力朝礼とは、仕員に対して強制的に『させるもの」と彼らは解釈したようです。

「させられる」というのであれば、誰だって(やりたくないな)という深層心理が働きます。これらの弊害はいろいろな形となって現れ、実行を鈍らせます。
苦労を重ねた末、導入に成功した例を紹介しましょう。

この会社では職人気質の人が多く、一様に寡黙で、名前を呼んでもうなずく程度。挨拶や返事が交わされることなど、ほとんどありませんでした。

これを何とか改善したいと思った祉長は、倫理法人会主催の朝礼コンテストを見学しました。「これは良い!」と、直ちに活力朝礼を導入。しかし、いざ始めてみると、『職揚の教養』を読むどころか、両手で前に持っていた同誌を、手を開いてわざと下に落とし、そのままの姿で知らん顔をする始末。
これが三回ほど続いたため、社長の怨りも頂点に達しました。
さっそく、薦めてくれた倫理法人会の役員に現状を相談しました。するとその役員は「あなたの会仕は、池の水でいうと濁水です。いま清水に変わろうとしています、濁水に住み、姿が見えないところに安住していた魚が、清水に変わることによって姿が見えるようになれは、当然そこには住めなくなります」と返しました。
そして、「読んでくれる人は必ずいるはずですから、その人たちを信じて続けてください」と強調したのです。

納得した仕長は、再び朝礼に力を入れ始めました。次第に活気づく会社に、『職場の教養』を落としていた社員たちは、自然と退社していきました。
それに伴って、技術的にも人間的にもレベルの高い人物が現われてきたのです。今では見違えるような朝礼になっています。濁水的な会仕には「やらされる」社員しか集まりません。
意志統一の取れている会社には「せずにはおれない」社員が集まるものです。

2007年8月28日火曜日

8月28日 モーニングセミナー

今日のMSは株式会社文明堂 代表取締役平川兼寛氏の講話。
題目は「カステラは純粋和菓子」



カステラの歴史などを語っていただきました。
中でも、「文明堂のお菓子には一切脱酸素剤を入れていない。それは、せっかくのお菓子をおいしく食べてもらいたいためであり、作ってから3日くらいで食べていただきたい。本来和菓子というのは、お店の裏方で作ったものを表側で買っていただくもの。脱酸素剤何ぞを入れてカビの発芽を押さえるようなやり方は、そのお菓子が古いということを証明しているようなものだ。」といった興味深いお話しも伺うことができました。

さて、来週からは上村新会長のご挨拶と講話です。
それを祝福するかのように、新たな仲間が2社入会されました。

2007年8月25日土曜日

酒井相談役副参事就任祝いと前嶋会長の慰労会


8月24日(金)ホテルモントレ横浜の随縁亭にて、酒井麻雄相談役の神奈川県倫理法人会副参事就任祝いと前嶋昭雄会長の慰労会を兼ねて、暑気払いをおこないました。

随縁亭では一風変わった会席料理がならび、とても華やかな暑気払いとなりました。

また、中央倫理法人会の運営活動費をまかなうためのオークションも同時開催。たくさんの商品を持参いただき、盛況に終わることができました。

この時期倫理法人会の役員改選もあって、MS以外の行事が多いのに、お集まりいただきありがとうございました。(^.^)

2007年8月23日木曜日

8月度 定例役員会


昨日の定例役員会には「日本丸を海に出そう!」の守田さんが参加してくれました。

2次会では飲みながらの話し合い。
楽しさを前面に出して多くの人に来てもらうことが先だとする加山氏、本当に学びたい人が参加して、その人達と楽しく倫理を勉強するのがよいとする前嶋会長、お二人とも倫理法人会を思えばこそ!の熱いトークバトルが繰り広げられました。

守田さん、今度は2次会にも参加して下さいね。(^.^)

2007年8月22日水曜日

今週の倫理(521号)より すなおな心は すなおな学びに宿る

長年にわたり、倫理法人会の会員として日々実践に勤しんできたK社長。
製造、卸売業を営んでいますが、次々と同業者が淘汰されていく中、なんとか踏ん張れ
ているのも倫理実践の賜物と、倫理法人会に縁があったことを感謝しています。

「今週の倫理」五一九号は、「自社の商品に心を込めて挨拶をすることが企業繁栄
の秘訣」という内容でしたが、これを読んだK社長は涙が出るぼど感動しました。

それはK社長が毎朝、⊥場のシャッターを開けると同時に行なっていた機械や商品に対する挨拶の実銭に間違いはなかったという確信と喜ぴでした。
さらに「実践は続けてきたものの、果たしてどこまで心を込めて実践できていたんだろう。ずっと続けているうちにいつのまにか慣れが生じ形だけになっていたのでは?」という自戒でした。

K社長はさっそく翌朝からまた一段と心を込めて、また大きな声で機械や商品に対して挨拶の実践を始めました。すると今までにも増して、機械や商品への愛着が湧いてきたといいます。
「今週の倫理』というひとつの情報に接し、それを敏感に受け止め、感動や反省の中から即実践に移すというK杜長の心は、何とすなおでしょう。

倫理研究所の創立者丸山敏雄は、実践について『実験倫理学体系』の中に次のように記しています。
実践して初めて倫理であり、頭に浮かんだだけならば、それぱ実行を伴わない雑念と選ぶところがない。
ここに倫理とは、実践において完成する。実践なき倫理は無い。[中略]故に正しい実践はすなおでなければならぬ。


改めて自分自身の心を冷静に見つめてみると、さまざまなわがままが潜んでいることに気づきます。気づいても購躇したり、億劫がって即行動しない。やりもしないうちからあれこれと結果を気にする。途中ですぐ気を緩めたり、油断する。手加減する。いい気になる。偉そうにする。うまくいかないとすぐ弱気になる。あきらめる。がっかりする。ものごとがうまくいくと有頂天になる。自分ひとりでやったような錯覚に陥る等々です。

倫理法人会ではこうしたわがままを自覚し、それを取り去り、すなおな心を持ち続けられる自分になるための、さまざまな学びと実践の場を提供しています。その中でも一番の基本であり、また実
践力を磨けるのは「経営者モーニングセミナー」です、早起きという大自然のリズムに合わせる実践、倫友との出会いから得られる元気と勇気、学びのテキストともいえる『万人幸福の栞』の輪読を通しての気づきは、わがままを捨て去るための理屈を超えた「道場」とも言えるでしょう。
K社長のすなおな心も、もちろん「経営者モーニングセミナーに出席し続けるという実践によって培われたものであることは言うまでもありません。

道揚でさらにさらに厳しく自己を磨いていこうではありませんか。

2007年8月15日水曜日

今週の倫理(520号)より 感謝と明朗な心が対応能力を向上させる

いま経営者の「人間力」が問われています。人間力という言葉の明確な定義はありませんが、「人の心をつかんで動かす力」というものでしょう。
この人間力は、現在の企業規模に応じて、どの経営者も持っているものです。
だからこそ、これまで順調に経営をして来れたわけです。創業から今日までの企業成長は、経営者の人間力の高まりに比例していることに気づかされます。
経営菅の人間力を高めることが、企業繁栄の基と言っても過言ではないでしょう。

逆にこの人閲力が低下すると、企業は求心力を失い、社員の動きに乱れが生じて、やがて経営危機を迎えることになります。企業の不祥事や仕事上のミスといったものは、やはり経営者の人間力と無関係ではありません。

したがって経営者は、自らの人間力を高め続けることが最も大事な仕事とも言えます。
それには明朗な心を保つよう、常に心がけておくことが肝要です。

九州地方で、食品会社を経営する二代目社長がいました。
継承してしぱらくは、父親でもある先代が築き上げた信用と勤勉な仕員のお陰で、経営環境が悪化する中にあっても。なんとか順調に経営を進めてきました。
ところが五年が過ぎた頃から、売り長げが伸ぴ悩み始め、やがて赤宇へと転落してしまったのです。
そんな時、誘われたセミナーで、講師から「表情が暗い」と言われたのです。
そこで思わず、「経営がうまくいっていませんので」と答えると、講師は「逆ですね。社長の心の暗さが経営を悪化させています」と断じました。さらに続けて、「経営が悪化する前、あなたの周囲で困った問題が発生していましたね」とズパリ指摘したのです。
社長は「会社での問題はないですが、嫁姑の問題が最悪の状態となり、まだ尾を引いています」と告げました。すると「家庭問題はそのまま会社の問題。社長の心が暗くなると、社員は職場人としての自覚に欠け、報・連・相も上の空。社長自身の人間力も低下し、これで経営がうまくいくわけがない」と厳しく叱責されました。
そして、会社が「母親と妻との板ばさみ」からの逃避の場になっていることを突かれたのです。

「母親には息子として、妻には夫として、共に感謝の態度で接する」との道を解決策として示され、さらに「両親の恩を強く自覚するとともに、奥さんには社長としての自分を支えてくれる毎日に感謝する。そうすれば、明朗な心になり、人間力が回復するだけでなく、さらにも増して会社は良い方向に向かう」と教えられました。

社長はさっそく、感謝の実践に取り組み、「板ばさみ」からも逃げずに対応しました。
その結果、あれほど罵り合っていた嫁姑は本当の母娘のようになり、夫婦は仲艮くなり、経営も徐々に上向いていきました。
明朗な心を持つ経営者は、様々な変化に際して的確に対処できるものです。
しかし、いったん暗い心になると、すぐに対応能力は低下し、危機を迎えてしまうのです。
朗らかな心は、まわりを一変させ,なごめ、育て、実らせ、成就させるもの。この朗らかさを奪うものは、怒り、憂い、悲しみ、恐れなどであることを知りましょう。

2007年8月8日水曜日

今週の倫理(519号)より 物は生きている 商品に言葉をかけよう

北陸地方にあるK社は、機械部品小売業の世界では知る人ぞ知る企業です。

この業界は納人先企業が中国。東南アジア製品に押され、厳しい不況の嵐にさらされており昔のように商品が思うようには動きません。
そのような環境のもとで、K社はここ数年来、ニケタ成長を続けています。同業他社にすれば、なぜK社製だけがそんなに売れるのかが不思議でなりません。扱う商品は自分たちと変わらず、K杜だけ特別な物があるわけではありません。
価格にしても、目を見張るような安さではなし。立地条件とて、特別に恵まれているわけではありません。

にもかかわらず、K社の店舗にはひきもきらずお客が吸い寄せられるように来店するのです。経営コンサルタントの山本氏は、同社の0仕長に「なぜK仕だけが伸びるのか。何か秘密でもあるのか」と問い質したところ、社艮は首をひねりながら「さあー、これといって思い当たるところはありませんね」と言うのです。
多少の心がけとして、お客様の都合を考えて他社より早めに開店し、やや遅めに閉店しているようですが、しかし山本氏の見るところ、その程度のことは他社でもやっており、むしろK社以外に徹底してやっているところはいくらでもあるのです。
しばらくして、K社の近くで早朝勉強会の講師を山本氏が務めることになりました。
当日、ホテルヘ0社長が迎えに来て、会場への道すがらK社に寄りました。社の前に車を横づけした0社長は、シャッターを開け、真っ暗な店内に向けて「皆さん、おはようございます」と挨拶をしたのです。そして店内の電気をつけ、商品に向かって声をかけながら歩き始めました。
「おはよう!今日も期待しているぞ」と言ったかと思うと、隣の商品には「おい、いつまでここにいるつもりだ、グズグズするな、早くお客様のところへ行って働け」と厳しく叱りつけています。この姿を目にした山本氏は、これが成長の秘訣だと感じ、「いったい、いつから商品への声かけをしているのですか」と問いました。

何年か前に、数店舗の美容院を経営している女性仕長の話を聞く機会があり、この女性社長が早朝四時から店舗を拝んで回っていることを知ったそうです。

「今日も一日、お客様に喜んでいただけるような仕事がで
きますように。スタッフみんなが元気でありますように。」と毎口欠かさず念じているという話を耳にした瞬間、自分もやってみようと思い立ったといいます。

0社長の何気ない継続的な実践が、じつは社の経営を押し上げる大きな原動力となっていたのです。
物はこれを愛する人によって産み出され、これを大切にする人のために働き、これを生かす人に集まってくる。すべて生きているからである」(『万人幸福の栞』84頁)
K杜の伸良は、まさに「物は生きている」の表われです。ただし、無意識の中で、O社長が繰り返してきた実践が、たまたまツボにはまったということを山本氏は伝え、「物とは何か」、物に対し(どのように接するか等を改めて事細かに諭しました。
私たちもひとつ、身近な物に生命を吹き込むためにも、爽やかで温かな言葉をかけてみようではありませんか。

2007年8月7日火曜日

倫理ネットワーク8月号より抜粋

倫理ネットワーク8月号より、倫理研究所法人局局長 中西氏の巻頭話。

「日本創生」の願いを広く伝え、無数の感動を共有しよう。

日本児童文学の代表的作家であった椋鳩十氏は大学卒業後に鹿児島へ移り住んで一生を過ごしました。
自然の厳しさと素晴らしさ、人問と動物との関わり合いなどを描くことで、児童文学に新たなジャンルを切り開き、多くの子どもたちに生さることへの夢を持たせてくれたのです。
この椋鳩十氏に「感動は心の扉をひらく」という名言があります。日本人は戦後肥大化した経済の中で、本来は各人が持っていた豊かな感性を喪失してきました。確かに戦後経済は物質的には豊かさをもたらしましたが、その代償として失ったものも少なくありません。
「感」とは元来、動くことを意味します。心の揺らぎ、疼きを指すのですが、いつの頃からか、多くの日本人の心は動かなくなったばかりか、自分という「個」にのみに心が向けられるようになりました。自分の幸せのためであれば、他人の痛みなど感じない者も出てくる始末です。物や金が、生きていく上で大きな価値基準になっている感さえあります。
人は、自分一人の力では生きられません。数知れぬ多くの方々に支えられ、そこから「感動」を頂き、そして生かされているのが我々なのです。このことが少しでも分かれば高慢になったり、逆に卑下したりすることはないはずです。
生かされている自分と正面から向き合い、「こんな生き方でいいのか」「ぬるま湯に浸ったままでいいのか」を鋭く問う。日本の行く末をただ悲観するのではなく、自らがやれることに心を傾けて取り組む。「いま自分のいるところが最上である」と大肯定し、「良き時代、良き環境に私はいる」と、すべてを前向きに受け入れる。自らがやれることを足元より一つひとつ積み上げていく。そこから自ずと「感動」は生まれるものです。
「社会がダメ、他人がダメ」と講釈しているようでは、あなた自身が全然ダメです。もっと顔を上げ、周囲を見渡し、人の痛みや悲しみに心を向けてみましょう。一人の「感動」が、さざ波を生み、大きなうねりを生じさせるのです。
そのためには坐して待つのではなく、動いて動いて動き抜く、倫理法人会の活動は、学んだものをジッと自分の内にとどめているようなものではありません。出会う人、触れ合う人に、自分の持つ「日本創生」の思いを伝えていく。そのとき、自らも生かされて生きている実感が体感できるだけでなく、多くの人々と感動を共有することができるのです。
この国に生を享けたことを、心から感謝しましょう。志を同じくする仲間と倫理普及の喜びを分かち合い、感動の輪をさらにさらに広げていこうではありませんか。

8月7日モーニングセミナー


今日はネッツトヨタ横浜株式会社 専務取締役 角田保夫氏の「神奈川県でトヨタ車の販売に携わって40年」というお話しでした。
角田氏は昭和41年入社してから、日本のモータリゼーションのまっただ中で自動車販売の最前線で活躍されてきました。その中で一番感慨深いのは昭和45年発売カリーナの販売です。角田氏はこのカリーナをなんとかしてもっとたくさんの人に乗ってもらえないだろうか?と考えました。

当時のトヨタ車は、スタンダードとデラックスの2タイプ。スタンダードはまったくの営業向け、クーラーはおろか、ラジオもついていないからっぽの車両です。

角田氏はこの営業車向けのスタンダードにカスタマイズすることを思いつきます。

知り合いのシートやさんをよび、シート表皮をアレンジしてもらうなどいくつかの改良を加え、カスタムという名称で販売することを本社に提案しました。ところが、角田さんの提案をすぐに取りあげてもらえはしませんでした。半年後、他の企画にこっそりとまぜてなんとか役員決裁を取り付けると、角田さんはすぐさま神奈川トヨタで販売をはじめました。

当時、カリーナのデラックスは80万円ほどしたのに対し、スタンダードに手を加えた角田さんのカリーナカスタムは66万6千円と値付けをすることで爆発的なヒットを迎えます。

いまではどこの販売会社でも当たり前のようになった特別仕様車の先駆けとなりました。

何とかして売ろう。なんとかして決済をとろう。こうした不断の努力が実を結んだ瞬間でした。

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本日のMSではこの8月で退任となる前嶋会長の挨拶がありました。

2年間、企業訪問などを繰り返し、草の根運動のように普及拡大に努められた会長は、今後も継続して活動していただけるとのことでした。本当にお疲れさまでした。





2007年8月1日水曜日

ビジネス交流会

7月31日に石川町の神奈川労働プラザにてビジネス
交流会が開催されました。26社が参加し、そのうち企業紹介をした方は10名、建築設計事務所、アスベスト除去業、アパレル関連、空気清浄器の輸入販売、カラーコーディネート、運転代行業など多岐にわたっています。

ビジネス交流会のあとには皆さんと懇親を深めるパーティも用意
されています。






なかでもカラーコーディネートのデモはとても人気が高く、
自分にどんな色が合っているのか教えてほしいと、殺到
していました。なかでも秀逸だったのはこれ。
まず、色を正確にセレクトするためにシャツのような記事の
白い布を首から巻きます。
次に、少しずつ色味のちがう生地をあてて、顔や頭髪の色などから
ぴったりあうものを探っていくというもの。




この色は今ひとつかな。。











もう少し明るい方がいいかも。。





うん。これいいんじゃないかな?






といった感じで、お気に召されたようです。(笑

倫理を勉強する仲間同士でも、普段どんな仕事をしているのかよくわからないなんてこともありますので横のつながりを強めるためにも今後もビジネス交流会は、継続していくようです。

他単会のみなさんも参加をお待ちしております。(^.^)